15 問題
俺とリーチェは食堂へ行く。
美味い朝食を出しているという店だ。情報源は当然、巨大データベースだ。朝食セットはメインのパスタにスープとサラダ。中でもスープは絶品との事だ。
多くの客で店内はにぎわっている。
カウンターで注文し、トレイに乗ったセットを受け取り、自分で席を選ぶという形式だ。この形式は朝だけで、昼と夜は違うらしい。
「どれほど美味しいのか、実に楽しみです」
「楽しみすぎてこぼすなよ」
「分かってます。失礼ですねユウさんは」
トレイを手にしているのにかかわらず、リーチェは跳ねるような足取りで空いている席へと向かう。
声を掛けると、そう文句を返された。苦笑しながら彼女の後に続く。
と、不意に男性のつぶやきの声が耳に入った。
「クッソ……。ふざけやがってあの騎士団どもめ……」
恨み節の小さな声に、聞き覚えがあるような気がして、そちらへ視線を向ける。
一つのテーブルで、一人の男が朝食セットを食べていた。粗野な雰囲気を持つ男だ。その頬には殴られた跡がアザとしてのこっている。
どこかで見覚えのある男だ。どこで見た? 俺はそこまで顔見知りは多く無いはずだと考える。
「ダンジョンに潜ったのは俺だぞ……」
男のそのつぶやきを耳にして、思い至る。
この男は【欲望を導く杖】でダンジョンへ誘導した者の一人だ。昨日の夜にダンジョンを作らせたはずだ。たしか、金銭を求めている理由は借金の返済で、魔導具を売れるような店はもう閉まっているから、明日一番に店に行くと言っていたはずだ。
そんな男が、何故、不機嫌そうな顔で朝食をつついている? 彼が昨日言っていた通りの行動をしていれば、大金を手にして上機嫌になっているはずなのに。
「兄さん。ここいいかい?」
俺は男に声をかけ、返事が返ってくる前に正面の空いている席に座った。
「な、何だテメーは? 他にも空いてる席はいくら位でもあるだろうが」
「いや、おまえさんに話を聞きたいと思ってな。騎士団がどうとか、ダンジョンがどうとか」
俺の言葉に男は睨んでくる。
「なんでテメーに話さないといけない?」
「どうも金の匂いがすると思ってな。なに、安心しろ。なにもタダで話してくれとは言ってはいない」
取り出した一枚の銀貨を、パチリッと音を立てテーブルの上に置く。上から指で押さえた銀貨に男の視線が向く。
この銀貨一枚で一晩の酒代には十分な金額だ。話を聞きだすには十分な額だろう。ちなみに、彼が借金を作った理由は豪遊の結果だ。誘惑には弱いだろう。
「フン。で、なにが聞きたい?」
チラチラと銀貨を見やりながら男は聞いてくる。
「お前さん、ダンジョンに……。街中に現れたっていうダンジョンに潜ったのか?」
「ああそうだ。モンスターも出たが楽勝だったぜ」
そうか? ビビりまくって居た気がするが。俺が知ってるのはおかしな事なので黙っている。
「なるほど、うわさは本当だったということか。で、それなら金銀財宝も手に入れたんだろ?」
「金銀財宝……。まあ、ある意味ではそうだな」
「違うのか?」
「ああ、手に入れたのは金貨が一枚と魔導具が四つだ。まあ、魔導具は高価なもんだからな、財宝といってもいいだろうがな……。クソッ」
そこまで言って、彼はなにかを思い出したのか小さく毒付く。
「財宝を手に入れたにしては、ずいぶんと不機嫌そうだな? なにがあった?」
問いかけに、彼は舌打ちする。
「騎士団どもだよ。アイツラ店の前で張り込んでやがった。
魔導具を売りに来た連中を締めあげて、魔導具を奪っていくんだ」
「騎士団が?
だがそいつは犯罪だろ。騎士団は犯罪を取り締まる側だろう?」
彼は鼻で笑う。
「ハッ。甘ちゃんだな。奴らはそんな事気にしちゃいねぇよ。
魔導具なんて高価なモノを、俺らみたいな連中が持ち込むんだ。何処かから盗んだモノだろうって、いちゃもんつけて奪っていくんだ。
拒否したら、ぶん殴られた上に『牢屋にブチ込まれたいか?』だとさ。
ふざけやがって。こっちが命がけでダンジョンに潜って手に入れたモンを奪っていくんだ」
「俺らって言ったな? お前さん一人じゃなかったのか?」
彼は一人でダンジョンに潜ったはずだ。複数形で言うのはおかしい。
「ああ、どうもダンジョンは複数あるらしくてな。
俺の後にも、他のダンジョンから魔導具を店に持ち込んだヤツがいたが。そいつも騎士団どもに囲まれてた。
それに騎士団のヤツら、やり方が慣れすぎてる。
俺とそいつ以外にも、魔導具を奪われたヤツは大勢いるだろうよ」
彼の言葉に表情が硬くなるを抑えられない。
「で? こんなもんでいいか?」
銀貨に向けられる視線に俺は頷き、彼に向かって銀貨を滑らせる。
「へ、まいど」
彼は笑顔でいそいそと銀貨を懐にしまい込む。そして、こちらをチラリと見るとその目に暗い光を浮かべる。
「だがよ、これだけじゃ、ちょっと足らないと思うんだよ? ソコの所はどう思うよ?」
……。
ひょっとして。これはカツアゲされているのだろうか? あきれた感情を抱きながら、ため息をつく。
認識阻害の結界を逆用して、彼に軽い威圧を与える。
「冗談はほどほどにしておいた方がいいぞ?」
軽くにらみながらの言葉に、彼はとたんに怯えの色を見せる。視線ではなく、威圧の結界の影響だろう。
「そ、そうだな。冗談だよ。冗談。あっはは……。
ああ、そうだ! ダンジョンの位置が知りたいなら、追加で銀貨二枚で教えてやるぞ?」
こびたような笑顔で提案する彼に、根性があるな思いながらも、俺は首を振る。
「命がけでダンジョンに潜ったところで、騎士団どもに奪われるんだろう? そんな危険しかない情報に金は出せんよ」
「へ、たしかにな。知りたくなったらまた俺に声をかけてくれ。時価で相談に乗るぜ。じゃあな」
彼は頷くと席を立つ。彼はすでに朝食を平らげていた。食器を返却するためにトレイを手にそそくさと去っていく。
彼が店を出るまで見送り。俺は腕を組んて考えこむ。
どうも考えがまとまらない。
「ユウさん? 早く食べないと冷たくなってしまいますよ?」
気が付くと、男が去った席にリーチェが座って朝食セットを食べていた。
「ん、ああ。そうだな」
手を付けていなかった朝食を口にする。美味い。のだろうが、よくわからない。
無言で、機械的に口に運ぶ。
リーチェは美味しそうに食べていたが、特になにも言ってはこなかった。
やがて食べ終わり、満足気なリーチェと共に店を出る。
「ねえユウさん?」
「なんだ? リーチェ」
隣を歩く彼女の問いかけに、反射的に応じる。
「あの人の話。結構マズくありません?」
「結構どころか、すさまじくマズい。
せっかく地下ダンジョンを作って、金に困ってる者たちを魔導具の供給者にしたのに、それら全部が無駄になりかねない」
ダンジョンの入り口を増やして、ダンジョンを塞ぐ事は不可能だと騎士団に理解させても、ダンジョンに入る者がいなくなるなら意味がない。
魔導具を金に変える前に奪われてしまっては、金に困る者たちは命がけでダンジョンに潜るような事はしなくなる。
また、騎士団が魔導具を集めているなら、いざという時はともかく、普段は死蔵されることは目に見えている。
多くの人々に魔導具を普段から頻繁に使わせるならば、多くの魔導具が一般市場に出回る事が不可欠だ。
「ふざけやがって……!」
この感情が何なのか、俺はやっと理解した。
俺は激怒しているのだ。
多くの人々がダンジョンを訪れ、モンスターを倒し、沢山の魔導具を地上に持ち帰る。魔導具を売る払うことで危険の対価とする。沢山の魔導具は市場に流れ、人々の手に渡る。人々は、魔導具を使用し、結果としてマナをわずかづつでも消失させる。
そんな、世界を維持するための流れを騎士団は邪魔をしている。
「騎士団は世界をマナ災害で滅ぼしたいのか……!」
「ユウさーん? それはちょっと無茶な話だと思いますけど?」
あきれたように声を掛けるリーチェを、俺は思わず睨んだ。
が、彼女は気にした様子もなく続ける。
「騎士団の人たちはマナ災害の事も魔導具がマナを消すためにばらまかれてる事も知らないんですから。
騎士団の立場に立ってみれば、街中にぽこぽこ現れたダンジョンに、人々が入らないようにするためには、無茶な行動も仕方がないんじゃないですか?」
たしかにそのとおりだが……!
「彼らにしてみれば、平和な街にダンジョンを作ってる私たちは悪者でしょうね。
そして、そこに潜っている方々もそれを手伝う共犯者でしょうからね」
「街は平和でも、この世界は平和じゃないだろう」
「まあ、それは確かに」
天使たるリーチェはうなずく。
騎士団は街単位、国単位で平和を考え、俺たちは世界単位で平和を考えている。それがこの齟齬になっている。仕方のない事だが、苛立ちが収まらない。
「にしても、悪者ね」
人間にしてみれば、俺は真性の悪党だろう。
大多数の人々がこれから先も平和に暮らせるように尽力しているつもりなのだが、少数の人々の犠牲を積極的に強いている時点で、人間視点では大悪党だ。
「これから、どうします?
私としてはオドの回収を重視して、別の街に新しいダンジョンを作る事を進言します。
マナ消しの魔導具の配布は、細々と続けていけばいいと思いますけど?」
リーチェの言葉は正しいのだろう。このまま王都で地下ダンジョンを増やし、金銭を求める人々を勧誘し続けた所で、効率良くマナを消すことはできない。
ダンジョン・マスターとしての本来の職務はオドの収集だ。マナの消去は天使の職務で、俺の行為はそれを侵害する行いだ。
けれどマナを何とかするのは天界の者の共通の目的で、俺自身も何とかしたいと強く思っている。
天使の数は少なく、処理するべきマナはあまりに多い。なんとかしなければならない。マナを消去させる魔導具のばら撒きはその一助になればいいと思ってのことだ。
わずかづつでもマナが減り、世界の存続が続くからこそ、リーチェも積極的に手伝ってくれたのだろう。
そんな彼女から計画を諦める進言を受け、俺は自分が情けなく思った。
「そうだな。どうするべきか考えないといけないな。
……騎士団どもにモンスターどもをけしかけたいところだが」
「ちょっと、ユウさん!? そんなことはダメですよ!?」
「分かってる。そんな無茶はしない」
街の人間が多く死ねば、彼らの信仰心で身体が維持されている天使たちがただではすまなくなる。
それだけではなく、街中にモンスターを出現させたら、どれだけの人間が街から逃げ出すかわからない。余剰放出オドの回収量が激減する羽目に陥る。
「本当ですね?」
「腹いせに大量のモンスターをけしかけるなんて、俺はどこの魔王だよ」
あきれた俺のぼやきに、リーチェは真剣な表情で注意してくる。
「ダンジョン・マスターであるユウさんには、魔王もこなす事ができるから、釘を刺しているんです!」
「分かってる。天使たちを危機にさらすような真似はしないさ」
「ならいいですが……」
不安げに引き下げるリーチェに、話題を変えるために俺は質問する。
「そう言えばリーチェは前に、ダンジョン・マスターは魔王とも呼ばれてるとか、言ってなかったか?」
「え? 言いましたか? まあ、どっちでもいいですけど。
それは正しくは、魔王と呼ばれていたダンジョン・マスターの方がいたって事です。
もう昔の話ですけど、大量のモンスターで軍団を作って、人間の国に侵攻を仕掛けたんです。その方は人間を大量に殺して大量のオドを回収したそうです。
当時のオド不足は今よりはるかに深刻で、仕方のないことだったと」
「人間を大量に殺したって……。天使の信仰は大丈夫だったのか?」
「その点は大丈夫でした。
人間側には守護天使とて、数名の天使が直接、加護を授けていたらしいですから。【魔王侵攻】が起こっていた当時の信仰心は相当多かったらしいですよ?」
「……とんでもないマッチポンプだな」
げんなりと俺はつぶやく。
「確かにそうですけど……。
当時はそんな事を言っていられる状況じゃなかったそうです」
「なるほど、今はそれに比べたら余裕があるってことか」
「どんぐりの背くらべ程度でしょうがねー……」
疲れた様子でリーチェはぼやく。
「魔王と守護天使ね……」
俺は口の中でつぶやく。
「まずは騎士団がどういう状況にあるか確認してからの話だな」