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12 少年アルノーの転機

 アルノー・コールは王都の貧民街に住む13歳の少年だ。


 母一人子一人で狭い家にアパートの一室に住んでいる。

 父の顔は知らない。物心ついた時には家族は母ひとりだったし、父の事を聞くようなこともなかった。


 母は近くの食堂で働いていた。裕福ではなかったが、幸せな日々だった。

 しかし、アルノーが十二歳の時に母が病で倒れた。

 

 母は仕事を辞めることなり、代わりにアルノーが働く事になった。主に荷運びなどの力仕事だ。母が仕事を辞める前も下働きとして働いてはいたが、給金の良いそちらへと変えたのだ。

 

 母の病は、いく日か調子の良さそうな日々が続いたと思ったら、また数日はベッドから動けなくなるような病だった。日に日に母が衰えて行くのをアルノーは感じていた。

 なけなしの貯金をはたいて医者には見せた。

 治る病なのだそうだ。しかし、高い薬が必要になるとの事だ。

 

 日々の力仕事で貯金は増えつつある、しかし、薬を買うのには到底足らない。

 母は日に日に弱っていく。薬が無ければいずれ死に至る病だ。

 

 アルノーは母を見るたびに、なんとかしないと、と焦燥にかられる日々を送る。母はそんな息子を困ったような笑顔で見ていた。

 

 そんな覚悟を決めたような笑顔で俺を見ないでくれと、アルノーは叫びたくなる。けれど、そんな事を言ったら母を困らせるだけだとわかっている。無理やり笑顔になるしか無かった。

 

 その日、アルノーは朝早くから日雇いの力仕事に従事していた。朝の力仕事が一段落着いたことで、一度、家に戻ってきた。


 母と朝食を共にするのだ。朝の市で買ってきた野菜と屑肉をしっかりと煮込んだスープとパンだ。本来なら買ったその場で食べて器を返す店だが、器を持参すれば持ち帰りも可能だ。

 彼が持参したのは金属製のポットだ。

 

 そこから温かいスープを自分と母の皿に分ける。パンをひとまとめに置いて朝食の準備は完了だ。


「母さん? 朝ごはん食べられる?」

「ええ、大丈夫よ。今日はわりと調子が良いから」


 そうは言ってもふらつく母に手をかして席につく。

 

「無理はしないでね」

「わかっているわよ」


 アルノーはあまり会話が得意ではない。けれどアルノーはぽつりぽつりと街で見聞きしたことを話していく。母は嬉しそうに頷きながら話を聞いていた。

 やがて、ゆっくりとした食事は終わり、アルノーは再び仕事に向かう。母はアルノーの服を縫うつもりなのだと笑顔で言う。


 サイズが妙に大きいその服に、少年は複雑な気持ちを抱いていたが、楽しみだとだけ言って、家を出た。


 何とかしないといけない。けれど、間に合うだろうか?

 

 顔を厳しくしかめながら狭い路地を歩く。人の姿の無い場所だ。

 と、アルノーは目の前に唐突に現れたそれに驚いて足を止めた。


「な、なんだ? これ?」


 それは空中に浮かんだ、短杖だ。黒い宝玉が先端に付き、大人の両拳ほどの長さの柄には細かくて分かり難いがオドロオドロしい装飾が施されている。

 

「我は【欲望を導く杖】なり」


 低く厳かな口調でその杖は言った。


「な、喋った!?」

「そなたは、金銭を、心の底から求めているな?」


「な、なんだこれ?」

「我が何かは、どうでも良いことだ。

 重要なのは、そなたが、心の底から金銭を、求めているか否かだ」


 ゆっくりと単語の一つ一つを言い含める様にその杖は語る。


「金が、必要なのではないかな?」

「な! だ、だとしたらどうだと言うんだ!」


「我が、そなたに大金を得る機会をくれてやろう」

「何だって?」

「大金を得る機会をくれてやろうと言ったのだ」

「俺は詐欺には引っかからないぞ」


 言い捨て、浮かぶ杖の横を通りぬける。邪魔されるかと思ったが、なにもない。だが代わりに言葉がかけられた。


「このまま力仕事を続けても、薬を買う金はできぬぞ?」

「な!?」


 足を止めて振り返る。振り返ってしまった。


「我の導きを受けよ。アルノー・コール。


 今のまま、コツコツと金を貯めたところで、手遅れになるだけだ。

 薬を手に入れられる頃には、そなたの母は、死んでいる。


 それで良いのか?


 そなたの母が今、縫っている上着が、そなたに似合う頃には、すでにそなたの母はもう、どこにも居ない。


 それで良いのか?」


「良いワケない! けど、どうしようもないだろうっ!? 犯罪を犯せっていうのか!? そんな事をしたら母さんが悲しむ!」


「方法はある。

 我の導きを受ければよい。犯罪を犯す事無く、薬を買う金を手に入れる事ができるぞ?」

「……」


 アルノーはしばし視線を迷せる。やがて、決意を込めるた目で杖を睨んだ。


「お前は、何なんだ?」

「我は【欲望を導く杖】なり。

 そなたの、母を助けたいという欲望を叶えるためにやってきたのだ。

 さあ、我を手に取るがいい。それが契約成立の代わりだ」


 誘われるまま、アルノーは手を伸ばし【欲望を導く杖】を掴んだ。


「これで、契約成立だな。我が主アルノーよ」


 大した重さが無いはずなのに、日々運ぶ荷物よりも重いと感じたのは気のせいだろうか。




「本当にここでいいのか?」

「ああ、ちょうど良い場所だろう」


 アルノーは手元の杖に聞くと、頷きの声が返ってくる。

 契約が成立すると、【欲望を導く杖】は、アルノーが知っているすぐ近くにある、ひと目の付かない場所へと案内するように求めてきた。

 その言葉に従いやってきたのは、路地裏の奥まった先だ。朽ちた木材やゴミが転がる狭く汚い場所だ。建物の窓も無く、完全にひと目などは無い。

 行くはずだった力仕事は諦めた。あの仕事は日雇いだ。アルノー一人が行かなくてもなんの問題も無いだろう。


「それに、そこに転がっている木材も持っていろ。こん棒がわりにちょうどいい」

「こん棒? なに言ってるんだ。俺は犯罪なんかする気は無いぞ」

「ふむ、一つ勘違いをしているようだな?」

「なに?」

「犯罪を犯す必要などまったく無い。我はそなたに人を襲えなどと一言も言ってはいない。

 だがな、危険が全く無いとも言っていない。


 我がそなたに与えてやるのは、大金を得る機会のみ。その機会をモノにするかどうかは、そなた次第だ。


 そしてその機会とは、我の作るダンジョンに行き、モンスターを打ち倒す事だ」


「な?! ダンジョン?!」


 その事をはじめて聞いたアルノーは驚愕の声を上げる。


「ああ、安心せよ。そなた一人でも帰ってこれる程度のダンジョンだ。

 それにモンスターもそなた一人で充分に打ち倒すができるだろう。だが、さすがに武器無しでは厳しいものがある」


「けど……、ダンジョンって。それにモンスター……」


 恐怖にその顔色を悪くするアルノー。


「怖いのか?」

「当然だろ。ダンジョンなんて、人間の行く場所なんかじゃない。そんな所なんか行けるもんか」

「ふむ。では、そなたは母の命を諦めるのか?」

「なっ!?」


 アルノーは杖を睨む。


「そなたの言っていることは、つまりそういうことになる。


 そなた一人でも充分に倒せるモンスターしかいないというのに。そのダンジョンに行かないと言う。


 そのモンスターを倒す事が、金銭を手に入れる、唯一の手段だといういうのに。やらない。


 つまり、母の命を諦める、という事であろう?」

「くっ」

 

 悔しそうに奥歯を噛み締め、アルノーは木材の一つを拾い上げる。


「クックック……」

「この悪魔め!!」


 篭った笑い声を上げる杖にアルノーは毒付く。


「では早速ダンジョンを作るとしよう。入り口とする場所の手前に、我の石突きを当てよ」


 アルノーはしゃがみ込み、杖を地面に触れさせる。


「続いて、こう復唱するがいい。

 【ダンジョンよ。我が前に現れ、幾万幾億もの富を我が手に!】」

「ダ、【ダンジョンよ。我が前に現れ、幾万幾億もの富を我が手に!】」


 彼の言葉と共に、【欲望を導く杖】の宝玉が光を放つ。


「うわっ?!」


 強い光にアルノーは目をつむる。

 やがて光が収まり彼は目を開ける。そこには今まで存在していなかった、地下へと続く石造りの階段が現れていた。


「本当にダンジョン……?」

「いかにも。さあぁ! 進むのです! そしてモンスターを打ち倒すのです!」

「ん?」


 なんか変な口調に変わった【欲望を導く杖】に疑問に思ったアルノーは視線を向ける。が、杖は反応を返してこない。


「おい? どうした……?」

「――……なんでもない。

 気をつけて進むがいい。油断をすれば、そなたは無残な屍を晒す事になる」

「分かってる」


 硬い表情で頷き、階段を降り始める。螺旋階段は十五メートルほどの深さまで続いた。壁に埋め込まれた、光を放つ宝玉が足元を照らす。

 

 階段を降り終えると、その先は石造りの通路になっていた。幅は三メートルほどの通路でまっすぐ続いている。長さは百ほどだろうか、その先には一つの扉が見えた。

 階段と同様の明かりの宝玉が天井に埋め込まれているために暗さは全くない。


「あの扉まで進むがいい。あそこまで、罠もモンスターも存在していない」

「わかった。」


 頷き彼は歩み出す。しかしその足取りは重い。


「そこまで緊張してどうする? モンスターがいる扉の向こうに行くまでに疲労してしまっては意味が無いぞ? 肩の力を抜き給え」

「そうだな……」


 アルノーは大きく深呼吸をする。


「そういや杖よ。一つ聞きたい事があるんだけど」

「なんだ?」

「お前はなんでこんなことをしてるんだ?」

「……そうだな、難しい質問だ」


 そうか? アルノーは首をかしげた。


「だが、一言で言ってしまえば、人間に責任を取らせる為だ」

「責任?」


 アルノーは疑問の声を上げる。だが、杖は取り合わなかかった。


「それより、扉に着く。扉の向こうは一つの部屋になっている。

 このダンジョンはそこで終わりだ。だが、同時にモンスターも待ち構えている。


 金を手に入れたいのであれば、そのモンスターを打ち倒せ」

 

 アルノーは頷き、扉に手を触れる。扉は待ちかねていたかのように、自動で開く。


 広い部屋だ。石造りで通路と同様に明かりの宝玉が天井に埋め込まれている。

 だが、モンスターの姿がない。杖の言っていた事とちがうことにアルノーは戸惑う。

 

「モンスターがいないぞ?」

「部屋に入れば現れる」


 杖の言葉に意を決して、部屋に踏み入れる。杖の言った通り、部屋の中央に光の粒が集まる。


「な!」

「来るぞ! 覚悟を決めろ!」


 驚きの声を上げるアルノーに杖の警告の声が飛ぶ。

 光の集まりはすぐに一匹のモンスターに姿を変えた。子供ほどの身長の緑色の肌をした子鬼。ゴブリンだ。


「ギャギャギャギャッ!!」


 乱杭歯をむき出しにして、錆びたナイフを手にゴブリンが襲いかかってくる。


「うりゃぁぁぁ!!」


 アルノーは気合の声と共に振りかぶった木材を、間合いに入ったゴブリンに叩きつけた。側頭部に一撃を受けたゴブリンは吹っ飛ぶ。


「う、あ……」


 戸惑いの声を上げるのアルノーだ。始めて生き物を木材で殴った感触に戸惑っている。


「まだ、死んじゃ居ません! 早く止めを刺すのです!!」


 杖の警告の声に、はっと驚いて、アルノーは倒れたはずのゴブリンを見る。ゴブリンは呻きながら起き上がろうとしていた。


「う、うわあああああ!」


 叫び声を挙げなから、木材を振り下ろす。ゴブリンの脳天に決まるが、アルノーは恐慌状態に陥っている。何度も何度も叫び声と共に振り下ろす。


 やがて、動かなくなったゴブリンを、それでも殴り続けていたアルノーだが、唐突にゴブリンの体が消失したことで、正気を取り戻した。


「え? あ……?」

「アルノーよ。よくぞ、やり遂げた。そこにあるドロップアイテムはすべてそなたのものだ」

「え?」

 

 杖の言葉に、周囲の地面を見る。複数の物が落ちていた。その中の一つをアルノーは真っ先に拾い上げる。


「あ、これ! 金貨!?」


 金貨なんて初めて見る。片面は見たことのない動物の横顔で、もう片面が【欲望を導く杖】に良く似た珠が描かれいる。


「確かに金貨だが、その金貨はどこにも流通はしていない。あまり価値の無い金貨だろう。それより価値の高いのは他の道具のほうだ」

「他の?」


 戸惑いの表情を見せる。床に転がっている他の道具はそんなに高価なものには見えなかったからだ。

 

 くすんだ金属でできたカップ。【欲望を導く杖】とはデザインが全く違う白い宝玉がついた短杖。刀身の無い柄と鍔だけの剣。古ぼけたカンテラ。手のひらに握り込めるほどの小ささの四角い金属の塊。


 短杖以外はとても価値があるようには見えない。


「それらは全てが魔導具だ」

「え!? 魔導具って、貴族さまたちが買い求めてるっていう不思議な道具の?」

「そうだ、全て所持者の魔力を糧に、不思議な現象を引き起こす。

 例えばそのカップ。手に持ち側面を二度、爪で叩いてみるといい」


 言われたとおり、カップを手に持ち、コンコンと爪で叩く。と、空だったカップの底から透明な水が湧き出してきた。


「な、え?」

「飲んでみるといい、それは綺麗な水だ」


 恐る恐る口をつける。冷たい美味しい水に彼は、喉がやたらに渇いていた事に気が付き、一気に飲み干した。


「そのカップの名は【清水の器】。清浄な水を、魔力を糧に生み出す魔導具だ」

「じゃあ、他のも?」

「そう、短い杖が【ブノアの投光機】。杖を向けた先を照らす。


 刀身の無い剣が【魔力刀身の剣】。魔力を注いでいる間だけ、魔力でできた光の刀身を生み出す剣だ。と言っても刃はできないので、切れ無い剣だ。そなたの使った木材とたいして変わらない威力しかない。


 古ぼけたカンテラが【油いらずの灯火】。魔力を注ぐと一時間、光り続ける。


 小さなな金属の塊が【ジルドの着火器】。火を点ける魔導具だ。


 どれもこれも大したことがない魔導具だが、しかるべき店に売り払えば、金貨以上の金になるだろう」


「い、いいのか? 俺が貰って……」

 

 アルノーは杖の説明を聞いて、戸惑ったように聞いてくる。


「何を言っている。これらは全てそなたの物だ。

 そなたが命を懸け、モンスターと戦い、勝利して得た、正当な対価だ。他の誰かに許しを乞う類のものではない」

「そ、そうか。そうだよな……」


 頷き、自らを納得させるアルノー。


「では、そろそろお別れの時だ」

「え!?」

「我はすでに、そなたの欲望を叶えるための導きは終わっている。

 後はそれらの魔導具を売り払い、金を手に入れ、薬を買えばいいだけの話だ。


 我の導きはもう必要無いだろう」

「え、けど!?」

「ああ、売り払ってもなお金が足らぬ時は、またこのダンジョンにやって来るがいい。数時間もすればモンスターは復活する。

 いくらでも金貨と魔導具を手に入れることができるぞ?」

「ふ、復活するのか?!」


「もちろん、ここはダンジョンだ。

 最後に一つだけ忠告を与えよう。


 このダンジョンは時と共に姿を変える。慣れたとしても油断をすればあっという間に屍を晒すことになるぞ?


 ではな。我が元主、アルノーよ」


 その言葉と共に、【欲望を導く杖】の姿は一瞬で掻き消えた。

 アルノーは呆然と見ていたが、やがて我に返ると、床に転がる魔導具をかき集める。

 モンスターが復活する前にダンジョンから出なければと、出口へ向かって走りだした。




 数年後、アルノーは喋る杖と出会った事が、本当にあったことなのかと疑問に思う事が度々あった。

 けれど、手に入れた金で薬を買い、母の病が治ったことは事実だ。

 母は今日も元気に食堂で働いている。



 

「なかなか素晴らしい戦いでしたねー。素人らしさのにじみ出た必死な様子は実に素晴らしかった……」

 

 しみじみとリーチェはつぶやく。

 たった今、回収したばかりの【欲望を導く杖】を片手に俺は彼女へ苦言を呈した。


「リーチェ。俺は言っただろう? 喋ってる途中でマイクを奪うなって。しかも二回も」

「あ、いえ。少々危険だったので思わず……」


 目をそらしたまま答えるリーチェをしばらく睨んでいたが、やがて諦めた。大きくため息をつく。


「せめて口調くらいは揃えてくれ。あの少年、明らかに不思議そうな顔をしていただろ?」

「あー、善処はいたしましょう」


 笑顔で答えるリーチェにため息しかでない。


「次やったら引っ叩くからな?」

「すでに、はたかれた気がするんですが?」

「気のせいだ」

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