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19 舞台裏


 時間はわずかに遡る。



「じゃあどうするんです? 他になにか方法があるんですか?」

「ああ、思いついた方法はある。ただ、それにはリーチェの協力が必要だ」


 俺はうなずき、リーチェを見やる。正しくはリーチェの背中に付いている小さな翼をだ。


「リーチェは天使だよな?」

「今さらなに言ってるんですか?」


 あきれた様子の彼女に俺は気にせずに続ける。


「天使っていうのは人間にとってはどういう存在なんだ? 苦しいときや悲しい時に現れて、人間たちを救済する存在。で合ってるのか?」


 リーチェは首をかしげながらも答えてくれる。


「それだけではありませんね。人間たちに加護や助言を与えて、より良い方向へと導く存在でもあります。


 例えば、マナ災害が確実に起きるとわかった街から、人々を避難させるために託宣を与えた事も歴史では残っています。

 マナ災害を起こさせてしまったことは、天使としては敗北と言っていい状況なんですがね」


「なるほど。もし今時代、その時と同じ状況になったら、避難するようにっていう天使の言葉に、人間たちは素直に従うと思うか?」

「うーん……。どうでしょうか? 信心深い方は従うと思いますけど、そうでない方は半数が従えば良いほうでしょう」

 首をひねりながらの答えに、俺は驚いた。


「そんなにか! それなら上手く行くかもしれない」


「ユウさんは一体をするつもりなんですか?」


「国の上層部も排除することもまずい、首をすげ替える事も時間がないからできない。なら、言い出した本人に宣言を撤回させるしかない」

「撤回するような人間なら、こんなダンジョンを自分の国の所有物にしようとはしないと思いますけど?」


「普通はしないだろうな。けど、命の危険があると思わせた状況で、人類の守護者である天使に宣言を撤回するように求められたらどうなる?」。

「え?」


「計画は簡単に言うとこうだ。

 ダンジョンの所有権を奪われかけ、怒り心頭の魔王が宣言の場に現れる」


 俺は魔王という単語で自分を指さす。

「魔王は圧倒的武力を見せつけて、国王を含んだ貴族たちを殺そうとする。

 で、そこに現れるのが、人類の守護者であり、魔王と敵対関係にあると人間たちに思われている天使だ」


 自分を指していた指をリーチェへ向ける。


「魔王は国王の命とダンジョンの所有権関係の是正を、武力をちらつかせながら国王に求める。

 天使は国王の命を守るためには、ダンジョンの所有権関係の要求を呑むことはしかたのないことだと国王を誘導する」


「……それって詐欺の手法とどう違うんです?」


 リーチェの首をかしげならの問いに、俺は否定できない。

「詐欺の手法そのまんまだな。

 ま、魔王がムチで天使がアメだな

 けど、天使がそこまで人間たちに信用されているなら、意外とあっさりと引っかかると思うが?

 あ、天使的にそういう事はダメなのか?」

「いえ、そういう制限はありません。けど上手くいくんでしょうか?」

「さて、それはやってみないと分からない。

 けど、成功すればこの国の上層部を殺害するよりは影響が少ないと思う」

「ふむ」

 一つうなずき、リーチェは言った。

「わかりました。やりましょう!

 人死が一番少なそうな案ですし。


 それに面白そうです!」


 満面の笑顔を浮かべるリーチェに、俺も笑顔で返した。


「そうだな。俺も楽しみながら成功を目指そうか」

「はい!」


 それからわずか一日という短い時間で詳細な計画を立て、突貫作業で準備を整えた。


 準備に一番活躍したのが、宝物作成スキルだろう。


 高品質かつ、大量の魔導具を必要としたが、必要とする魔導具の機能の設定さえ済めば、一瞬で実物が出来上がる。数を必要とする物も複数個を一度に製作が可能なため問題はなかった。


 一番の問題が、その魔導具の設置である。

 時間は無い、人に見つかってはいけない。なおかつ設置範囲が広大だった。


 設置範囲は王都内部なのでダンジョン領域の場所ならば楽だったが、残念ながら設置場所は建物の屋根の上だ。

 人の居ない屋根の上はダンジョン領域からは外れている。


 いくつもの屋根に設置した魔導具は【防護結界発生装置のタイル】だ。ひねった名称を考えるヒマなどなかったので、名称は機能のままだ。メインの機能の他に、神聖な印象をあたえるデザインの魔法陣を光らせる機能もある。

 

 ちなみに今回用意した魔導具は大量にある。名称だけを並べると。【魔王の鎧】【戦天使の鎧】【血糊の槍】【血色の魔法陣発生装置】【光輝の魔法陣発生装置】【対の漆黒剣】【対の白銀剣】【不可視の足場発生装置】【太陽光遮断結界発生装置】【足止め装置】【誓約の剣】【不可視のスピーカー】【飾りボタンのマイク】【生命探知装置】【転移装置】【人払い装置】【光柱発生装置】だ。

 形状は携帯に便利な腕輪や指輪の形が多い。インベントリの中に入れたままじゃないのは、インベントリの中は時間が流れてないので、魔導具が機能しないためだ。



 そして、圧倒的な武力を担うのが、ベヒーモスだ。俺が管理がしている大量のベヒーモスの中で、最も制御に対して素直で、理性的で、芝居の上手いベヒーモスを選定した。巨大データベースが無かったら、この選定はできなかっただろう。


「にしても、ベヒーモスを使う必要は無かったんじゃないですか?」


 リーチェの疑問はたしかにその通りだ。ベヒーモスの代わりに俺であっても圧倒的武力を演出できる。

 ベヒーモスのレーザーブレスと同等の攻撃はダンジョン・マスターという種族なら頑張れば可能だ。


 むしろ、ベヒーモスの存在は不安定要因だろう。それでもベヒーモスを使うのは俺のわがままだ。


「このまま朽ち果てるまで冬眠を続けさせるより、せっかくの機会に力を振るわせてやりたいんだよ。

 これだけいる中で、一匹だけだがな」


 俺の制御を離れ、暴走をするようならば【転移装置】で強制的にダンジョンに戻す事をお互い確認をして、リーチェはベヒーモスを使用することを容認した。

 彼女の仕方なさそうな笑顔に、俺は妙に居心地の悪い思いをした。



 そして、本番の時が来た。


 受け継いだダンジョンの奥底で俺は待っていた。

 冬眠から目を覚ました一匹のベヒーモスの頭上に立った状態でだ。


 ベヒーモスは実に素直に俺の制御を受け入れてくれた。

 彼はこれから何をするのか、きちんと理解してくれている。中途半端にしか力を振るわせる事ができない事に、申し訳ない気持ちになる。


『ユウさん、そろそろですよ』


 リーチェの念話に届く。彼女は王都の上空で姿を消した状態で待機していた。俺はうなずく。


「わかってる。リーチェそっちの準備はちゃんとできてるか?」

『ええ、大丈夫ですよ』

「市壁の方はどうだった?」


『そちらの方も大丈夫です。反応は無いです。人は近づいていません』

 街とは違い、吹き飛ばす予定の市壁には、【人払い装置】を大量に起動させてある。【生命探知装置】に反応が無いのなら問題は無いだろう。


 そして、広場に集う人々へ向けて宣言する国王へ、俺は【飾りボタンのマイク】越しに異議をとなえた。


 場所を隔てた会話の後に、俺は姿を見せることになる。

 

 【太陽光遮断結界発生装置】【血色の魔法陣発生装置】【不可視の足場発生装置】【足止め装置】の四つを起動したと、リーチェが告げる。


『さあさあ! これから始まりですよー! ユウさん頑張りましょうね!!』


 テンションの高いリーチェの念話が頭の中に響く。


『わかっている。これからが正念場だからな』


 頷き、俺はベヒーモスと共に広場へと転移した。


 不可視の足場に着地させると同時に、認識阻害の結界を逆用し、全力で周囲の人々を威圧する。【魔王の鎧】の機能である、威圧の強化によって、人々はすさまじい圧力を感じていることだろう。


 ベヒーモスの頭上から広場にいる人々の様子をチラリと確認すると、逃げ出すこと無く。その場にいる。【足止め装置】はちゃんと機能しているようだ。

 こんなに大勢の人たちが混乱を起こして一斉に逃げ出せば、将棋倒しが発生しかねない。

 逃げられない恐怖は、安全を確保することで勘弁してもらうしか無い。


 彼らは、これから行われる演劇の重要な観客なのだから。


 バルコニーの上で今にも腰をぬかさんばかりに蒼白になる国王へ、嘲笑するように口角を吊り上げ言った。


 正に悪役の台詞だ。怯えた様子でも国王は反論を行う。ベヒーモスと認識阻害結界の逆用を全開にした威圧の中でよくしゃべることができると内心感心していた。


『ユウさん!カッコイイですよー!』

 脳天気なリーチェの念話に、こちらも念話で返す。

『ええい! そんな事より、そろそろ、ベヒーモスにぶっ飛ばさせるぞ。準備はできてるのか?』

『準備万端です! 何時でもいいですよ!』


 元気のいいリーチェの返事に俺は思わず笑みを浮かべた。

 ちょうど、国王は強弁と重なり、不自然だったかなとごまかすように俺は首を傾げた。


 そして俺は、魔王として言う。


「ふむ。ならば貴様らが王都と呼ぶ全てを更地にしてやればいいのだな?

 やれ、ベヒーモス」


 ベヒーモスは素直に俺の制御を受け入れ、眼下に広がる街並みに向き直ると、大きく息を吸い込む。肺に空気が吸い込まれるにつれて、徐々に口腔へ光の粒が集まっていく。彼の楽しげな感情が伝わってくるようだ。

『リーチェ。結界を!』

『了解ぃ! 全【防護結界発生装置のタイル】起動! これで、昨日の私達の準備が報われるってものです!』


 リーチェの雄叫びと重なるように、ベヒーモスはレーザーブレスを吐き出した。


「ガァァァァァァァッ!!」


 カッと、閃光と共に極太の光線が街へと向かう。岩石だろうと一瞬で蒸発するような熱量を持った、民家をはるかに超える太さの光線が水平に薙ぎ払らわれる。


 だが、街に被害を与えることはない。【防護結界発生装置のタイル】から生まれた防護結界が光線を逸らしたのだ。

 巨大な光り輝く魔法陣が街を覆うように広がっているのが見える。


 光線は、遠くに見えていた背の高い市壁の上部を標的にしていた。

 その市壁の上部はそっくり消え失せていた。


『うわぁー。すっごい威力ですね……』

『ああ、たしかにな……』


 強烈な攻撃に俺とリーチェはあっけに取られる。が、すぐに気を取り直す。周囲の人々がまだ呆然としていることにホッとする。


『次がリーチェの出番だぞ? 準備は大丈夫か?』

『はっ! わ、分かってます準備は万端です。ユウさん! 演出をおねがいしますね』


 俺は指輪型の【光柱発生装置】を起動させる。が、人々は呆然と街を見ていて、現れた光の柱に気がつかない。

 彼らに気づかせるために。俺は声を上げた。


「やはり現れたか。天使リーヴェンチェル」


 その言葉ににようやく人々が光柱に視線が向く。

 バサリッと、翼が羽ばたく音が響く。

 俺はゆっくりと光の柱が消滅させる。


 そこには、俺と同じ高さに浮くリーチェがいた。


 金髪をなびかせて、純白のワンピースの上から、白銀に瑠璃色の細工が施された軽やかな鎧を纏い、手には細やかな細工が施された銀の槍を手にしている。


 ゆっくりと翼を羽ばたかせると、光の粒子が周囲へこぼれ落ちる。

 人々のすがるような視線が彼女へと集まる。

 

『フッフッフッ……。人々の視線が私に釘付けですよー……』

『リーチェ、だらしない顔はするなよ』


 悦に浸る彼女に釘をさす。


『わ、分かってますよ!』


 芝居だけではなく若干本気に怒りながら、銀の槍を俺へと向けた。


「魔王ユウ・キシカ! 何故このような暴挙を行う? 私が防がねば、この街は滅んでいたぞ!?」


 天使の言葉は周囲へ広く響き渡った。リーチェの声も俺と同様に、【飾りボタンのマイク】を通して、王都中に設置した【不可視のスピーカー】によって拡声されて、住人全ての耳に届くだろう。


 天使と魔王の問答が行われる。そして、やがて、煩わしさを覚えた魔王が、天使にベヒーモスをけしかけるのだ。


「面倒だな……。

 ベヒーモス。この世から強制的に立ち去らせてやれ」


 軽い様子で俺は言う。ベヒーモスは息と共に魔力をかき集める。


「させません!!」


 リーチェは叫び槍を振るい、光の砲撃を放つ。


「無駄だ」


 軽く手をかざし、防護結界を自分の周りに張ると同時に、【血色の魔法陣発生装置】も起動させて、禍々しい魔法陣によって身を守ったと演出する。


『ユウさん! ベヒーモスのレーザーブレスは加減させてくださいね! さすがにアレだけの威力だと私でも防ぐのはキツイものがあるんですけどっ!』

『心配要らないだろ。お前の鎧はブレスを捻じ曲げる』


 リーチェの泣き言を却下し、ベヒーモスに言う。


「今だ。殺れ」

「ガァァァァァァァッ!!」

「このようなもの、私には効きません!」


『ユウさん今、殺れって言いませんでしたか!? 殺れって!?』

『芝居だよ。仕方ないだろう。それにさっきよりはブレスの威力は小さいだろ』


 天使がかざした手に、光輝な魔法陣が現れる。コレは【光輝の魔法陣発生装置】の効果だ。そして、直進するはずの光線は、【戦天使の鎧】の効果によって、リーチェに当たる事無く上空へ捻じ曲げられる。


『それでも私は傷つきました。というわけで! 私の槍投げをくらいなさい!』


 楽しげなリーチェの念話に、俺は焦る。


『おい待て! その槍は予定通りの場所にやらないとまずいだろ!』

『わかってますよ!』

「邪悪なる魔獣よ! 滅びよ!!」


 リーチェは叫び声と共に槍を投げ放つ。

 その槍ベヒーモスの胴体に突き刺さり、大量の赤い血をまき散らす。


 予定通りの場所に槍が突き立った。


『焦らせるなよ。リーチェ』

『フッフッフッ。女の子に掛ける言葉は気をつけないといけませんよ?』


 突き立った槍は【血糊の槍】だ。突き刺さると大量の幻の血糊をぶちまける。殺傷能力は皆無の魔導具だ。

 突き刺さるといっても刃の穂先も幻で、吸盤の矢のように貼り付いてるだけだ。


「グアァア!」 


 苦痛の鳴き声と共に、透明な足場の上にベヒーモスは倒れる。


「魔獣殺しの槍か。面倒な物を持ってくるものだ」


 当然、この槍は魔獣殺しの槍なんてものではない。

 俺は空中に立ったまま、見事な演技を披露するベヒーモスを褒め称える。


『見事だ。君を選んでよかった』

「まあ、いい。ベヒーモスよ。お前はもうダンジョンに戻るがいい。魔獣殺しの槍相手では相性が悪すぎる」


 言って彼を元のダンジョンへ転移させる。周囲に飛び散ったはずの血痕も幻なので消え失せる。

 彼はこんな中途半端に力を振るっただけで、満足してくれただろうかと益体もないことを思う。


「さあ! 魔王ユウ・キシカ。去るのは貴方です」


 インベントリから取り出した【対の白銀剣】の切っ先を向けて、リーチェは言う。

 彼女に応じながら俺は【対の漆黒剣】を抜く。


 【対の漆黒剣】【対の白銀剣】はそれぞれに相応しい雰囲気を醸し出すことと、お互いが光線を放つ能力を持つ。

 ただし、お互いの光線を簡単に弾き飛ばせるという調整がなされている。


 俺とリーチェ、お互いが放った光線は天空の彼方へ弾き飛ばされていった。


 そして、魔王と天使が本気を出して戦えば、お互い消滅するということを、人々に伝える。


 魔王と天使はにらみ合いに移行する。ビリビリとお互いへの威圧感が上昇していく。

 しかしそれは見た目だけで、実際には、周囲の状況を相談しなから確認していた。


『ユウさん。そろそろいいのではないでしょうか?』

『そうだな。国王もいい感じで怯えてるし、リーチェに対して救いを求めるような目をしてるしな』

『フッ。ばりばりと稼げる信仰心に、笑いが止まりませんよ』

『実際には笑うなよ? 芝居の途中なんだから』

『分かってますよ。ユウさんの方も、恐怖心も大量にはいっているんじゃないですか?』

『ああ、この奇妙な感じはそれか。まあ、その事に関しては後だな。

 もうにらみ合いはいいだろう』

『そうですね。じゃ私から』


「……なぜ貴方は人の前に姿を表したのです? 魔王ユウ・キシカはダンジョンを作り、最終戦争のその時まで、大量のベヒーモスを管理するだけの存在なはずです。それが何故?」


 戸惑ったかのように天使の問いかけに、魔王は鼻を鳴らす。


 ちなみに最終戦争なんてことは、人間たちの創作だ。この世界の天界の者たちはマナ対策に忙しすぎて、戦争なんてやっているヒマなど無い。


 俺は魔王としての虚構の心境を語る。そして、ダンジョンに対する俺自身の心境も混ぜて語る。


「――そう、思っていたのだかな」


 俺はリーチェから、今だバルコニーから動けぬ国王へと侮蔑の視線を向ける。


 国王はビクリッと体を震わせる。


 俺は続ける。魔王が天使へというより、俺がこの国の人々へ向ける言葉だ。


「手に入れた者は、褒賞を好きにすれば良い。

 自分で使うのも良し。売り払うのも良し。死蔵するのも良し。

 女に贈り歓心を得るのも良しだ。


 しかし、王国は我の与えた褒賞を、不当に奪った。


 それは我に対する侮辱だ。そればかりではなく、自らがダンジョンの主であるかの物言い。


 これは許してはおけぬ。

 よって、盗人どもに罰を与えるために我はここにいる」


「罰を与えるとは、何をするつもりなのですか」


 天使の問いかけに魔王はとりあえず、支配階級の皆殺しという無茶を要求する。

 そして、天使が拒否をする形だ。


「我々の最終戦争の時は、まだはるか先の未来の話です!」

「その引き金を、今、この場で引いても良いと言っているのだがなぁ」

「本気で最終戦争を今、引き起こしたいのならばすでに貴方は私に襲いかかっているはずです!」


 魔王は捨て鉢であると思わせなければならない。

 俺は笑みの中に諦めもにじませる。

 そして天使はその言葉を否定しなければならない。

 リーチェは演技を続ける。


「あなたは何が望みなのですか?」

「望み……ね。大したことではない」


 つまらなそうに肩をすくめる。

 

「盗人どもに罰を与えること。

 我が褒賞を与えた人間から、不当に褒賞を奪わぬこと。

 ダンジョンの所持者は我であり、ダンジョンの所有権を詐称せぬこと。

 褒賞を求める人間の、ダンジョンの出入りを邪魔せぬこと」


 一つ目以外が俺の望みだ。実にささやかなものだと思うのだがな。


「ほら、我の望みなど、ささやかなものだろう?

 このささやかな望みさえ叶えば、我は最終戦争が始まるその時まで、欲望に突き動かされモンスターと戦う人間たちの姿を見て、無聊を慰め続けることができる」


 肉体的には疲労は無いはずなのに、俺の演技にも疲れが混じる。


『大丈夫ですか?』

『大丈夫だ。あと少しだ。気を抜かないようにしよう』


 心配そうなリーチェに、俺は気合を入れなおす。

 リーチェはわずかにためらった様子を見せるとうなずく。


「わかりました。一つ目以外の望みは叶えましょう」


 天使の言葉に魔王は馬鹿にしたように笑う。


「ハッハッハ。天使であるリーヴェンチェルが言ったところで意味などなかろう?

 褒賞を奪ったのも、詐称したのも、ダンジョンの出入りを邪魔したのも、この国の人間だ。

 この国の元締めはそこにいる愚か者だ」


 バルコニーの国王を顎で示す。

 彼は恐怖と魔王の心境に対する戸惑い、天使の救いへの期待に大きく感情を揺り動かし、憔悴仕切った様子だ。


『これなら大丈夫だと思うが、最後は任せるしか無い。頼んだぞリーチェ』

『まかせてください。私の手かかればコロッと陥落しますから!』


 不安げな俺に対してリーチェは自信満々だ。


 リーチェはバルコニーへ降り立ち、国王に不安げな表情をむける。


「て、天使さま……!」

「国王陛下。こうなっては致し方ありません。最終戦争の引き金を、今この場で引くわけにはいきません。

 先の条件の2つ目以降を約束してください。そうしなければ、私は貴方たちの命を守れません」

「す、する! 約束するからお助けを……!」


『ほら、見なさい! ユウさん。私の手にかかればこんなもんです』

『あとは最後の仕上げだけだな』


 芝居の為にすました顔をしているが、彼女のドヤ顔が脳裏に浮かぶので、軽く流した。

 天使は魔王へ視線を強い口調で言う。


「聞いての通りです。魔王ユウ・キシカ。彼らには私が約束を守らせます。その代わり、彼らの命を害さぬと誓いなさい!」


「それでは足らんな」

「な!?」

「人間は喉元過ぎれば熱さを忘れる生き物だ。今は本気だろうと、時が経てば簡単に約束を反故にする。ゆえに――」


 俺はインベントリから取り出した一本の剣を投げ放つ。その剣は国王の目の前の床に突き刺さる。


「ひっ!」

「その剣は【誓約の剣】。

 その剣に誓約すれば、その誓約が守られている間、その場から決して抜かれる事は無くなる。

 だが誓約を破ればひとりでに抜き放たれ、破った者の心臓に突き刺さる」


 この剣の能力説明に、【血糊の槍】や最終戦争のような偽りはない。

 俺は言葉を続ける。ここからが一番大切だ。リーチェと話し合い、条件を詰めた内容を告げる。


「誓約内容は、


 一つ、ダンジョンの所有者は我――ユウであることを認め、ダンジョンの所有権を詐称せぬこと。また何人たりとも詐称させぬこと。

 一つ、ダンジョンから物品を持ち帰る人間から、不当にそれらの物品を奪わぬこと。また不当に奪うには法による収奪も含まれる。

 一つ、ダンジョンを求める人間の、ダンジョンの出入りを妨害せぬこと。また妨害には直接、間接は問われない。

 

 これら3つの内容を、アルヴェン王国の王は周知徹底を図り遵守させることを、最大限努力しなければならない。


 以上だ。


 さあ、その剣の柄に触れ、この国の王として誓うがいい。ただ一言、『誓う』と言うだけでいい」


 国王はぶるぶると震える手を伸ばす。


『さあ! はやく! 寸前で心変わりなどしたら許さないからな』

『ユウさん、焦らなくも大丈夫ですよ』


 彼の意思で誓わなければ意味が無いので、実際には急かさない。けれど、俺の焦りに、リーチェはあきれた様子だった。


 国王は剣の柄に触れ、口を開いた。


「ち、誓う」


 途端に【誓約の剣】は淡い光を放つ。キラキラとした光の粒が剣の周囲を舞い踊る。

 この瞬間、一番安堵したのは俺だろう。今すぐ帰って椅子に座りみたいが、あと少しだけ魔王として振る舞う事が必要だ。


「ここに誓約は成立した。証人は天使リーヴェンチェルと、今見聞きしている全ての人間たちだ」

「魔王ユウ・キシカ! 彼らの命を害さぬと約束しろ!」

「いいだろう。

 天使リーヴェンチェルが今の誓約を人間どもに守らせている限り、我、魔王ユウ・キシカは積極的にはこの国の王族、貴族の命を害さぬと誓おう」


 【誓約の剣】のような証拠の残るものでは無い。口約束だがこれは必要な事だ。この口約束によって、天使リーヴェンチェルは国王の結んだ誓約を守らせる為に国に介入する権利を得る。そして同時に、魔王ユウ・キシカは誓約を守っているかを監視する権利を得る。


 今回の計画は成功したということだ。ついでにダンジョンの宣伝も行っておこうと思い立つ。


「最後に我の言葉を聞く全ての人間たちに告げる。

 金銭を求める者、戦いを求める者、名誉を求める者、不可思議な魔導具を求める者よ。


 我がダンジョンに挑み、モンスターと戦うがいい。華麗に戦うも、無様に戦うも、我は全ての戦いを愛そう。


 そして、勝利の暁には褒賞を与えよう!」


『リーチェ。俺は先にアパートの部屋に帰る。魔導具の停止もちゃんとしておけよ?』

『ユウさんお疲れ様でした。あとは私におまかせ下さいよ』


 リーチェの言葉を最後に、俺は転移した。

 転移先は一〇三号室だ。【飾りボタンのマイク】をむしり取るとインベントリに放り込む。

 椅子にドカリと腰を下ろすと大きくため息をついた。


「……疲れた。慣れないことはするもんじゃないな……」


 このままのんびりしていたいが、そういうわけにも行かない。

 情報ウインドウを呼び出しダンジョン・コアと接続すると、リーチェの姿を映し出す。

 

 【太陽光遮断結界発生装置】【血色の魔法陣発生装置】【不可視の足場発生装置】【足止め装置】の4つの魔導具は停止しているようだ。


 リーチェは青空を飛びながら、人々へ言葉を告げていた。


『魔王の出現による、世界の歪みは正されたようです。

 人々よ。安心しなさい。魔王が私の存在を確認した以上、魔王はそう安々と出てくる事はできなくなります。


 また、街中のダンジョンの入り口からモンスターが湧き出ぬよう、私が対処しておきましょう。


 人々よ。変わらぬ日々をおくりなさい。私が見守っているのだから』


 天使リーヴェンチェルは光の粒子になると空気に溶けるようにして消えた。同時にベヒーモスの一撃から街を守った、覆うように広がる光り輝く魔法陣も光の粒になって消えていった。


 映像の中のリーチェの姿が消えるのと同時に、部屋の中に本人が転移してきた。


「お帰り。リーチェ。なんとか上手くいったな」


 彼女は無言で襟元の【飾りボタンのマイク】と外し、インベントリにしまうと、笑いをもらす。


「フッフッフッ。実に素晴らしいことですっ!! ああ、これほど多くの信仰心を向けられるなんて、天使として生きていて始めてのことですよ!」

「喜ぶのはいいが、せめて鎧は脱いでからやれ」


 クルクルと空中を回り喜びを全身で表すリーチェにあきれた様子で言う。ついでに自分の鎧も一瞬で脱ぐ。インベントリに放り込むという裏ワザだ。ちなみに逆の、一瞬で着こむ事はできない。

 鎧自体は軽いものだったが、消えた重量感にホッと息をつく。

 同じように鎧を脱いだリーチェはキラキラと目を輝かせ、勢い良く言ってくる。


「ユウさん、ユウさん! また、今日みたいなことをやりましょうよ! とっても楽しかったですから!」

「俺は二度とやりたくないんだが……?」

「大丈夫です。慣れれば楽しくなります!」


 無茶な要求にため息をつく。


「慣れるほどやりたくない。それに今回のがまだ終わってないだろう」

「え? なにがです?」

「片付けだよ。

 街中に設置した魔導具を回収しないとまずいだろ。

 特に防護結界発生装置はほとんどがダンジョン領域の外だ。直接、回って回収しないといけない」

「え? まじですか? 設置するだけでもむちゃくちゃ大変だったんですけど」

「マジだよ。それにアレは今回のペテンの種だからな。人間に回収されたら、今回の事がマッチポンプだってバレかねない。

 そしたら天使リーヴェンチェルへの信仰心はガリッと削れかねないぞ?」


 言うとリーチェはガクリと崩れ落ちた。


「わ、分かりましたよ……。回収しに行けばいいんでしょ」

「先に始めておいてくれ。俺は先にダンジョン領域の分はここで回収するし、あとベヒーモスの様子も見に行かないといけない」


「うーん。仕方ありません……。ユウさんも早く手伝いに来てくださいね?」

「ああ。終わったら、成功を祝して飯を食いに行こう」

「美味しい所にしてくださいね」

「わかってるよ」


 速やかに飛び出たリーチェの要求に、俺は笑ってうなずいた。



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