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17 国王フェルディナン・ロウ・アルヴェンの戦慄

 何故、こんなことに……!


 アルヴェン王国の最高権力者である、国王フェルディナン・ロウ・アルヴェンはその言葉を口の中で叫び続けた。


 その日は最良の一日になるはずだった。


 王都を囲む市壁のすぐ近くにダンジョンが現れてから一週間が過ぎていた。

 それから起こった問題の数々はあまり思い出したくないものだった。


 本来であるならば、王都近くに現れたダンジョンなど、国王が裁可するような事ではない。現れたダンジョンなど騎士団たちが速やかに潰して、国王はその追認を行うだけだ。

 そのような仕組みはすでに構築されているし、今まで十分に機能していた。


 それなのに問題が起こったのは、ダンジョンから現れたモンスターが落とした、数々の魔導具のためだ。

 

 それらの魔導具は、魔導具のランクとしては大したものではなかった。


 魔導具のランクは上から順に、神話級、伝説級、希少級、一般級、複製級の五段階に分かれている。



 神話級は神話の中だけに登場するような魔導具で、実在しているものは無いと言われている。


 伝説級は歴史ある国ならば一つ2つ程度なら、所有していることもある。アルヴェン王国の国宝たる、大山を容易く切り裂いたという【リシュリンクの大剣】も現存する伝説級魔導具の一つである。


 希少級ともなると一気に数が増える。しかし、それでも数が少ない。どれもが強力で、有用な能力を有した魔導具だ。

 凄腕の冒険者でも、一生分の幸運に恵まれてもなお、手に入らないと言われるほどだ。


 一般級がダンジョンの奥底にある財宝の中に、普通に存在してる魔導具だ。一般と称されてもそれでも貴重な品である。

 

 そして、最後が複製級だ。これは魔法使いたちが、希少級や一般級の魔導具を研究し、再現に成功した魔導具だ。しかし、機能の強さや、使い勝手は他のランクに比べればはるかに劣る。それでも充分に高価な品物だ。


 

 さて、問題になったモンスターの落とした魔導具だが、そのランクは一般級だった。それだけならば問題ではなかったが、問題はその数だ。


 通常、ダンジョンの奥底から回収される財宝に含まれる魔導具の数は、三つから四つだ。

 にもかかわらず、ダンジョンの外へと出た弱いモンスターであるゴブリンを一匹倒しただけで、十数個の魔導具が手に入れることができた。


 しかも軍事的に有用活用が可能な魔導具だった。


 この情報が貴族たちの間で広まってしまった為に大騒ぎとなってしまったのだ。


 このような魔導具を落とすモンスターを生み出すダンジョンならば残すべきたと主張する貴族と、王都近くのダンジョンならば速やかに潰すべきだと主張する貴族に分かれて、一時期はつかみ合い寸前まで議論は紛糾した。


 が、そんな議論の真っ最中に新たな問題が飛び込んできた。今度は市壁の外ではなく、市壁の内側にダンジョンの入り口が現れたという。

 聞いた貴族の多くが顔色を悪くした。ダンジョンから現れるモンスターの被害はとても深刻なものになると皆が承知していたからだ。


 議論は一気にダンジョンは潰すべきだという方向に傾いた。


 そんな時再び新たな情報が飛び込んでくる。今度は市壁の外ではなく、市壁の内側にダンジョンの入り口が現れたという。

 同じ情報に、その報告はすでに受けたと、駆け込んだ騎士を追い出そうとした。が『複数のダンジョンの入り口が街中に現れたのです!』との言葉に騒然となった。



 もはや、ダンジョンを残すべきだという主張は消え失せていた。速やかに全てのダンジョンを潰すようにと国王命令が下った。

 いかにダンジョンとはいっても、入り口をつぶしてしまえば、地上になんの影響も与えない事は常識だ。

 

 ホッとした様子をみせる貴族たちだが、事はそれで収まらなかった。

 ダンジョンの入り口が次々と見つかったのだ。しかも、数時間前には存在していなかった場所にも、忽然と入り口は現れていた。


 集った貴族たちは王都の地下に広がる巨大なダンジョンを想像して恐怖に震えた。

 

 しかし、何故か地上に出てくるモンスターの報告は無かった。ダンジョンの入り口に石を放り込んで塞ぐ前に、見つかったダンジョンの入り口の出入りを禁止していたため、ほぼ数時間は放置されたというのに、モンスターは出てこない。


 一部の騎士が確認のためにダンジョンに潜ると数十分もしないうちに多くの魔導具を抱えて帰ってきた。

 ダンジョン内は廊下とその先にある部屋だけ。部屋にいた一匹のゴブリンを倒しただけで、それらの魔導具と金貨を手に入れたという。


 再び議会は紛糾した。もはや、貴族たちの中には自分の領地から兵士を呼び寄せて、ダンジョンから魔導具を回収させようとしている者もいた。


 第一騎士団がダンジョンを完全に潰そうにも、騎士団の働きを上回る早さで入り口は増えていった。ダンジョンを潰すことは現実的な手段ではないと思われたころ、市場にいくつもの魔導具が流通していることに気が付かれた。

 

 なんでもダンジョンに潜った一般人がそこで手に入れた魔導具を売り払っていたという。国王を含めた貴族たちは、魔導具が広く流通することを危惧した。


 魔導具のなかには、容易く暗殺が可能となる物も存在する。広く流通にのせることは認められることではない。しかし、一度市場に出た魔導具は高額で取引されることになる。国庫にそんな大金は存在していなかった。


 結果として、店に魔導具を売りに来る者たちから没収することにした。どいつも貧民だったので配慮する必要など無いと命令が下ったのだ。


 しかし、根拠も無しに国家が国民から財産を奪い続けるのは、やがて問題になる。


 ゆえにあることが決まった。


『王都地下にできたダンジョンは王国の所有物であり、そこに有る物も全て王国の所有物である。

 よって、王国の許可無くダンジョンから物品を持ち出す行為は全て窃盗である』


 これがその決定である。


 この内容を本日、王城のテラスからその下に集まった国民へと向けて宣言することになっていた。


 ダンジョンが街中に出現した結果。数々のうわさが飛び交い、また多くの騎士が街中を走り回った。

 それらは、王都の住人の不安を大いにかきたてた事だろう。


 これはその不安を払拭するための集会だ。そして、ダンジョンは王国の管理下にあると宣言する事によって、国民はさらに安心を得ることができる。

 また、ダンジョンから容易く得られる莫大な富を、正当性と共に王国のものとする。

 

 今日は実に素晴らしい日になるだろう。


 国王フェルディナン・ロウ・アルヴェンは王冠を被り、豪奢な衣装に身を包み、宝石に彩られた王錫を手にする。懐にはダンジョンから得られた【拡声の杖】を忍ばせる。手で直接触れなくても操作できるという素晴らしい魔導具だ。


 部屋の中からバルコニーへ向けて歩き出す。宣言を行うバルコニーは三階部分にあり、その下は大勢の人々が集えるように大きな広場になっている。

 昼間の日差しに照らされて明るいバルコニーへ出ると、眼下の広場には多くの国民が集まっていた。

 彼らの視線が自らに集まることを感じて、国王は高揚した気分を味わう。


 すっと王錫を掲げると人々のざわめきが収まっていく。そして、フェルディナンは口を開いた。


「親愛なる我が臣民たちよ! よくぞ集まってくれた!」


 その声は【拡声の杖】によって広場の隅々まで響く。声の大きさに人々は小さなざわめきを起こすが、言葉を続ける。


「今日集まってもらったのはほかでもない。街中で広がるうわさについてだ。


 そう、ダンジョンだ! 街中でダンジョンが現れているといううわさだが。あれは事実だ。

 だが安心してほしい! ダンジョンは全て、王国の管理下にある! 騎士団の守りによってモンスターが人々を襲う事はない!


 諸君! 安心して日々を過ごして欲しい。


 また、すでに王都の地下ダンジョンより幾多の財宝を持ちだした者がおるようだが……。


 地下ダンジョンは全て王国の所有物である。

 よって、ダンジョン内に存在する全ての物品は王国の所有物である。

 王国の許可無くダンジョンから物品を持ち出す行為は、全て窃盗であると、ここで宣言しておこう!」


「ウソをつくな」


 大音響が響き渡る。【拡声の杖】をつかったものより大きな声が周囲に響き渡る。静かな怒りを込めた男性の声だ。


「ダンジョンが王国の所有物? ふざけるな! ダンジョンは我のものである。


 ダンジョンより物品を持ちだしたら窃盗? あれは我が戦いの褒賞として我が与えたものだ。

 それを騎士団の武力を使って奪い取るとは、盗人は貴様らのほうであろう!」


「何者だ! 姿をみせよ!」


 フェルディナンは怒りを込めて叫ぶ。魔導具を使って論戦を挑むつもりらしいが、姿を見せればすぐに騎士団に捕らえさせる。せっかくの宣言に水を差され、実に不愉快だった。

 姿を見せるとは思えないが、姿を隠す卑怯者の言葉など、権力でいかようにも叩き潰す事ができる。


 彼の考えは、かえってきた楽しげな声に崩される。


「ほう? 姿を見せよと? ならばそうしよう。後悔はせぬようにな」


 その声が終わると同時に周囲の光景が一変した。時刻は昼で、雲ひとつない青空に太陽が強い日差しを与えていた。だが、一瞬の内に太陽の姿は掻き消え、周囲は夜の闇に包まれる。


 人々の恐怖の混じった戸惑いの声が、そこかしこで湧き上がる。


 だが、完全な暗闇に包まれたわけではない。赤い光が降り注ぐため、近くにいる人の顔は見てとれる。人々の視線は自然とその光源へと向く。

 視線の先の空高くにあったのは、赤黒い光を放つ禍々しいデザインを持った巨大な魔法陣だ。


「な、な……」


 フェルディナンの驚愕の声が【拡声の杖】を通して周囲に広がる。すぐさま逃げ出したかったが、何故か足が動かない。

 足が動かないのは国王だけではなく、広場に居た人々も同様だ。足が地面に縫い付けられたかのように、いくら力を込めても離れない。


 逃げられない事に対して恐怖の悲鳴が上がる中、真上の禍々しき魔法陣から巨大な獣が現れる。


 獣は空を飛ぶような真似はせず、まっすぐに落ちてくる。真下に居た広場の人々の顔は絶望の恐怖に染まるが逃げられない。


 爆発にも似た激しい着地音が響く。しかし、その巨大な獣の着地による死傷者は全くなかった。広場の地面から高さ3メートルほどの場所に出現した透明な床が、その巨体を受け止めていたからだ。


 巨大な獣は雄牛と狼を掛けあわせたかのような姿をしており、盛り上がった分厚い筋肉が見て取れる。体長は十メートルは軽く超えている。

 神話やモンスターに詳しい者がいたならばその獣の正体が分かっただろう。


 その獣は、ベヒーモスと呼ばれる神話時代のモンスターだ。


 そして、ベヒーモスの頭部には一人の男性が立っていた。黒髪の若い男だ。銀と赤のラインで豪奢に装飾された漆黒の鎧を身に纏い。腰には禍々しきデザインの宝剣を佩いている。


 人々の、そして国王の視線は、ベヒーモスよりもその男性に集まらざる得なかった。ベヒーモスは巨大さと内に秘める力に見合う威圧感を放っていた。けれど、その獣の頭の上に立つ男性は、それをはるかに超える強烈な威圧感を放っていたからだ。


 未だ消えることのない上空の魔法陣が放つ光に照らしだされ、男性は端正な顔立ちに笑みを浮かべた。


「はじめまして、だな。国王フェルディナン・ロウ・アルヴェン?


 我はユウ・キシカ。

 貴様ら王国が奪い取ろうとしているダンジョンの所持者だ。


 人は我の事を【魔王】とも呼ぶがな」


 揶揄するような笑みと共に、周辺全てにその名乗りの言葉が響き渡った。


 フェルディナンは心の底から思った。


 何故、こんなことに……!


 と。



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