ビワの絵のティーカップ
見送ってくれたジンジャー少年は玄関から外にこそ出なかったが、途中にあるパン屋で朝食を買ってくるように、と付け足すのを忘れなかった。
四階から地上まで階段を下り、改めて地図を見る。
隣のお屋敷の門前を通過して、更に南下すると、パン屋がある。そこの角を曲がってぐんぐん歩いて行くと神社に突き当たり、件の古道具屋はその並びにあるということだった。
お屋敷は高い塀と柵で囲われており、その向こうにはどれもこれも見事な樹木が生い茂っていて、お屋敷それ自体は遠くに群青の屋根瓦がのぞくだけであった。
パン屋はすぐに見えてきた。こちらも古めかしい洋風のビルヂングで、一階部分が店舗として改装されているようだ。入口には『準備中』の札がかかっていたが、すでに辺りは香ばしい空気で満ちていた。こじんまりした感じのいいパン屋だった。こんなパン屋が家の近くにあるのは、何よりも喜ばしいことのように思われる。
パン屋を過ぎてすぐの角を曲がり、ぐんぐんと進む。今度の神社はなかなか見えてこなかった。
小奇麗な庭付きの戸建てや、あまり背の高くないマンションが並々と続く通りを黙々と進む。すると、目の前にこんもりとした森が現れた。もっと進むと、その森の入り口の根元に鮮やかな鳥居が生えていた。
古道具屋はすぐに見つかった。ちょうど、ガラガラと音を立ててシャッターが開いたところだったのだ。出てきた御主人と目が合ってしまう。
ハードボイルドを絵に描いたような風貌の御主人は、ハートプリント柄のエプロンを付けていた。
「あのう、カップをひとついただきたいのですが」
「カップっていうのはどういうカップだい?」
「お茶を飲むためです」
「ティーカップかい。店の中にいくつか置いてある。ついてきな」
ハードボイルドはエプロンをはためさせて店の中へ引き返して行った。僕もそれに続く。
古道具屋というのには初めて入ったけれど、それは見慣れた古本屋とよく似ていた。所狭しと本が積まれている代わりに、雑多な物品が積み上げられている。
ハードボイルドはガラスの戸棚に納められた陶器類を示した。
「どうだい、お前さんの気に入るようなのはあるかね」
美しい絵付きのティーカップが並んでいたが、その中でも特に目を引いたのは、小さな白い花と、黄色い実が描かれているカップだった。
「これは?」
「そいつは珍しくて、ビワの花と実の図なんだ。あんまり出ないね、そういうのは」
ビワの絵のティーカップを手に取ると、御主人はハードボイルドに目を細めた。