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TEENAGE DREAM

 物語の焦点は、何か、他者と異なるものに置かれるのが常である。

 それは美醜であったり技量であったり、出生であったり環境であったりする。生きる過程で得たものや、偶然に与えられたものも、受け取った誰かを、他者と異なる特別な存在とする。

 その道から外れる事が、本人の意思で叶わないのならば、人はそれを〝運命〟と呼ぶのだろう。

 此処に、もう一つの物語が有る。

 彼女は生まれついて、特別な〝何か〟を持たなかった。

 体格も力も頭脳も家柄も、育った環境も、全てが平凡な、何も語るべき所の無い少女が、彼女だった。

 経歴もまた、平凡である。

 世界が終わったとされる年に生まれて、父を失い、母に育てられた。

 初等教育はどうにか受けて、中学へ上がる前に志願して兵士となり、二年と少々の訓練を経て、部隊に配属された。

 成績は、中の上。

 軍学の講義には適性が薄いが、武器を扱う実技試験では、それなりの結果を出している。

 射撃の制度は低いが、ナイフ術や刀剣の扱いは、平均より確実に良い点を取るし、俊敏性は集団の中で少し上に抜けている。

 あまり真面目とは言い難いが、走り込みもこなしているから、体力もそこそこについている。

 新兵の基準に照らし合わせて、大きく劣るものは無い――大きく勝るものも無いが。

 集団の中で戦う際、大きな揉め事を起こしもしない、棘の少ない人格で、周囲から一定の信用を得ている。

 そんな、ただの人間としてはそれなりの出来で、兵士としては平凡な少女の物語が、これである。

 彼女の名は、鈴木 りん。






 関東第三区画一号支部は、主に新兵の教育に当たる、都市隣接型の支部である。

 前線から離れて、大都市と大都市を結ぶ輸送経路上に位置するこの支部は、政府から然程の重要視をされていない。

 最悪の場合、放棄しても、大きな損失は無い。

 だからこそ――好きにやっていられる、という事もある。

 上司の性質は集団を左右するが、基本的にこの支部は、軍人気質の人間が少ない。世界の為に命を捧げようという酔狂者もまず居ない。そういう人間は真っ先に最前線へ行って戦い始めるのだから、当然なのかも知れない。

 代わりに、訓練の時間は有る。

 他の業務が少ないものだから、朝から晩まで、兵士達は訓練だけを続けて居られる。

 物資は潤沢とは言わずとも、不足を感じない程度には集められる。

 総じて言うと、地獄のような世界の中で、快適に整えられたのが、この支部である。

 訓練が終わり、夕食も過ぎ、今は夜であった。

 各々が洗濯をしたり風呂に入ったり、或いは二人部屋で学習なり読書なり、穏やかに過ごす時間――談話室もまた、賑わっている。

 この支部の特性からして、集まるのは、〝この世界〟でも若いとされる層ばかり。武装を解けば、ただの少女達が居るだけであった。


「今日の訓練、何時もよりキツくなかった?」


「うんうん、キツかったよねー……」


 会話の中身も、こんな程度。とりとめもない事を話し続ける彼女達は、別に会話の内容に意味を見出す訳ではなく、友人と会話をしている事実こそが重要なのだ。


「だよねー……特に、朝のさぁ」


 長椅子にベタっと腹を預けて、鈴木りんもまた、その輪の中にいた。

 短い髪の先に、風呂から上がったばかりと見えて、水滴がぶらさがっている。時々鼻に落ちるそれを、拭うのも気怠げである。


「あー……」


「だよねぇ……」


 周りも口々に同意して、疲れた顔で頷く。

 日夜訓練に明け暮れる彼女達は、少々の事で疲れを見せたりはしないが、この日は少々事情が違った。と言うのも、外部から指導教官が訪れていたのである。

 楊 菊蘭――世界最精鋭とも名高い、『315部隊』の教育係である。

 戦術と、銃器の扱いに長け、特に狙撃においては、指導・実践共に最高峰とさえ噂される。そのような人物が、辺境の国の一支部を訪れると聞いて、彼女達も期待に胸を膨らませて居たのだが――


「いきなりだったねぇ……」


 今日の、楊 菊蘭直々の訓練は、二時間未満で終了した。

 射撃訓練の前準備として、自動拳銃の分解清掃をやらされ――その途中で楊が、拳銃の杜撰な整備状況に激怒し、それまで。

 激怒、と二文字にしてしまえば苛烈さは薄れるのだが、その激しさたるや、新兵のほぼ全員が、衝撃に硬直する程であった。

 ここで『ほぼ』と書いたのは、中国から客分という事で配属された一人だけ、平気な顔で銃の分解清掃を続けて居たからではあるが、


「町子ちゃんも災難だったよねぇ……大丈夫?」


「わ、私は……あはははは」


 特に哀れだったのは、怒りの矛先が偶々向いた進路上に居た、町子 榊である。

 彼女一人に非が有った訳でも無いが、胸倉を掴まれ、揺すぶられ、おまけに直ぐ近くで楊 菊蘭の、戦場でも通る怒鳴り声を聞かされたのだから。


「あー、明日もあの調子なのかなー……」


「明日は格闘訓練だし、楊教官は――」


 町子がそこまで言った時、りんは長椅子から起き上がって、何故か一人立ち尽くして居る町子の背後へ回って居た。


「ちっちっちっ、甘いよ町子ちゃーん。わざわざ遠くから教官を呼び寄せて、あの支部長が、律儀に日程を守ると?」


「うっ……!」


 関東三区一号支部の支部長は、部下から、一定の信用を得ている。決まりごとを曲げるのに、躊躇いが無いという信用である。

 背後で、怪談話をするような声音を作るりん、そして肩を落とす町子。そんな二人を見て、周囲も慰めるどころか、


「町子ちゃん、目を付けられてそうだしねー」


「あ、それあるかも。また掴まれたりとか?」


「射撃訓練の的って事で、頭にリンゴ乗せられたりとか」


「それで走らされて、狙い撃ち?」


「や、やめてよみんなー!」


 煽りに煽るのである。

 町子 榊は、実は此処にいる他の兵士達より、一年だけ生まれが早い。

 にも関わらず、集団の中でいじられ役のポジションにいる理由としては――小柄で、気が弱く、そして非力だからである。

 格闘訓練などすると、あっさり投げられる。

 大型拳銃の射撃訓練で、反動に負けて額を打つ。

 短距離走も跳躍競技も、一通り、人並み以下。だから、そういう位置に居る。

 とは言うものの、周囲が軽口を叩きながら、町子を疎んでいないのは、その表情から窺い知る事が出来るだろう。

 彼女は、力はさておき、懸命に動いているのである。

 足が縺れて転んでも、直ぐに立ち上がるし、痛みを嘆くより先に走り始める。

 その真っ直ぐな所に、りんも好感を抱いている。

 昔から、根っこの所は何も変わらない。一つの年齢差が今より大きく影響する、ほんの子供の頃からだ。背丈の大小が入れ替わってからは、どちらが年長か分かったものでもなくなったが、それでもりんは、この友人に――信用というのもまた違うが、似たような感情を抱いていた。

 彼女は、変わらない筈だ。

 だから、自分も変わらない。

 どうせ自分達は、戦っているうちに何処かで死んでそれまでの兵士達なのだろうが、それならそれで、別に良い。死ぬまでに良く生きられれば、満足だ。

 その、良く生きるという事も、実の所はまだ分かっていないのだが、兵士になろうとしてからは、その前より良く生きている気はする。食事は贅沢だし、日々の娯楽も少し篤い。おかしな話だが、戦う為の道を選んだ時から、りんは生まれて初めて、長く続く安堵の中に漂う事を知ったのである。


「んー……ぁふ」


 伸びをしたら、欠伸が出た。入浴も食事も済ませて、暖かい屋内で雑談に耽っていれば、眠気が出るのも無理はない。

 とは言え、今から寝たら、朝まで時間が有りすぎる。目を擦りながら、もう暫しでも起きている為に本を手に取ると――外から、足音が聞こえた。


「誰?」


「いつもの、〝お気に入りさん〟」


 窓際で、これまた眠そうにしていた、背の高い少女が、灯りも落ちた運動場を指差す。

 ざ、ざ、規則的な足音を立て走っているのは、この支部の支部長が特に目をかけていると、新兵の間でも噂になっている少女であった。

 食事の時間には、食堂に居た。誰とも会話せず、大急ぎで夕食を詰め込んで――それから、ずっと外に居たのだろうか。


「……良くやるよねー」


 誰かが言うと、周囲は無言だが、それぞれに頷いて同意を示した。

 運動場を走る小柄な少女――彼女は、成る程確かに強い。

 支部長が直々に教えたという事で対人格闘技術は飛び抜けているし、武器術も、現在の支部内では抜きん出て長けて居る。

 座学では決して褒められた生徒では無いが、指導教官達の評価は概ね高い。

 だが――彼女は、兎角人と交わらない。

 ある時、夕食の席で、彼女の隣に座った者が居た。あれこれと話しかけた全てを、彼女は「うん」と生返事で流し、直ぐに食べ終えて走りに出てしまった。

 入浴後、談話室に居た所、着替えもまだの彼女が通りかったので、呼び止めて輪に加えようとした者があった。彼女は、たった一言を返す事も無く、仏頂面でトレーニングルームへ行ってしまった。


「……感じ悪いよね、あの子」


 また誰かが、言った。

 今度も周囲は頷いて――だが、積極的な非難の声は、〝すぐには〟聞こえない。

 堂々と他人を誹るには、周囲の同意が必要だ。

 その場の多数――全員でなくとも良い――が、そういう雰囲気にあると、互いの目を見て読み取って始めて、此処にいない誰かの、欠点を論う行事は始まる。

 勿論、意思の疎通を見るまでの時間は、対象の人望に左右されるのだが、そういう観点では――


「……だよねー、付き合い悪いっていうか」


「自分だけが特別、みたいな顔しちゃってさ」


 ――彼女は、良い的である。

 他人への陰口で盛り上がる様を、困ったような顔をして眺める町子――を、りんが更に眺めて居た。

 別にりんは、一人で運動場を走るあの少女に、悪い印象を抱いている訳では無い。

 ただ、興味が無いだけだ。

 全く別の世界に住んでいる生き物と、関わろうとは思わない。

 あの少女には、才が有るのだ――りんが思うのは、そういう事である。

 小さな体に恐ろしい程の力と、それ以上に、狂気的なまでの、鍛錬への執着を閉じ込めている。

 まるで、一時でも立ち止まれば死んでしまうと思い込んでいるかのようだ。

 数ヶ月も前は、格技場のマットの上で倒れている彼女を、支部長が引き起こす姿を幾度か見かけた。

 倒れるまで我が身を虐めて、本当に倒れて目を覚まし、もう一度同じだけの負荷を自分に与える――それを、彼女は繰り返した。

 週に一度の休養日に、街へ出ようと誘って、彼女が応じた事は無い。いい、と短く答えて、ウェイトトレーニングに耽っていた。

 皆で買い物を終えて帰ってくると、まだ続けている。そんな日々を繰り返しているのが、彼女なのだ。

 りんが思うに、世の中には特別な人間が居る。この支部の支部長もそうだし、世の中の要職に居る人間は大体がそうだし、彼女もそうだ。

 そういう人間に凡人が追いつくには、並々ならぬ努力が――それこそ、彼女が行う狂気じみた訓練の、上をいかなければ追いつけない。

 それは、一日という区切りが二十四時間であるなら、叶う筈は無い――何時もりんの結論は、そこに収まるのだ。


「んー……そろそろ眠くなって来たなぁ」


 りんは思いっきり伸びをして、それから立ち上がる。

 時間はまだまだ、結構な余裕が有るが、談話室の皆に、就寝の挨拶を置いて、去る。

 華やぐ談話室を過ぎれば、新兵の宿舎の廊下は、寒々と無機質である。

 地域に一つだけ残っていた小学校の廊下も、こういう具合に出来ていた。やけに硬くて、夏場でも冷たい、なんとも言い難いあの感じが、自室まで繋がっていて――戸を潜れば、ベッドが二つに机が二つの、小さな部屋。

 新兵は基本的に、二人で一部屋を共有する。スペースの節約と、集団行動の徹底が理由である。

 りんは、部屋の入り口から見て右手側の、自分のベッドに乗り――柔軟体操と、腕立てや腹筋、背筋など、軽い運動を済ませて寝た。

 うつらうつらとし始める頃、廊下を歩く音はしたが、りんが意識を向けていたのは窓の向こう。

 走り続けている足音に、六本足の、ガシャガシャという音が近づいて行くのを、そして引き上げて行くのを、その目で見ずとも、りんはじっと聞いていた。

第3話:お借りしたキャラ


町子 榊  hiramekkk様(@hiramekkk)より

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