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18 降臨の日

 広場にいる大勢の人々の視線が、ベヒーモスとその頭上に佇む青年に集まる。彼らの足は縫い付けられたように地面から離れず、巨大なモンスターの近くから逃げられない恐怖に震えていた。


 恐怖に震えているのは広場に集まった王都の住民だけではない。


 バルコニーの上にいるフェルディナン国王も今にも腰をぬかさんばかりに蒼白になっていた。


 ユウ・キシカと名乗った青年は、嘲笑するように口角を吊り上げる。


「さあ、貴様のお望み通り、出てきてやったぞ? 国王?」

「貴様はなんだ!?」


 巨大モンスターとそれをはるかに上回る彼の威圧の中、怯えた様子で国王は言う。


「おいおい、頭だけじゃなくて耳も悪いのか? 我はダンジョンの所有者だ。貴様ら盗人が、我のダンジョンを自分のモノだと詐称するのでな。

 わざわざ我、自らが出向いてやったのだぞ?」


「ふざけるな! あのダンジョンは王都の敷地内に現れた以上。王国に所有権があるのが当然であろう!」


 威圧をごまかすためだろう国王は強弁する。


 それに対して彼はおかしそうに笑みで首を傾げる。


「ふむ。ならば貴様らが王都と呼ぶ全てを更地にしてやればいいのだな?」


「え」


 その疑問の声を上げたのは誰だったのか。

 魔王は冷徹な様子で自らの足場にする巨大モンスターに命ずる。


「やれ、ベヒーモス」


 ベヒーモスは眼下に広がる街並みに向き直ると、大きく息を吸い込む。肺に空気が吸い込まれるにつれて、徐々に口腔へ光の粒が集まっていく。

 

「おいまさか」

「そんな……」


 不安の声が大きくなる。もし魔力を感じる事ができる者が居たならば、その者は口腔に集中する魔力の濃さに絶望を覚えただろう。


 ベヒーモスは雄叫びと共にブレスを吐き出した。


「ガァァァァァァァッ!!」


 カッと、閃光と共に極太の光線が街へと向かう。岩石だろうと一瞬で蒸発するような熱量を持った、民家をはるかに超える太さの光線が水平に薙ぎ払らわれる。


 この攻撃を受ければ、石造りの街など文字通り灰燼に帰す事ができる。


 強烈な光は横で見ていただけの人々の目もくらませる。やかて、街の消滅も覚悟していた人々の目が回復する。その人々の目に映ったのは、消えた街ではなかった。


 巨大な光り輝く魔法陣が街を覆うように広がっている。無事な街並みだった。

 光線が街の建物に当たる寸前、出現した魔法陣によって逸らされたのだ。


 だが無傷では無いことも気がつく。遠くに見えた背の高い市壁の上部がそっくり消え失せていた。


 被害は市壁だけに終わった。だが、そのあまりの強烈な攻撃に人々は言葉も出ない。そんな彼らの耳に青年のつぶやきが飛び込む。


「やはり現れたか。天使リーヴェンチェル」


 これだけの攻撃をけしかけておいて平然としている魔王の視線の先――広場の一角には、どこからとも無く差し込む、柔らかな光の柱が出現していた。


 バサリッと、翼が羽ばたく音が響いた。ゆっくりと光の柱が消滅すると、そこには、ベヒーモスの頭上にいる魔王と同じ高さに、一人の天使が空に浮いていた。


 金髪の美しい女性の天使だ。純白のワンピースの上から、白銀に瑠璃色の細工が施された軽やかな鎧を纏い、手には細やかな細工が施された銀の槍を手にしている。


 ゆっくりと翼を羽ばたかせると、光の粒子が周囲へこぼれ落ちる。


 人々のすがるような視線が彼女へと集まる。

 

「天使だ……」

「天使様……」

「助かるのか……?」


 美しく整ったを怒りの色に染め、天使は手にしている銀の槍を魔王へと向ける。


「魔王ユウ・キシカ! 何故このような暴挙を行う? 私が防がねば、この街は滅んでいたぞ!?」


 天使の言葉は周囲へ広く響き渡った。その声は王都に住む住人全ての耳に入っただろう。そして同様に魔王の返答も王都の住人全ての耳に届く。


「なに、そこの、この国の王が少々ふざけた事を言うのでな。


 王都の敷地内に存在するものは全て、己のモノだとか。


 王都が消滅すれば当然敷地も存在しなくなる。その愚か者の理屈通りならば、敷地ではない場所のダンジョンの所有権は、一体誰のものなるのか……?

 その答えを、灰と化した王都の前で、その愚か者に聞いてみたかったのだ」


「そんな戯れの為に、王都を滅ぼそうとしたのですか!?」


「我の所有物であるダンジョンを己の物だと詐称する輩は万死に値するが……。

 どのような存在に喧嘩を売ったか、思い知ってから罰を受けた方がよかろう? あの世で我に罰を受けたと自慢話ができるからな。


 まあ良い。王都を滅ぼす事など所詮は些末事よ。貴様が守った事は不問にしてやる。王都の存続も許してやろう。

 天使リーヴェンチェルよ。我は貴様に用は無い。速やかに去るのだな」


「去るわけには行きません! 魔王ユウ・キシカ一体何をする気なのです!?」


 天使の詰問に、魔王は小さく息を吐いた。


「面倒だな……。

 ベヒーモス。この世から強制的に立ち去らせてやれ」


 軽い様子で魔王は配下に命令を下す。ベヒーモスは息と共に魔力をかき集める。


「させません!!」


 天使は叫び槍を振るう。槍の間合いから遠く離れていたが、同時に光の砲撃が放たれる。


「無駄だ」


 ユウ・キシカが軽く手をかざすと、禍々しき魔法陣が出現し、それに作られた巨大な透明な盾が自分とベヒーモスを守る。

 砲撃が途切れると、魔王は盾を解除し命ずる。


「今だ。殺れ」

「ガァァァァァァァッ!!」


 溜める時間が短かったからだろう、街へと放たれたものより細い光線が天使を襲う。


「このようなもの、私には効きません!」


 天使がかざした手に、光輝な魔法陣が現れる。コレは盾ではない。直進するはずの光線は、天使に当たる前に捻じ曲げられ上空へと突き進む。天空を貫いた光の帯ははるか彼方からも見て取ることが出来ただろう。


 天使リーヴェンチェルは魔法陣をかざしながら、もう片手で槍を振りかぶる。


「邪悪なる魔獣よ! 滅びよ!!」


 投げ放たれた銀の槍は、ベヒーモスの胴体に突き刺さり、大量の赤い血をまき散らす。


「グアァア!」


 苦痛の鳴き声と共に、透明な足場の上にベヒーモスは倒れる。それでも致命傷にはなっては居らず、闘争の光を瞳に宿し、天使を睨んでいる。


「魔獣殺しの槍か。面倒な物を持ってくるものだ」


 ベヒーモスが倒れ、足場が無くなったというのに、魔王ユウ・キシカは影響も受けずに空中に立っている。配下を見下ろしながら続ける。


「まあ、いい。ベヒーモスよ。お前はもうダンジョンに戻るがいい。魔獣殺しの槍相手では相性が悪すぎる」


 彼が言葉と共に腕を振るうと、魔獣の巨体は消え失せていた。周囲に飛び散ったはずの血痕も消え失せる。


「さあ! 魔王ユウ・キシカ。去るのは貴方です」


 新たにどこからとも無く取り出した白銀の剣の切っ先を向けて、天使は告げる。


「忘れているのか? 天使リーヴェンチェル? 魔王は何故、魔王と呼ばれているのか」


 チャキリと腰の剣を抜く。漆黒の禍々しい気配を振りまく剣だ。


「モンスターどもよりはるかに強いからこそ、魔王と呼ばれる。


 ベヒーモス一匹退けた程度で喜ぶものではない」


 言って、天使に向けて軽く剣を振るう。それだけで、先ほどベヒーモスが放ったのと同等の威力の光線が放たれた。

 が、天使は今度は魔法陣を出す事なく、白銀の剣を振るうだけで光線を打ち払う。続いて、白銀の剣を振るい、同等の光線を放つ。

 しかし、その光線も、先ほどの焼き直しのように、魔王が漆黒の剣を振るうだけで弾かれた。


 二条の光線は天空の彼方へと消えていった。


「貴方の方こそ忘れているのではないですか! 天使とは魔王に対応する存在であることを」

「魔王と天使が戦えば、お互いその力を上昇させあい、いずれは双方共に増大した力によって自滅する。


 お互いが本気を出せば、互いの消滅は免れぬ、か。全く面倒なことだな」

「私の存在を察知し、ベヒーモスを連れてきたのでしょうが、残念でしたね。魔獣殺しの槍の前では大した脅威にはなりません」


 ユウ・キシカは苦笑し、リーヴェンチェルとのにらみ合いとなる。


 天使と魔王。どちらもうかつには動けない。ビリビリと、お互いへの威圧感が上昇していく。

 当然、彼らの戦いを見ているしか無かった人間たちには何も出来ない。一触即発の緊張感は高まる一方だ。


 その緊張を先に破ったのは天使の方だった。


「……なぜ貴方は人の前に姿を表したのです? 魔王ユウ・キシカはダンジョンを作り、最終戦争のその時まで、大量のベヒーモスを管理するだけの存在なはずです。それが何故?」


 戸惑ったかのように天使の問いかけに、魔王は鼻を鳴らす。


「ふん。長く生きる者の最大の敵がなんなのかお前も知っていよう? そう、退屈だ。

 モンスターどもを戦わせ無聊を慰めておったがな。それにももう飽きてきた。


 この上は最終戦争の引き金は我が引くしか無いかと思っていた頃に、一人の人間が我がダンジョンに挑んできた。

 よくもまあ、我がダンジョンを見つけたとあきれて見ていたが。


 その人間はモンスター同士には無い素晴らしい戦いを我に見せてくれた。鬱屈した心が晴れ渡るかのようだった。

 だが、さらった人間をダンジョンに放り込んでモンスターと戦わせても、さして心は晴れぬ。

 そのうち我は気がついた。


 人間が己が意思で強敵に挑む。我はその姿が見たいのだと。


 ゆえに決めた。人とモンスターが戦う場を作ろうと。

 そして、我はこの地にダンジョンを作った。


 モンスターを倒ぜば戦いに対する褒賞としてドロップアイテムを与える。

 人間にとっては価値あるものであろう。ならば、多くの人間たちが再び、自らの意思で戦いに挑んでくるであろう。


 そう、思っていたのだかな」


 魔王はすっと天使から、今だバルコニーから動けぬ国王へと侮蔑の視線を向ける。国王はビクリッと体を震わせる。


「手に入れた者は、褒賞を好きにすれば良い。

 自分で使うのも良し。売り払うのも良し。死蔵するのも良し。

 女に贈り歓心を得るのも良しだ。


 しかし、王国は我の与えた褒賞を、不当に奪った。


 それは我に対する侮辱だ。そればかりではなく、自らがダンジョンの主であるかの物言い。


 これは許してはおけぬ。

 よって、盗人どもに罰を与えるために我はここにいる」


 天使は顔をしかめる。


「罰を与えるとは、何をするつもりなのですか」

「そうだな。とりあえず、この国の王族と貴族の地位にある者、全ての死だ」


「そんなことは許されない! そんなことをすればこの国が滅びる」

「構わないだろう? ただの盗人どもだ。人間という種から悪辣なものを間引いてやるだけだ。天使も清く正しい人間を守る方が嬉しかろう?」


「そのような詭弁には乗りません! 魔王が人間を罰しようとすればいつも被害は拡大する! それらの行動など看過することなどできません!」

「ならばどうする? お互い消滅覚悟で戦うか? べつに構わんぞ? ここで戦えば、この街もただではすまぬ。


 それに我が消滅すれば、我の管理する多数のベヒーモスは世に放たれ。お前が消滅すれば世界の安定がまた一つ崩れる。

 そら、最終戦争の始まりだ」

「我々の最終戦争の時は、まだはるか先の未来の話です!」

「その引き金を、今、この場で引いても良いと言っているのだがなぁ」


 魔王は楽しげに笑う。が天使はその言葉を切り捨てる。


「本気で最終戦争を今、引き起こしたいのならば、すでに貴方は私に襲いかかっているはずです! あなたは何が望みなのですか?」

「望み……ね。大したことではない」


 彼はつまらなそうに肩をすくめる。

 

「盗人どもに罰を与えること。

 我が褒賞を与えた人間から、不当に褒賞を奪わぬこと。

 ダンジョンの所持者は我であり、ダンジョンの所有権を詐称せぬこと。

 褒賞を求める人間の、ダンジョンの出入りを邪魔せぬこと。


 ほら、我の望みなど、ささやかなものだろう?

 このささやかな望みさえ叶えば、我は最終戦争が始まるその時まで、欲望に突き動かされモンスターと戦う人間たちの姿を見て、無聊を慰め続けることができる」


 疲れたかのように魔王は言う。

 天使はわずかにためらった様子を見せるとうなずく。


「わかりました。一つ目以外の望みは叶えましょう」


 彼女の言葉に魔王は馬鹿にしたように笑う。


「ハッハッハ。天使であるリーヴェンチェルが言ったところで意味などなかろう?

 褒賞を奪ったのも、詐称したのも、ダンジョンの出入りを邪魔したのも、この国の人間だ。

 この国の元締めはそこにいる愚か者だ」


 バルコニーの国王を顎で示す。天使はバルコニーへ降り立つ。国王はすがる視線を向ける。

「て、天使さま……!」

「国王陛下。こうなっては致し方ありません。最終戦争の引き金を、今この場で引くわけにはいきません。

 先の条件の2つ目以降を約束してください。そうしなければ、私は貴方たちの命を守れません」

「す、する! 約束するからお助けを……!」


 その言葉に一つ頷き、天使は魔王へ視線を向けた。


「聞いての通りです。魔王ユウ・キシカ。彼らには私が約束を守らせます。その代わり、彼らの命を害さぬと誓いなさい!」


「それでは足らんな」

「な!?」

「人間は喉元過ぎれば熱さを忘れる生き物だ。今は本気だろうと、時が経てば簡単に約束を反故にする。ゆえに――」


 魔王はどこからとも無く取り出した一本の剣を投げ放つ。その剣は国王の目の前の床に突き刺さる。


「ひっ!」

「その剣は【誓約の剣】。

 その剣に誓約すれば、その誓約が守られている間、その場から決して抜かれる事は無くなる。

 だが誓約を破ればひとりでに抜き放たれ、破った者の心臓に突き刺さる。


 誓約内容は、


 一つ、ダンジョンの所有者は我――ユウであることを認め、ダンジョンの所有権を詐称せぬこと。また何人たりとも詐称させぬこと。

 一つ、ダンジョンから物品を持ち帰る人間から、不当にそれらの物品を奪わぬこと。また不当に奪うには法による収奪も含まれる。

 一つ、ダンジョンを求める人間の、ダンジョンの出入りを妨害せぬこと。また妨害には直接、間接は問われない。

 

 これら3つの内容を、アルヴェン王国の王は周知徹底を図り遵守させることを、最大限努力しなければならない。


 以上だ。


 さあ、その剣の柄に触れ、この国の王として誓うがいい。ただ一言、『誓う』と言うだけでいい」


 魔王ユウ・キシカのことばに国王はぶるぶると震える手を伸ばし、剣の柄に触れる。


「ち、誓う」


 途端に【誓約の剣】は淡い光を放つ。キラキラとした光の粒が剣の周囲を舞い踊る。


「ここに誓約は成立した。証人は天使リーヴェンチェルと、今見聞きしている全ての人間たちだ」

「魔王ユウ・キシカ! 彼らの命を害さぬと約束しろ!」


「いいだろう。

 天使リーヴェンチェルが今の誓約を人間どもに守らせている限り、我、魔王ユウ・キシカは積極的にはこの国の王族、貴族の命を害さぬと誓おう。


 最後に我の言葉を聞く全ての人間たちに告げる。

 金銭を求める者、戦いを求める者、名誉を求める者、不可思議な魔導具を求める者よ。


 我がダンジョンに挑み、モンスターと戦うがいい。華麗に戦うも、無様に戦うも、我は全ての戦いを愛そう。


 そして、勝利の暁には褒賞を与えよう!」


 その言葉を最後に、魔王ユウ・キシカの姿は掻き消えた。夜になっていた空も太陽が再び姿を現し、天空の禍々しい巨大魔法陣も消える。ベヒーモスを支えた不可視の足場も消えているだろう。

 同時に人々の足を地面に貼り付けていた不可視の力も消え失せていた。


 天使は空を飛びながら、人々へ告げる。


「魔王の出現による、世界の歪みは正されたようです。

 人々よ。安心しなさい。魔王が私の存在を確認した以上、魔王はそう安々と出てくる事はできなくなります。


 また、街中のダンジョンの入り口からモンスターが湧き出ぬよう、私が対処しておきましょう。


 人々よ。変わらぬ日々をおくりなさい。私が見守っているのだから」


 天使リーヴェンチェルは光の粒子になると空気に溶けるようにして消えた。同時にベヒーモスの一撃から街を守った、覆うように広がる光り輝く魔法陣も光の粒になって消えていった。





 これが新たな時代の幕開けとなった大事件、【魔王ユウ・キシカと天使リーヴェンチェルの降臨】の顛末であった。


 その時代の事を、後の歴史書では【大迷宮時代】と呼称している。



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