ジンジャー少年
翌朝、枕元に見しらぬ少年が立った。
「やあ、お目覚めですね」
どうやら、昨夜のことは夢ではなかったらしい。
まだカーテンを付けていない窓からは朝日がさんさんと注ぎ込まれていた。
「えーっと、ミス……?」
昨夜、僕の恋人の姿でいたミス・ジンジャーは、黒い学生服を着た線の細い少年に変化していた。
「〝ジンジャー少年〟が妥当な気がしますね。この姿にミスターは大仰すぎる。〝ジンジャー〟って呼び捨てにしてくれてもいいです」
「おはよう、ジンジャー。昨日のよりそっちのがずっといいよ」
「そうだろうと思いました」
ジンジャー少年は変声期特有の掠れた声で頷いた。
シャワーブースでお湯を使ってから戻ると、ジンジャー少年は僕の鼻先に一枚の紙切れを突き付けた。
「悪いと思ったんですが、荷物を開けさせてもらいました。本ばかりじゃないですか。ちょっと僕、困ってしまいました。僕の仕事をお忘れですか?」
隅に寄せてあった段ボール箱の封が開けられていた。全部で三つあるが、そのうち一つは衣服や日常品、そして残りの二つは僕の蔵書が詰めてあった。
「仕事って、お茶を淹れるってこと?」
「そうです、僕は部屋付きのお茶汲み係です。お茶の用意をすることが仕事なんです。それなのに、この部屋には茶器ひとつないんですよ。お分かりいただけますか、僕の気持ち」
悩ましげに眉をよせた少年はわざとらしい溜息をついた。
「あー、うん、悪かったよ。今までお茶を飲むなんて習慣がなかったもんで。できるだけ早く用意するよ」
少年の差し出した紙切れを受け取ると、どこかの地図が書きこまれていた。
「ここから一五分ほど歩いたところに、目利きの主人がいる古道具屋があります。そこでお好きなカップを選んできてください」
「まさか今から行くのかい? こんな朝早くから、お店が開いているとは思えないけど」
「あなたが行けば、お店は開きます。どんなお店だって、あなたが行けばちゃんと開きますよ」
「それに、僕、たいしてお金も持ってないぜ。普通のカップくらいなら買えるけど、そんなに良いものは買えないよ」
「その点もご心配なく。古道具屋の御主人は本当に出来た方です。きっと良しなにしてくださいますから」
やたらと自信ありげなジンジャー少年は力強く頷いた。