第五話
第二章−クリスマス・イヴ−
第一部 健二と友紀の夜
「夜景、すっごい綺麗じゃん!」
友紀がマンションの窓から見える夜景を眺めながら、微笑みかける。
小山健二は、「座り心地満点、高級感たっぷり」の黒色のソファに座り、ウィスキーをロックで舐めるように飲んでいた。
自分が敵わないものと言ったら、アルコールくらいしか思い浮かばないな。
少し酔っている感覚、友紀の笑顔で心地良さが倍増する。
「友紀といる時間を大切にしたい。」
この歳になり、やっとそう思えるようになった。
小山は東京に来て約10年、今は28歳だ。
東京の大学を出て、大手とは言えずとも、これから伸びる可能性を秘めた企業を徹底的に探した。
業種などにはこだわる必要は無い。
社員に対する待遇、社長の経営方針の柔軟性、自身のスキルアップ、そして出世できる余地。
最終的に選んだのが「株式会社パワー・ムーヴィーズ」という、映像を専門としている会社だ。
入社した当初は結婚式等の「記念の映像」をビデオで撮影し、それを編集して作品にして依頼者に渡すという業務が主であった。
小山は会社を自分の力で、もっと大きく強くする自信があった。
いや、「自信」というより「野心」か。
ブロードバンドの波が大きなうねりとなり社会全体を飲み込もうとしている時期、その大きな波に乗らずに、ただポカーンと眺めている企業など「愚の骨頂である、」と熱弁を振るったものだ。
「大きい波に飲み込まれたら終わりだぞ!」と。
インターネットという強力なメディアを、味方にしない理由が見当たらない。
小山は消去法によって生きる道を選んでいるような感じがする。
何が自分にプラスになるのか?
そして、マイナスになる「物」と「者」を削っていく。
必要な「物」と「者」さえ残れば、結果は当然「成功」へと導かれる。
消去したモノが必要になった時は、その「代用品」を捜せば良いだけだ。
そんな小山にとって「株式会社パワー・ムービーズ」が「映像」というジャンルを取り扱っていたのだけは「ラッキーだった」と、珍しく素直に認めていた。
彼は「運」という言葉を嫌う。
世の中は「実力」と「才能」が備わっていれば、絶対に失敗など無いはずなのだ。
「映像」というのは、小山の得意な分野では無かった。
だが、テレビや映画などの「映像」は世の中に当たり前の様に流され、その「映像」が時代を作っているのも事実ではないか。
それならば、インターネットのメディアとしての「映像」は大きな魅力であり、かつ鋭い武器になるであろう。
テレビで流されるコマーシャルの影響は、世間に計り知れない企業イメージをもたらす。
「コマーシャルでやってるから良い商品だ」「テレビでCMやってるくらいだから、安心できる会社だろう」と。
それをインターネットで活用するのだ。
ネットの知識は小山自身が徹夜で習得し、率先して企画を起案・提案・提出していった。
ホームページやサイトと呼ばれる、企業や個人ショップの「広告」。
そのサイトに「映像」を取り入れる事で、ページに説得力を持たせた。
小山が企画した段階で、すぐに責任者に抜擢された。
「インターネット企画・開発部門」部長である。
最初に行うのは、徹底的な営業だった。
若い感性を持つ企業へと、自ら営業に赴く。
ウェヴサイトの必要性。
新しい物を貪欲に受け入れる企業やショップは、時代の最先端を走ることに積極的な証である。
人とその集まりの企業やグループというのは、他に遅れを取る事に怯える。
他社に付いて行く為、必死に同じ物を手に入れようとするのだ。
「現段階でサイトを作っておけば、カリスマ企業やカリスマショップになれますよ。」
流暢な言葉で説明する、自分自身に酔っていた。
サイト制作は見事に成功し、客が客を呼ぶ結果を得て、休む暇が無いほど多忙な時期を送った。
瞬く間に上場ベンチャー企業として、世間に知られる。
その手腕を認められ、社長の片腕と言われるようになり、いわゆる人生の「勝ち組」と呼ばれる部類に属するようになっていた。
順風満帆、自信は表情に満ち溢れ、鏡で見る己の姿にオーラすら感じる。
OL達の憧れの的になっている事も、噂で耳に入るようになっていた。
先輩の男性社員達には、嫌われている事は解っていたが。
彼らの目には「入社したばかりの若造が…」という嫉妬と怒りの炎が、目に見える程明らかだったからだ。
しかし、残念ながら俺は全く気にしない。
俺は常に高い所から人を見下ろしていたいと思っている。
手の届かない「頂上」を見上げ、どんなに怒りと憎しみを込めて叫んでも、所詮そんな声などは聞こえない場所に来てしまったのだ。
嫉妬する者達、小山にとっての「憐れな人間達」。
「傷の舐め合いでもしていろ。」
練馬にあるこの高層マンションの最上階を選んだ理由は、野心家である小山の特別な思いが込められている。
高所から真下を見る行為に、人は恐怖と快感を覚えるというが、小山にとっては快感意外の何ものでもなかった。
そんな事を思っていたら、友紀が不思議そうな顔をして小山の顔を見ている。
「なんだよ、友紀?」
「あっちが東京タワーだよね。じゃあさぁ、向こうが新宿になるのかな?」
「そうだけど、なんで?」
「新宿が好きだから。」
うひひ、と意味ありげに笑って、友紀はまた新宿の夜空へと目を向けた。