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11 欲望を導く

 要の短杖はいくつかの機能がある。


 もっとも重要なのがダンジョン・コアにその座標を示すマーカー機能。

 他には、こちらの操作によって杖自体が浮き、宝玉から光を放つこと。今は機能させていないが記録した音声の再生もできる。

 そして現在稼働している機能が、マイクから音声を出力するスピーカーとしての機能だ。

 

 俺はマイクを口元に近づけ、息を吸い込む。


「『我が名は【欲望を導く杖】なり!』」

『へ……? え?』

「アッハッハ!」


 モニターの向こうでは、大音量で流れたいぶし銀な声での名乗りに、戸惑うしかない商人の姿があった。

 リーチェは大爆笑だ。彼女の声がモニターの向こう側に流れたら、せっかくの尊大な演技が台無しになりそうだ。


「『そなたが我が主であるか?!』」

『え? あ、何だコレ?』


 大音量と強い芝居がかった口調の問いに、商人は疑問の声を上げる。が、こちらは気にせず強引に押す。


「『何だ? 何だとは何だっ!? そなたが我を呼んだのであろう!?

 そなたは金銭を求めているがゆえに、我を手に取ったはずだ!!』」

『え? いや、それはちが……』

「『なにィ?! そなた金が欲しくはないのか! 我の導きを受ければいくらでも金が手に入るのだぞ!?』」

『え?』


 商人の目の色が一瞬で変わる。


「『おお! さすが人間よ! 欲望に素直なものよ!

 ならば、我を大地に突き立て、こう叫べばよい! 【ダンジョンよ。我が前に現れ、幾万幾億もの富を我が手に!】とっ!

 さすれば、ダンジョンがそなたの目の前に現れるであろう!!』」

『ダ、ダンジョン?』


 商人の声には怯えの色が混じる。先ほどあった、欲望の光はその目には無い。


「『いかにもっ! ダンジョンにて現れるモンスターを打ち倒せばいくらでも富が手に入るのだ!!

 欲望を求める人間ならば、挑まずには居られまい!!』」

『む、無茶苦茶だっ! ただの商人がダンジョンでモンスターと戦う? 自殺するようなものだ!』


 大音量の杖の声に負けじと、商人は大声で否定する。

 なかなか良い反応だ。俺は口元に笑みを浮かべながらも、残念そうな声色でマイクに言葉を続ける。


「『ふーむ? では、そなたダンジョンには潜らぬと?

 モンスターを打ち倒す事はせぬと?

 幾多の富を手にする好機だというのに!?』」

『だから! ただの商人に何を言ってるんだ!?』


 彼の叫びに、もう良い頃合いだと判断する。周囲の人々に【欲望を導く杖】の存在は強烈に焼きついたことだろう。


「『なるほど。あい分かった。そなたは【欲望を導く杖】の主では無かった!

 では我は、我に相応しき主の元へと行こう!!』」


 叫ぶように宣言し、俺はマイクのスイッチを切る。


「じゃ、アンタからは没収な」


 商人の目の間に浮いている【欲望を導く杖】を物品の取り寄せと配置を使用して、自分の手元に回収する。

 モニターの向こうに見えていた杖が消えて、自分の手元に現れるのは不思議な感覚がある。

 

『な……、何だったんだ……。今のは?』


 商人は呆然とつぶやいている。

 大した害があるわけじゃないんだ。犬に噛まれたと思って諦めてくれ。【欲望を導く杖】と商人のやりとりは大音量だったために周囲の大勢の人々の耳に入ったただろう。噂の種は撒いた。

 商人が映っていたモニターを消す。


「ユウさん、ユウさん」

 リーチェがこちらの袖を引く。

「次は私にやらせてみてください!」


 キラキラとした眼差しで求めてくるリーチェに、俺はマイクを渡す。ついでにカンニングペーパーも渡す。


「ほれ、演技の要点を書いてあるから、つまったら見るようにな」

「お、準備がよいですね! さすがユウさんです」

 

 本当は自分ために用意しておいたのだが、言わないでおく。

 カンニングペーパーには【欲望を導く杖】の名称と、言うべき事というよりは、周囲で聞く者たちに聞かせるべきことが書いてある。


【欲望を導く杖】にはダンジョンへ導く能力があること、ダンジョンにはモンスターが現れること、そしてモンスターを倒すとお金が手に入る事の三点だ。


 それらを周囲の者に聞かせる事ができるのなら、演技内容などのようなものでも構わない。

 大音量で周囲に聞かせるために、尊大な演技をしたが、リーチェは果たしてどのような演技をするのか?


【欲望を導く杖】に気がついた者を映すモニターと音声との接続、それと、回収は俺がするので手間はたいして変わらない。

 天使には遠く離れた場所にある物品の回収する能力は無いのだ。


 ちょうど、農民の一人が【欲望を導く杖】に気がついたようだ。

 そこのモニターを拡大すると同時に音声をつなげる。


「リーチェ。マイクのスイッチを入れれば【欲望を導く杖】が動くようにしかから、好きな時にやっていいぞ」

「分かりました。では早速始めましょう!」


 モニターの向こうの農民の男性が荷馬車の上の杖に手を伸ばした時に、リーチェはマイクのスイッチを入れる。


「『フハハハハハ! わーれこそがっ【欲望を導く杖】であーるっ!』」


 場所は市場の一角だ。

 突然、七色の光を放ちながら空に浮き上がり、大声を出す杖に、露店を出そうとしている人々の注目が集まる。


「『さあ、集いし人間たちよ!! 今こそ! その欲望を開放するときであーる!! われの導くダンジョンへ、われこそはと突撃するがいい!!

 さすれば、金銀財宝はそなたらの思うがままであーる!』」


 音声出力を最大にしていたのだろう、周囲にビリビリと響くその宣言に、周囲に居た人々は例外なく、ぽかんと口を開けてあっけにとられている。


「『さあ! 挑めよ勇者たち! ダンジョンへ飛び込み、モンスターどもを打ち倒すのだ!!

 金銀財宝を手に入れるため、われに血ィ! 湧きっ!! 肉躍る戦いを見せてくれぇぇぇ!!

 われはー! その戦いを祝福するっ!!』」

 

 ノリノリで絶叫するリーチェに俺はドン引きする。この部屋の音が外に漏れないように遮音の結界を張っておいて良かったと思う。

 リーチェは恍惚とした様子で目を閉じ、悦に浸っている。何だそのポーズは?


 ドン引きしたのは俺だけでは無いようだ。モニター向こうの人々も困惑した様子で互いに目を合わせている。


 ああ、彼らの気持ちが聞こえるようだ。自分が掛り合いになりたくないから、誰かに押し付けようとしている。


 結局、その無言の戦いに負けたのは、一番近くにいた杖を手に取ろうとした農民だった。


『あー、えっと……? お前は何なんだ?』

「『われは! 【欲望を導く杖】であーる!! さあ! 共にダンジョンへと参ろうぞ!!』」

『え? ダンジョン? そんな危ないトロコに行くわけないだろう?』

「『え? 行かない? ならばわれの血湧き肉躍る戦いはどうなるっ!?』」

『え? 知らんよそんなの』

 

 彼の言葉に何故かリーチェはショックを受けたように絶句した。その場に沈黙が訪れる。

 え? ひょっとして、その言葉が受け入れられると思っていたのか? 

 

「リーチェ、否定されたなら、すぐに別の主を探すって言っていいだぞ?」

「『はっ! そ、そうか! ならば、仕方がない!! われに相応しき、主を探すとしよう! ではさらばだっ! フハハハハハ!』」


 高笑いの後に、その杖を回収する。モニター先にある映像と音声も遮断する。


「ふう……。魔王ごっこも実に楽しいものですね……」


 満足気な表情で、かいてもいない額の汗を拭いながらリーチェはつぶやく。


「リーチェ、まだ続けるか?」

「いえ、やめておくます。どうも私には勧誘の才能がないようです」

「今回は断られる事が前提だからな?」

「わかっています。【欲望を導く杖】大体的に知らしめる事ですよね。

 けど、アレだけの人が居たのです。感銘を受けてくれる人がいてもいいと思うですが……」


 不満気につぶやくリーチェに俺は苦笑した。


「あの場にいた人間は、ある程度安定してるからな。なびくやつは居ないだろう」


 彼女が演技を続けないなら【欲望を導く杖】による宣伝工作は普通の音声再生機能に任せることにしよう。


 音声再生機能が、杖を手に取った者に告げる内容は、俺とリーチェが言っていた事と大差はない。

 また【欲望を導く杖】には音声再生機能と同時に、簡単な受け答えができる機能が付いている。

 と言っても単純なパターンで、一定の返事が帰ってきたら決められた音声を再生するだけだ。


 その内容は、杖の言葉を受け入れるか否かで変化する。

 受け入れるならばダンジョンへ導く。拒否されたなら、新たな主を求める事を告げて、俺に向かって回収を求める信号が発せられるのだ。

 自動回収はできないので、面倒だが回収は俺が行う他ない無い。


 今回の宣伝工作の狙いは、【欲望を導く杖】という、ダンジョンへと勧誘する不思議な杖が複数本存在しているということを、王都の人々に知らしめる事だ。

 そしてその杖は、相応しき主を求め、何処かへと消えた。


 その事を知った人々は大いにうわさ話をするだろう。なにせこの世界、娯楽は少ない。こんな出来事のうわさ話は格好の娯楽だ。

 うわさを聞いた者の中で、こう思う者も出てくるだろう。


 ダンジョンへ行きモンスターを倒すという命の危険があろうとも、金を手に入れる為に【欲望を導く杖】の主になりたい、と思う者が。


 そして【欲望を導く杖】の存在が知られていない今現在も、命の危険があろうとも金が欲しいと願っている者は確実に存在している。

 天界の者たちがアクセスできる巨大データベースには、そう願っている人々の事もしっかりと記録されてる。


 俺は情報ウインドウを開き、事前にリストアップしていた人々の情報を表示する。

 検索条件は【王都に在住】し、【命の危険があろうとも金が欲しいと心の底から願っている者】そして【平均以上には身体能力のある者】だ。人数は数百名。


「勧誘はこれからが本番だ。リーチェ、このリストの誰から勧誘するか、決めておいてくれたか?」

「あ、いえ、一応数名まで絞ったんですがね。どうにも決め手のがなくてですね」


 リーチェは複数の情報ウインドウ開く。一つの一つに一人の人間のプロフィールが記載されている。準備期間の間、魔導具作りなど忙しかった俺の代わりに、人員選定はリーチェに一任してあった。


「どなたも、切実に大金を欲している方々です。第一陣は彼らでいいでしょうけど、誰を一番はじめにご招待するかは決めかねているんです」

「そんなの誰からでもいいだろう」


 あきれた口調で俺は言うが、リーチェは無視する。

 

「と、いうわけで、コレで誰を一番はじめにご招待するかを決めようと思います!」


 楽しげな笑顔でリーチェは、小さな物体を手に見せてくる。


「? サイコロ?」

「はい! 神さまはサイコロを振らないという言葉がありますが、少なとも天使はサイコロを振るのです!

 というわけで、とりゃっ!」

 

 気合の声と共に、サイコロがテーブルの上を転がる。

 誰が最も早くに大金を得る機会を手にするのか。天使によって振られた、未だ定まらぬサイコロのみが知っていた。



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