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01 始まり

 気が付けば、俺は見知らぬ部屋に一人立っていた。


「は……?」


 呆然と周囲を見回す。広さ八畳ほどの石造りの部屋だ。家具も無ければ、ドアも窓もない。明かりもないのに、部屋の中を見渡しながら俺は戸惑う。

「な、何だ? 何が起こったんだ?」


「ぱんぱかぱーん♪ おめでとうございま〜す♪ あなたダンジョン・マスターに選ばれました〜♪」


 唐突に出現した女の子に俺は驚く。

 

「お前、何?」

「な、ナニですか? 誰ではなく何と聞くあたりセメント系ですね」


 普通の人間の女の子は空は浮かない。彼女は金髪碧眼の可愛らしい女の子だ。真っ白のふわふわなワンピースに身を包み背中から生えた小さな白い翼をパタパタと動かしている。天使という単語が頭に浮かぶが、こんなバカみたいな全開の笑顔を浮かべた少女をそれに当てはめたくはない。


「ですが、私は心が大海のように広いので答えて差し上げましょう。感謝してくださいね?」

「心の広い奴は感謝を要求なんてしないぞ?」


 俺のツッコミを少女は無視した。


「私の名前はリーヴェンチェル。リーチェって呼んで下さいね。私は神さまからあなたをサポートするため遣わされた天使さまでぇすっ!

 そしてぇ! あなたは神さまによって、ダンジョン・マスターに選ばれたのですっ!!」


 ズビシッ! とこちらに指を突きつける。少女は満面のドヤ顔をしている。

 その顔になんとなく腹が立ってきたので、突きつけられた指を掴んで軽くひねる。


「人を指差すな」

「アイタァ! な、なにするんですか?! 指が折れるかとおもったじゃないですかっ!」

「なにをする、はこちらのセリフだ。何? ダンジョン・マスター? そんなワケのわからんもののために俺は拉致られたのか?」


 神様や、天使に関しては突っ込まないでおく。リーチェの姿が明らかに人間のそれではないことは確実だからだ。映像では無いことは指をひねった事で確認が出来ている。ほんの軽くひねっただけだが、明らかに骨がある指だ。そんな実態のある彼女が、部屋を見回して誰も居ない事を確認した直後に、何もない空間からコマ落としのように出現したのだ。何らかの超常の力が働いてることは確実だ。


 今はそれを前提に、自分に直接影響しそうな事を問いかける。


「わけのわからんではありません。ダンジョン・マスターです。おバカな冒険者共を血祭りに上げる、絢爛豪華なダンジョンを作るんですよ」

「そんな事やる気にならん。とっとと俺を元の場所へ戻せ」

「ん?」


 一言で切って捨て、自分の要求を告げるとリーチェは不思議そうに首をかしげた。なぜだか、やな予感がした。


「何言ってるんです? 貴方ボケてますか? 元の場所なんて有るわけ無いじゃないですか。


 貴方はついさっきダンジョン・マスターという種族として生まれたんですから」


 その言葉に俺は意識が遠くなりそうになった。




 混乱する頭に、その声は冷たい清水の様に入り込んでくる。


「あなたのその意識は、地球に住む人間の意識をコピーしたモノで。その体は神さまが今作ったモノですよ? ダンジョン・マスターとしての意識や知識、それに能力もちゃんと備わっているはずですよ? ダンジョン・マスターとしての自己同一性もちゃんと確立しているはずなんですけどねぇ……?


 あ、え? まさか、神さまトチりやがりましたか!? ヤバイじゃないですか! 人間として行動されたら、世界がヤバイ!? 何やってるんですか神さま!? 魔王とか呼ばれてるダンジョン・マスターが神さま謹製だって知られたら、ガリって信仰心が削れて天使が大量絶滅なんですよー!? どう責任とるつもりなんですかーっ!?」

 

 悲鳴を上げて騒ぐリーチェを、鎮める為に声を掛ける。


「いや、大丈夫だ。今思い出した。確かにお前の言うとおりボケていたみたいだ」

「え? あ、そうですか。それは良かったです。ですが、さすが私です。あなたの状況を一発で見抜くとは、さすが敏腕天使」


 先ほどの醜態をなかった事にして、自画自賛しウンウンと頷くリーチェ。


「ところで私は自己紹介をしましたよ? 貴方の名前は何と言うのですか?」

「知らないのか?」

「ええ、知りません。私は新しくダンジョン・マスターを作るからサポートしろとか言われていませんから」

「そうか、自己紹介といっても……」


 俺は言葉を濁す。今の俺は地球で生きていた人間では無いのだ。ダンジョン・マスターという別の種族だ。種族が変わったことに関してはなんとも思わないが、果たして、人間だったころの名前をそのまま使って良いものだろうか?


「人間だったころの名前でいいのか?」

「ん? ああ、コピー元の人間と同じ名前になるということですか。貴方がいいならいいんじゃないでしょうか? コピー元と会うこと事なんて無いんですから。貴方が名乗った名前が貴方の名前です」

「そうか、なら変える必要もないか。

 俺の名前は岸川 夕。ユウと呼んでくれ。元日本人の現ダンジョン・マスターだ。よろくなリーチェ」

「はい! よろしくお願いしますね。ユウさん」

 

 差し出した手に小さな手が伸ばされて、俺達は握手を交わした。


「さあ! それじゃあ早速ダンジョンを作りましょう! そしてお馬鹿な冒険者共を血祭りに上げるのですっ!!」

「あ。それはちょっとタンマ」

「え? なんでです?」

「ダンジョンを設置する前に調べたい事がある」


 言って俺はダンジョン・マスターの能力の一つである情報ウインドウを使用する。SFやゲームの様に空中に半透明のディスプレイが現れる。こいつは地球で言うところのパソコンだ。使用出来るのは天使やダンジョン・マスターなどの世界の管理保全要員のみだ。

 主な仕様用法は、この世界内で判明していることはすべて記されている巨大データベースにアクセスすることだ。


 その巨大データベースの名前はアラヤ識、根源、賢者の石、無、知識の泉、アカシック・レコード、世界図書館、アーカイブなどとこの世界の人々は呼んでいる。

 実態は地球のインターネットと同等だ。うまく使えないなら、ただの知識のゴミ箱だ。


「そんなもんに頼るより、私に聞いてくださいよ! 私はユウさんのサボートなんですよ! ほら、大船に乗ったつもりでど〜んと聞いてください!」

「あ〜、なら聞くが、俺が今知りたいのは俺が担当する地域の人口の分布だ」


「人口の分布? えーとですね。それはよくわからないですけど、ユウさんの担当地域はアルヴェン王国を中心として、アルヴェン王国と隣のラスロン王国の全域と、それらに接する4つの国、カーサハヌ帝国とクラストゥヌ皇国、イーブル王国とメニュダ共和国の国境沿いですね」


 リーチェの言葉と同時に、情報ウインドウにそれらの地図を映しだす。地図に添えられた注釈と共に頭に叩きこむ。


 アルヴェン王国は東側を海に接している国だ。この世界では平均より上の大きさの国だ。

 北西にラスロン王国があり、大きさはアルヴェン王国の3分の一ほど。

 北に有るのはクラストゥヌ皇国、東の海に接し、ラスロン王国とも接している。

 西に有るのがカーサハヌ帝国、ラスロン王国と一番長く国境を接してる。

 南にあるのがイーブル王国だ、やはり東の海に接しているが、大きく海につきだした半島がある。

 そして南西に、カーサハヌ帝国とイーブル王国に挟まれた形でメニュダ共和国が僅かに国境が接している。


 【岸川 夕が担当する範囲は?】と条件付けすると、その部分が赤く指定される。


「ずいぶんと広いな。ダンジョン・マスターの担当地域ってこんなもんなのか?」

「そうですねぇ、割と広いと思いますよ? けど前任者が優秀な方だったのでその分もユウさんの担当になったんです」

「その前任者はどうしたんだ?」

 

 嫌な予感がする。優秀なダンジョン・マスターなら、俺に代わる必要は無いはずだ。ならその前任者はどうなったか。暗い予想が浮かぶ。


「なんでも、『もうダンジョンを作るのは飽きた。だからこれからは嫁と一緒にハネムーンに行ってくる!!』とかで、辞めましたよ?

 ああコレです。前任者の方が今書いているブログですよ?」


 と、リーチェが差し出す情報ウインドウには一枚の写真が映っている。砂漠の奇岩を背後に、白髪の老人がファンキーな服装で満面のドヤ顔で親指を突き立てていた。隣には金髪美女がコレまたファンキーな服装で同じように笑顔でポーズをとっている。


 リアルでコケそうになるのを必死で耐える。


「ダンジョン・マスターって辞めるのもありなのか?」

「え? やる気のない人にやらせても良い結果なんて出ないでしょう? 私達は寿命が長い割に数が少ないんですから、お仕事はいくらでもあります。

 ユウさんがダンジョン・マスターになったのも、この地域を放っておいたらマズイ!って事で神さまが慌ててユウさんを作ったんですよ。

 神さまは行き当たりばったりで、後先考えずに行動するオマヌケさんでもありますからね」

 

 いろんな意味で頭が痛くなってくる。神さまはそれでいいのかとか、リーチェの暴言はいいのかとか、前任者は自由すぎるだろうとか、いろいろ考えるが、とりあえす後回しにする。心に棚を作ることは大切だ。


「前任者がいるって事はこの地域内にダンジョンがあるってことだろう? その管理も俺がやるのか?」

「あ、いえ、その管理は別の方ですね。なにせユウさんはド素人です。他の方が作ったダンジョンの管理なんて面倒くさい事は無理だろうって事で預っているんです。ユウさんが立派なダンジョン・マスターになったらそのダンジョンの管理も任されると思いますよ?」


 ド素人という言葉に力が籠っていた様に聞こえたのは気のせいだろうか? まあいい、それは事実だ、甘んじてその罵倒を受けよう。


 【前任者の制作したダンジョンの位置を表示】と条件付けすると、地図にまんべんなく印が現れる。続いて【年平均のマナの濃度分布を表示】と条件付ける。

 

 地図が一気に緑色のグラデーションに染まる。見づらいので俺の担当範囲の色を透明に指定する。


「ふむ……たしかに優秀な人だったみたいだな。こんなに濃度に偏りがない。

 ――なあ、リーチェ?」

「はい?なんですか? ユウさん?」

「コレ、俺が新しくダンジョンを作る必要があるのか?」

「なっ、なーに言ってるんですかっ?! たしかにマナの異常分布はありませんけど、オドの収集量は天界でもカッツカツなんですよ?!

 たしかにマナ濃度の低下と異常分布の解消はダンジョンに求められる役割の一つですが、一番大切な役割はオドの収集なんですよ!? オドが少なかったら私の使えるお小遣いも減るんですからね!?」


「ああ、分かった分かった。お前の言う通りだな。最後の台詞は聞かなかった事にしておく」

「それこそ何言ってるんですか。そこが一番大切な事ですよ?」

「ああ、そうだな。それが一番大切だな」

 

 適当に相槌を打ちながら、情報ウインドウに向き直る。俺の目は死んだ魚の様になっていることだろう。


 【都市並びに村落の位置を表示】との条件付けにダンジョンの印とは別の色でいくつもの印が表示される。


「ふむ。町や村と近い位置にダンジョンが有るわけじゃないんだな」

「ん? そんなの当然じゃないですか。近くにダンジョンができたら、力のない村なら村を捨てますし、街の近くなら徹底的に出入り口が石で塞がれます」


「ん?」

「はい?」


 なんか妙な齟齬があった。俺の疑問の視線に、リーチェは不思議そうに首をかしげた。


「なんか変なこといいました?」

「ダンジョンができたら人が集まってこないか?」

「一攫千金を求めてオバカな冒険者は集まってきますね。まあ、ほとんど血祭りに上げられるんですけね」

「うむ、そうか……」


 満面の笑顔で黒いことを言うんじゃない天使よ。釈然としないものを感じつつも次の条件付けを行う。


 【最も人口の多い都市の位置を表示】。アルヴェン王国の中央部で都市の印が点滅する。その都市の概要も呼び出す。


 アルヴェン王国の首都。王都アルヴェント。人口およそ23万人。代々の王の善政が続き、おおいに発展した。街の中央を流れるエンディ川はアルヴェン王国第二の都市、港街チャラケルに繋がり、外国との交易も盛ん。周囲には豊かな農地が広がる。また牧畜も盛ん。


「そういえば、この世界の人間たちは主に何を育てているんだ?」

「そうですねぇ、主に小麦ですね。ここはユウさんのいた世界の中世ヨーロッパに近いですから。あ、でも魔法も存在してますし、そのまんま中世ヨーロッパとは違う部分もありますね」


 リーチェが地球の事を知っていても不思議には思わない。俺が初めてこの世界に来た地球出身者では無いと、ダンジョン・マスターとして刷り込まれた知識から承知しているからだ。ドヤ顔のリーチェを軽く流して質問を続ける、


「そりゃよかった。で、畜産関係はどうなってる?」

「えーと牛、豚、羊、鶏が基本ですね。結構盛んですよ。いわゆるノーフォーク農法がすで広まってますから。良い牧草がしっかりと生えます。

 それにモンスターが出現してもすぐに騎士団が討伐しますから、安心して牧畜が行われてます。ハッキリ言ってこんな場所にダンジョンを作ってもあっという間に見つかって騎士団にダンジョンは徹底的に潰されますよ?」

「騎士団のことはいいんだよ。見つからなければソレで済む話だ」

「見つからずにどうやって、お馬鹿な冒険者をおびき寄せるんです?」

「冒険者をおびき寄せる必要は無いだろう?」

「え? じゃあどうやってオドを集めるんですか?」

 

「ふむ。俺の考えてる計画を教えておくか、つまりだな――」


 俺の計画が実際に可能かどうか、話し合いをしておかなければならないだろう。そして、その話し合いで俺の計画は実行可能という結論が出た。



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