10 短杖
「ユウさん、ユウさん! 見ましたか!? 私の素晴らしい天使っぷりを!
あの場にいた人間たちの視線は私に釘付けでしたよー。
ああ、私の美しさがコ・ワ・イ……」
103号室に転移スキルで帰ってきたリーチェはまくし立てる。うっとりとした様子で己の肩を抱くと、そのままクルクルと空中を回転する。
「たしかにすごい天使っぷりだったな」
俺は頷く。部屋の中で監視モニターごしにリーチェの姿を見ていたが思わず『誰だコイツ?』とつぶやいたほどだ。
その時と今の姿では、翼の大きさと見た目の年齢が若干異なってるような気がするが、まあ、あえて触れない事が優しさだろう。
俺は壁一面に張り付くように設置した巨大な情報ウインドウへと視線を戻す。情報ウインドウはいくつも分割されて、それぞれ別々の映像を映し出している。まるで監視カメラのモニタールームだ。
実際にやっていることは全く同じだ。
ダンジョン・マスターの能力の一つに、ダンジョン内の把握がある。ダンジョン内の事ならば、普段からおおまかなことがわかる。しかし、特別に設定した事象が起きない限り、意識を向けていなければ無意識的に無視される。逆に意識を向けていたとしても、細かな事まではわからない。
正確に物事を知ろうとすれば、ダンジョン・コアを利用して、ダンジョン内の知りたい場所の映像と音声を、情報ウインドウを介して視聴するしかない。
壁一面の情報ウインドウは、ダンジョン領域にした王都南東門の映像を映し出している。
先ほどのリーチェの活躍は、このモニターを介して見せてもらっていたのだ。
「そうでしょう、そうでしょう? 実に素晴らしい活躍でした。
ゴブリンに襲われ危機に陥る騎士たち。そこへ神々しい槍の一撃にて、ゴブリンどもは打ち倒される!
救い手はどこに? と疑問に思う人々の視線はさまよい。それらの視線は現れた美しい天使に強力に吸い寄せられる!
――くーぅッ! たまりませんっ!! この瞬間の為に天使をやってて良かったと思えるほどですっ!!」
テンション高いなと呆れながら、リーチェを横目で見やる。
「言っておくがな、視線がリーチェに集まり過ぎたせいで、追加のゴブリンを出待ちさせざるをえなくなったんだか?」
「ふっ、美しさの罪というものですね。ですが、私が指さしたから問題なかったはずです」
「まあ、出待ちを気付かれては無いみたいだがな。
タイミングが合わなかったせいで、最後のゴブリンを商人たちのすぐ近くで殺すことができなかった」
「ユウさん、計画の100%の実行はむりですよ。及第点以上は達成したと思ってますけど?」
「それはそうだが」
「それより、ユウさん。私の活躍! 録画されてるでしょう?! 見せてくだいよ!」
俺はため息をつく。下手に逆らう気も無いので、巨大データベースに収まったその時の映像を、別に開いた情報ウインドウから再生させて、リーチェの方へと向けた。
「おおー、素晴らしい……。美しい天使ですよー」
しばらくは放置してやろうと、自画自賛を行うリーチェを意識の外へと置いておく。
魔導具をばら撒く計画を立ててからしばらく日にちが経った。
その間にやっていたのは計画のための準備だ。
計画の実行の為に一番必要となったのが、ダンジョン領域を広げる事だ。現在は王都のほぼ半分はダンジョン領域に覆われている。繁華街はほぼ全て、貧民街は全てを覆っている。そして貧民街のすぐ近くにある王都の南東門周辺だ。
ここまでダンジョンを広げても、ダンジョン拡張用のオドはまだ大量に手元にある。これらのオドはこれからの投資用だ。枯渇させるわけにはいかない。もっとも食肉にされる家畜と王都住人たちの余剰放出オドのおかげで、大量供給があるので心配はしていない。
そのほかの準備が魔導具の設計と製作、資金集め、人員の策定など様々な準備を行ってきた。
そして今日、その計画が始動したのだ。
計画はこうだ。
まず、貧民街がもっとも近くにあり、一番人通りの少ない門である南東門の外に小さな地下ダンジョンを建設する。南東門を選んだのは、王都に与える流通の影響を最小限にするためだ。計画が完遂されれば王都にもっと活気が生まれるだろうが、それまでに王都を衰退させては意味がない。
建設した地下ダンジョンは本当に小さい。地下へとつながる階段と、そこから伸びる5メートルの通路、その先にある広さ八畳ほどの部屋。それだけだ。この地下ダンジョンの意味は八匹のゴブリンを保管するだけのもの。もっと小さくても良かったのだが、モンスターの生成を行う上での最小の大きさがそれだった。
出入口は見つからないように襲撃直前まで塞いでおく。
南東門が開き、多くの人々が門の外へと出た時を見計らい、ゴブリンたちを騎士へと襲い掛からせたのだ。
その時間を選んだのは、人々にゴブリンが倒される所を見せるためだ。だからこそ、派手な爆発音を立てるようにダンジョンの出入口を開き、襲いかからせたのだ。
ちなみにゴブリンたちの動きは、俺がダンジョン・コアを介してこの部屋から操作をしていた。
「にしてもだ」
リーチェの見ている、彼女が槍を放ったシーンを見て俺は言う。
「騎士っていうのはこの程度の強さなのか? わざわざゴブリンたちを騎士に襲いかからせたのに、下手をしたら、ゴブリンが騎士たちを倒していたぞ?」
今回の目的は、ゴブリンで騎士を倒す事ではない。ゴブリンたちが騎士たちに倒される事だ。
計画通りならばリーチェの出番は無かった。リーチェがあの場に居たのは保険のためだ。
騎士が殺されては周囲の人々が恐慌状態に陥る。そうなっては意味がないので、姿を消していたリーチェに上空から見ていて貰ったのだ。しかし、その保険を真っ先に使うことになるとは予想外だ。
「うーん。普通ゴブリン八匹なら、ちょうどよく倒されるんですけど。
爆発音が結構大きかったので、みんなが硬直しちゃったんですよね。それで奇襲みたいな形になっちゃったんです」
「それでリーチェが出る事になったか。要反省だな……」
モンスターの強さをもう少し下げて置かないとだめだろうか?
「けど、今回の目的の一つである、ドロップアイテムという存在を認知させることは成功してるようですよ?」
リーチェの指差す一つの映像に目を向け、俺はその映像を拡大表示し音声をつなげる。映像の先からこちらへの一方通行だ。彼らにこちらが見聞きしている事に気がつく要素はない。
『にしてもゴブリンどもは何でこんなに沢山の杖を持っていたんだ?』
騎士団の隊長が、一つの短杖を手に首をひねっている。その足元には他にもいくつもの短杖が転がっている。
『モンスターは死んだら持ってる物も全部消えて無くなるでしょう? なんで残ってるんですかね?』
『誰かから奪った物だろうか?』
『それはないと思います。袋にも入ってない状態で転がってるんです。こんなバラけた状態でこの量を持ち運べますか?』
『そもそもゴブリンどもの死体が消えたら代わりにこれが出てきたんですが……』
ダンジョンの出入口を警戒する者とは別の騎士たち集まり、話し合っている。
『それに、こんな金貨見たことがありません。ゴブリン一匹から一枚づつ出たんですよね?』
『ああ、どこの金貨だろうか』
「結局、ドロップアイテムにする金品は金貨にしたんですね」
リーチェの言葉に俺は頷く。
「ああ、金は宝石の原石に比べたら量が少なかったから最後まで迷ったんだが、金貨の方が金銭価値がわかりやすいと思ってな。
それに、ちっちゃな宝石より金貨の方が見つけやすいだろ?」
「あ、それもありますね。ドロップアイテムに遭遇するのは始めてですからね。価値ある宝石をせっかく入れたのに、見落とされたら虚しいかぎりです」
それに、金の量が少ないといっても現時点の話だ。前任者から引き継いだ一つのダンジョンのすぐ近くには金鉱脈が走っていた。
現在では、金鉱脈をくり抜く形でベヒーモス保管庫が設置されるように設定しなおしてある。
いずれ、俺のインベントリに、土砂に混じって大量の金鉱石がやってくるだろう。
「ちなみ金貨のデザインはこれだ」
テーブルにおいてある一枚の金貨をリーチェに渡す。
「あ、やっぱりこのデザインになりましたか……」
金貨をしげしげと観察し、リーチェは少々不満気につぶやく。
金貨のデザインは片面はベヒーモスの横顔。もう片面は台座に乗ったダンジョン・コアだ。リーチェが少々不満気なのは、デザイン案の一つとしては、天使の翼や自分の横顔もあったのに、採用されなかったからだろう。
「仕方ないだろう。ダンジョンモンスターが落とす金貨に天使が描かれていたら、天使との関係を疑う者が出てくるかもしれない」
「わかってます。いずれ天使のコインが流通することを夢見る事で我慢しておきます」
拗ねるリーチェに、俺は苦笑する。
ドロップアイテムに混じる金貨は重要な要素の一つだが、今はそれより重要な事がある。それはゴブリンの死体が消えると同時に大量の短杖が現れた事。そして、降臨した天使がわざわざ、その短杖の一つを拾い上げ、手渡した事だ。後者に関してはリーチェの独断だったが実に良い判断だ。
これでより一層、周囲に居た人々にそれらの短杖の印象が強くなる。
あの瞬間、人々の視線がリーチェに集まり、残ったゴブリンたちを出待ちにさせる事になったわずかな間に、俺はもう一つの仕事をこなしていた。
それは物品の取り寄せと配置を利用して、周囲に居た人々の馬車と荷物の中に、一人一本つづの短杖を紛れ込ませておいたのだ。
ゴブリンが落とした短杖は十数本だが、それらは全てが同じ種類の魔導具ではない。全てがマナを消失させる機能を持っているので、重要といえば重要だ。しかし、計画の要となる短杖はゴブリンが落とすようにはしていない。
計画の要となる短杖は、馬車と荷物に紛れ込ませた方の短杖だ。
本来ならば人々のすぐそばでゴブリンが殺され、荷物に短杖が紛れ込んでいても不自然にならないようにしたかったのだが、まあそこまで気にしても仕方がないだろう。不自然さに気がついても、すぐに気にしなくなる。
紛れ込ませた要の短杖の数は六七本だった。
「さて、これから忙しくなるな」
情報ウインドウに拡大されている騎士団の映像は小さくする。もう騎士団たちの情報はあまり重要でない。
騎士団に回収される数多くの魔導具の行方は気になる所だが、それは後で確認すればいい。
それと地下ダンジョンを封鎖するための相談をしているが、そこのダンジョンの役目はすでに終わっている。気にすることじゃない。
今重要なのは要の短杖を持つことになった、農民や商人たちだ。
数多く分割された情報ウインドウには、彼らの映像がそれぞれに映し出されている。
「彼らの内、一体誰が一番早くに杖の存在に気がつくかな?」
「この状態だと、しばらくは気がつかないと思いますけど」
彼らは街を出る予定だった者も含め、全員が街の中に入れられている。その表情は不安げだ。
気がつく者の最有力候補は作物を卸しに来た農民たちだろう。彼らが荷物を確認するのはすぐのはずだ。
また、商人たちはどうだろうか?
街を出る予定を変えて、王都内に留まるのだろうか? その時は荷物を確認するのは何時になるか。
予定を変えず、すぐに別の門から出て行く者も居るだろう。ダンジョン領域から遠く離れるようであれば、紛れ込ませた短杖は回収することになる。王都から遠く離れた場所で機能する魔導具ではないのだ。
彼らはすでに南東門からバラバラに移動を開始している。ゴブリンに襲われかけるというトラブルがあっても実にたくましい。
「ま、気長に待つさ。けど、六七本もあるんだ。すぐに誰かが気がつくだろう」
「あ」
俺の言葉を聞いていたわけではないだろうが、端のモニターに写っていた商人が馬車に紛れ込ませた短杖の存在に気がついた。
リーチェが指差すそのモニターを拡大表示させ同時に音声をつなげる。
『な、なんだ? コレは? ゴブリンが死んだ後に出た杖か……? なんで馬車に?』
馬車の位置は朝早くにもかかわらず、人通りのある道端だ。そこに馬車を停めて、荷台を確認していた。割と若い商人だ。
彼はおずおずと荷台に転がる短杖を手に取る。
その瞬間、短杖はビカビカと七色の光を放った。
『うあぁっ?!』
商人は、驚きの悲鳴と共に短杖を放り投げ、荷台から転げ落ちる。
周囲の人間たちは、何事かという視線を向ける。
その視線の先には、放り投げられたにもかかわらず、宙に浮く七色に光を放つ短杖の姿があった。
みんな一様にあっけにとられ、間抜け面を晒していた。
「あははは〜!」
リーチェは爆笑し、俺も口角を釣り上げる。声を上げて笑いたい所だが、これからが本番だ。
俺はテーブルに置いてあった黒い短杖を手に取る。この短杖の機能は一言で言える。
これはマイクだ。
音声の出力機は、モニターの向こうにある七色に光を放ち宙に浮く短杖だ。
このマイクは音声変換機能が付いているので、いぶし銀な声へと変わってくれるだろう。
また、持っている者以外の音声を遮断する機能もあるので、大笑いするリーチェが隣にいても安心だ。
ちょうど良い具合に、人々の注目も集まっている。
さあ、マイク・パフォーマンスの始まりだ!