表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/20

14 消去と増加

「とりあえずコレで終わりっと」


 俺はため息と共にマイクとたった今回収したばかりの【欲望を導く杖】をテーブルの上に置いた。


 隣を見るとリーチェもそろそろ勧誘を終わりそうだ。一度マイクを切りこちらを見る。


「ユウさん。終わりました回収してください」

「あいよ」


 リーチェの勧誘相手に送り込んでいた【欲望を導く杖】を回収し、こちらもテーブルの上に置く。テーブルには大量の【欲望を導く杖】が所狭しと並んでいた。

 リーチェもため息をついて、手にしているマイクをテーブルにおく。


「これで、第一陣の二百名は終了というわけですね」

「そうだな。ようやく一段落ついたってところだな」


 本格的な勧誘を始めて、もう五日目の朝だ。


 金銭を心の底から求めている者の元へ、【欲望を導く杖】を送り込み、ダンジョンを作らせる。

 その誘いにもっとも乗りそうだとリーチェが選定したのが、第一陣の二百名だ。

 

 一人の勧誘が終了したら速やかに次の人物へと杖を送り込み、マイクを片手に勧誘を続ける俺とリーチェの姿は、まるでコールセンターで働くオペレーターのようだと思った。

 

 眠る必要もないので不眠で行った。

 もっとも、カモフラージュのための朝夕の出勤帰宅行動のついでに、食事はきちんととっていた。天界の者に肉体的疲労はなくとも精神的な疲労は溜まる。食事は精神的な疲労の解消に、実に有効な手段だ。


 ともかく、精力的な働きによって、一人約百名の勧誘行動は終了したのだ。


 成果は百八十六人にダンジョンを作らせる事に成功した。勧誘したうち十四人は強硬に拒否したため、諦めざるをえなかった。しかし、俺は半分は断られると思っていた。リーチェの人員選定は見事としか言い様がない。


 ちなみに、地下ダンジョンを作ったものの、中に入る事をやめた者は二十一名。モンスターの部屋に入る前に引き返した者は十一名。そして、ゴブリンと戦ったものの、屍を晒した者は三名いた。

 リーチェの言では、あんなにガチガチに緊張しては戦うどころじゃありません。だそうだ。


 それらの地下ダンジョンの大きさはどれもたいして変わらない。地下に降りる階段と、百メートルほどの通路。そしてモンスターの待ち受ける一つの部屋だ。通路の形は直線だけではない。それは貧民街を中心としていたため、すでに作ってある地下ダンジョンを避けるためだ。


「にしても、さすがに騎士団は優秀ですね。もう、街中にできた地下ダンジョンの入り口を封鎖し始めています」


 部屋の壁を覆う、巨大な情報ウインドウには、作り上げた地下ダンジョンの入り口の映像が映し出されている。分割されて映る数カ所の入り口には騎士たちの姿か映っている。

 人間たちに作らせた地下ダンジョンの入り口は、ほとんどが路地裏などのひと目のつかない場所だ。場所を発見すれば、封鎖はわりと容易だ。


「入り口が見つかるのは想定内だから問題ないよ。封鎖作業が行われてるのが四つ。で、その他に見つかったのが七つか」


 封鎖作業を映しているモニターを見ると、いくつもの石ブロックが入り口に投げ入れられている。大量の石で入り口を塞がれると、地下からモンスターが除去しようにも、崩れ落ちて潰される事になるので、モンスターの力では開通は不可能になる。


「ま、封鎖作業なんて意味のない事だけどね」


 ダンジョン・コアを操作し、封鎖されている地下ダンジョンの構造を変化させる。廊下から新たな廊下を分岐させ伸ばす。ある程度伸ばしたら、地上へ向かう階段を作りだす。その出入り口は、封鎖作業をしている騎士たちから、少し離れた人目の付かない路地の隅だ。

 ついでに、もう一つの地下ダンジョンを騎士たちから見て逆方向の場所につくり上げる。


 封鎖作業が行われている4つの地下ダンジョンには別の出入口を作り、さらに4つの地下ダンジョンを新たに作る。


 見つかっただけの七つのダンジョンに関しては保留だ。しかし、人が出入りできない状況が続くようならば、封鎖されたとみなし、入り口を別な場所に伸ばす。また、新しい地下ダンジョンを一つづつ追加することになる。


 多く開いている情報ウインドウの一つには、王都の地図に重ねて地下ダンジョンの情報が記されている。

 今行った操作の結果、変化した地下ダンジョンの構造に、リーチェは楽しそうに声を上げた。


「うわぁ。悪辣ぅ」

「今回のダンジョンのコンセプトは『消せば増える』だ」

 

 しばらくは、騎士団とのイタチゴッコが続くだろう。だがそのうちに、ダンジョンの量は騎士団の対応能力を超える量になる。

 そのころには、騎士団も気がつくだろう。モンスターがダンジョンから地上に出てこないことに。それどころが、ダンジョンの封鎖作業もモンスターに邪魔をされないことに。しかし、封鎖をすればダンジョンは数を増やす。


 それらのことに騎士団が気がつけば、もうこっちのものだ。騎士団は地下ダンジョンを放置するしかなくなる。


 そうすれば、多くの人々が地下ダンジョンに挑み、魔導具を持ち帰る。そして、多くの人々がその魔導具を使えば、わずかづつでもマナを消していくだろう。


「それじゃ、作業も一段落ついたことだし、朝ごはんを食べにいくか」

「そうですねー。今日は何を食べましょうかー」

 

 俺はテーブルの上に積まれた【欲望を導く杖】たちとマイクを、纏めて自分のインベントリの中に放り込む。

 部屋中に展開している無数の情報ウインドウも消して、最後に部屋の中でひときわ目立つダンジョン・コアも床下に収納する。


 俺に続いて、リーチェも楽しげに部屋を出る。その際に、変装スキルを使う事も忘れない。すでに慣れた行動だ。リーチェもこのアパートの近所の人間には見えないように姿を消している。


『そういえばユウさん。勧誘はまだ続けるんですか?

 消されれば増やすってことを繰り返せば、人間たちに【欲望を導く杖】でダンジョンを作らせるフリなんて必要無くなるでしょう?』


 【欲望を導く杖】がダンジョンを作る行為は、実際の所、【欲望を導く杖】が位置をコアに送り、俺がコアを操作してダンジョンを作っているだけだ。【欲望を導く杖】によってダンジョンが作られるているように見せかけているだけだ。


 これは、人間たち自身がダンジョンを作ったと思わせて、発覚を遅らせる効果が一つ。

 そして、【欲望を導く杖】そのものにダンジョンを作る能力があると思わせる事で、王都全体のダンジョンを維持しているアパートにあるダンジョン・コアの存在を隠す為だ。


「しばらくは様子見だな。増やした分と使われなかったダンジョンには誘導してやらないといけない。その勧誘は続ける。


 あとはどれだけリピーターがいるか、口コミで広まるか、だな。

 多くの人が来るなら、ダンジョンの拡張やモンスターの増員が必要になるし、

 少ないなら、勧誘は続けないといけない。


 まあ、勧誘したやつ以外も数人来てるから、人数が少なくなる事は無いと思うがな」

『まるでお店の経営みたいですね』

「ある意味、経営そのものだよ」


 普通のお店は、客は金銭を支払う事で商品を買う。


 俺のダンジョンは、客はモンスターと戦うという危険を支払う事で、魔導具と金貨という商品を買っている。

 これだけならば一方的な俺の損になる。なにせ、モンスターと戦うという危険を支払われても、こちらにとってなんの意味の無い。


 モンスターが返り討ちにすればオドの回収はできるが、この地下ダンジョンではオドの回収は目的にしていない。オドの回収なら王都の地上部のダンジョン領域で充分だからだ。

 

 では何故、地下ダンジョンに来た者に戦わせるのか?

 それは、モンスターを倒すという危険を冒す事で、納得して高価な魔導具を持ち帰らせることができるからだ。


 重要なのは納得させることだ。その納得があるからこそ、高価な魔導具を思う存分使う事ができるし、自由に売り払い市場に広める事ができる。

 

 こちらとしての得とは、魔導具が使用されることでマナを消失させることだ。

 いわばこちらは、魔導具が使われるたびに使用料を徴収しているようなものだ。


「よう、おはよう」

「あ、店主さん、おはよう」


 アパートを出るとばったりと隣の肉屋の店主と顔を合わせた。


「これから出勤か?」

「ええ、その前に朝食を食べてからになりますけどね」

「そうか。最近、ぶっそうな噂があるからな、気をつけておけよ?」

「ぶっそうな噂?」


 聞き返すと、店主は顔をしかめた。


「ああ、なんでも街中にダンジョンが出来たとか何とか……。騎士団どもも忙しそうに走り回っているし……。世も末だ」

「ああ、その噂ですか。けど俺が聞いた話だと、ぶっそうな話じゃなくて、景気の良い話だったんですけね」

「ああ? どういうことだ?」

「なんでも、街中でできたダンジョンに潜って、モンスターを倒したら、金銀財宝が手に入ったとかなんとか。

 その金で豪遊してる奴がいるとか、いないとか……。まあ、景気のいい話ですよ」

「確かに景気のいい話だな。あやかりたいものだな」

「全くです」


 俺と店主はお互いに苦笑いを浮かべる。


「じゃあ、俺はこれで」

「ああ、気をつけてな」


 店主と別れ、歩き出す。目指す先は繁華街にある食堂だ。


『豪遊してる奴って、うわさじゃないですよね?』

「ああ、確かに噂じゃない。実際にいるからな」


 リーチェの笑いを含んだ問いかけに、俺はうなずく。

 それはリピーターの一人だ。借金で首が回らなくなっているのに、せっかく手にした大金を豪遊に使いこんだアホのことだ。豪遊の際に、大金を手に入れたダンジョンの事をペラペラとしゃべって居たから、多くの人がやってくるだろう。アホだか実にありがたい存在でもある。


「彼には、常連になってもらいたいものだな」

『大丈夫ですよ。彼がいなくなっても、彼みたいな人間はたくさんいますから』


 笑顔で断言するリーチェに、それもそうだなと俺は同意した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ