ミス・ジンジャー
ミス・ジンジャーと名乗る僕の恋人の姿をしたユーレイは、まだ荷解きの済んでいない殺風景な部屋の中で所在なさげに立っていた。
「ミス・ジンジャー。君がこの部屋に住んでるユーレイかい? それにしても、なぜ君は僕の恋人の姿でいるの?」
「それは違うわ。私はユーレイなんていかがわしいものじゃない。部屋付きのお茶汲み係だって言ってるでしょう。まさかお茶汲み係を知らないなんてわけじゃあないでしょうね?」
ミス・ジンジャーは僕の恋人、衣里の可愛らしい唇を尖らせて言った。
「お茶汲み係は知ってるよ。会社のオフィスとかで、若い女の子が担当させられるんだろう。余所からお客なんかがあったときに、お茶とお茶菓子なんかを用意して運ぶんだ」
無論、ここは会社のオフィスなどではなくアパートメントの一室である。
「ご存知なら話は早いわ。だから、私はあなたの恋人の姿で現れているの。お茶を淹れてもらうなら、むさ苦しい大男よりも繊細な女のひとが良い。同じ女のひとでもとりわけ若い女の子、同じ若い女の子でも、とりわけ恋人に淹れてもらった方が良いでしょう。ねえ、それにしても、この部屋殺風景すぎない? 座る椅子のひとつもないなんて!」
家具は運び入れたベッドがあるきりだった。僕はそこに腰かけている。他のものは、必要に応じてこれから買い足そうを思っていたところだった。
「座りたいなら、ベッドへどうぞ。僕は床に座るから」
「結構よ。私はあなたにお茶を飲ませるためにいるの。ベッドに座るためじゃないの」
「そう、それならいいけど。君が僕の恋人の姿でいる理由は分かったよ。でも、僕、それじゃあ落ち付かないんだ。今、衣里とはケンカ中でね。君が本質的に衣里とは別人だと分かっていても、なんだか不安になるよ。別の姿にはなれないの?」
それを聞いてミス・ジンジャーは鼻を鳴らした。
「情けないわね。あんたがそんなんだから、彼女はイライラさせられるのよ。不安なのは貴方じゃなくて、彼女の方じゃなくて?」
僕はそれに何と言い返すこともできない。
ああ、ミス・ジンジャーがユーレイじゃないとすれば、一体何なのだろう! もしや神?
「ちなみに、どんな姿にだってなれるわよ。それこそむさ苦しい大男にも」
「……むさ苦しい大男になっても、ミス・ジンジャーは〝ミス〟と呼ばれるの?」
「その場合はミスター・ジンジャーになるわね」
「むさ苦しい大男は嫌だから、そうだな、優しそうな少年になってみてくれよ」
「具体的な人物の指名はあって?」
「ないな、具体的な人物じゃないとダメなの?」
「いいえ。もう少し詳しく指定してくれればやりやすいってだけ」
「君の本当の姿はどんなの?」
「あなたが望むお茶汲み係としての姿が、私の本当の姿よ」
そう言って、ミス・ジンジャーはフローリングの床の染みに溶けるように消えた。