17話 再会~消失
言葉・・・・心・・・
手に取ることはできないのに・・・・それは意図せず数多の存在を揺さぶる
偉人達の名言・・・通りすがりの会話ですら
自身の行動に影響を与えることだろう
他人にあたえられた影響を
自分との立ち位置によって悪意と善意に仕分けする
その作業を自身による選択行為だとするならば
自己を構成しているのは本当に自分なのか
それとも・・・・・・・・・
これから始まるは吸収を司る闇の試練
自己以外の要素を奪われた時
はたして残るのは心か・・・体か・・・・・無、か
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「いつの間にそんな話に」マークは疎外感を感じているのか少し機嫌が悪い
(それは俺たちがへばっている間に…だろうよ)サイファーも機嫌は良くなさそうだ
「私も話を聞いていただけよ。それに、どの道私たちが決める問題じゃないでしょう?」
「でも、あいつ不死身なんでしょ?ならそこまで心配することもないんじゃない?」マークは真剣な顔でレイナに聞いた
「・・・・・・・・・・心が耐えられなければ肉体が無事でも意味がないって」
(なぜこういう最悪の事態がたびたび起こるのだ?それも今回は安全な選択肢を自ら捨ててまで)
「それは・・・きっと私たちにはわからないわ」
(…そうなのかもな・・・皆、お互いに出会ってまだ間もない、私やレイナでさえ数ヶ月間の付き合いだ。信頼という目に見えぬものはあっても過去の知識のような言葉にできるようなものを持ち合わせていない)
「過去・・・・・それは・・・・聞けないわ」
その時皆の足元の影が実態をなして語りかけてきた
(それはお主自身に聞かれたくない過去があるからじゃな?)
レイナは驚いて顔をあげるが、また下を向いて黙ってしまった
「そうやって心の問題に土足で踏み込むのは感心しないね」
(大体心をのぞかれるのは心地の良いものではない)サイファーは本能的にシャドウから距離を取り抗議した
(??・・・!あぁお主達はわしに心が・・・・と言うより心の闇でも見えとるとおもっとるのか?)
「闇の精霊王なんでしょ?」マークは当然とばかりに確認を取る
(それは安易な発想というものだ。心など読めん。ただ・・・わし等精霊は契約者を介さないと魔法を行使出来ないという制約がある、人間も然りだがな)
(光の精霊は光の魔力の持ち主と、闇は闇としか契約できません)あとからやってきたレムが付け加える
(魔力を判別する方法がある・・・いや、レムは迷わずレイナに話しかけていたな。と、いうことは何か行動を起こさなくても普段からわかる何かがあるのだろう)
(その通りです。あなたは馬・・・ですよね?何か複雑な魔法が掛けられているようですが・・・)
(意志疎通を可能とするために確かに魔法をかけられた・・・分かるのか?)
(実際には魔法の有無しかわからんがな・・・ふむ、馬の脳は人間と違い小さいが・・・そのうえで個体差も出るだろうがその思考能力はそこの男よりは上のようだ。おそらく無理やり会話を可能にする魔法ではなく脳を活性化させる類の魔法だろうな)
「で?それと何の関係が?」レイナはそれかけていた話を修正しようと声をかけた
(魔力の生成される方法を知っているか?)
「いえ、あまり・・・・というか何も知らないわ。生まれた時から備わっていたものだし、気がつくと回復していたから」
「僕は感情がどうのって聞いたことがあるよ」
(魔力とは量や速度は様々だが基本的にすべての生き物が常時生成している、その属性は生まれてから経験した感情の量が一定量に達した時、最も多い感情に基づいた魔力生成機関・・・のようなものが作られる・・・らしい)
(もちろん目には見えませんけれどね)
(例外として黒の一族のように特殊な一族には決まった魔力が受け継がれる、そこの二人のようにな)シャドウはそういうとマークとレイナを見つめた
「ま、まぁ今は急いで話を進めるべきじゃない?」マークは周囲の視線を感じるとワタワタと手を振って誤魔化した
(確かに余裕はないが・・・必ず生きて帰れるわけでもない・・・死ぬことはないだろうが。目を覚まさない可能性は多分にある)
(最悪の可能性がある以上、最大限のフォローはすべきだろう)サイファーはやっとみんなのもとに近づいてきた
「フォローって言ってもね・・・一人で行う試練なうえに精神で行うんでしょ?僕たちの存在すら気がつかないんじゃない?」
(いや、おそらく俺たちには助けになれる方法がある)
「!!・・・ちょっと出かけてくる」レイナはそう言い残すと全速力で走りだした
(気がついたようだな)サイファーは嬉しそうに鼻から息を噴き出した
「きがついたって?」
(今あの男に必要なのは人数だ、レオンは自分の不幸体質を他者に分け与える性質があると以前レイナが言っていた)
「そりゃまた魔法みたいな話だねぇ、でもそんなことしたら代償が何であれ魔力が足りないだろうけどね」
(それはあながち的外れとは言い難いな)
「え?」マークはぽかんとした顔でシャドウのほうを向く
(彼からは魔法とは違う強い力を感じます、無関係ではないかもしれませんね)レムがシャドウに代って答えた
その時集落のあった方角の森からレイナが走ってきた
「はぁ・っ・・はぁ・・・場所は変更よ・・・村の人間を1か所に集めておいたわ・・・そこでやりましょう」
(よかろう・・・皆わしの中に入るといい・・・村まで運んでやろう)
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(う・・・・ん・・・真っ暗だな・・・・怪我もないみたいだし、どうやらもう始まっているらしいな)
(レオンハートよ、聞こえるか?)
(聞こえている、何も起こらないみたいだが?)
(そう焦るな、これからお主には進んでもらい対面してもらう)
(進むって…道も方角も分からないんだが?)
(先ほどのは闇の精霊王に伝わるだけの言葉でな・・・すまんがわしが干渉できるのはこれで最後であり、これから何をするか、何が起きるかは分からんのだ)
(そうか、無駄に気苦労をかけるつもりはない。自分なりにやってみるとしよう)
(皆が待っている、無事帰るのだぞ)
(・・・ああ)
(さて、とりあえず歩いてみるか)
暫く歩いているとレオンはふと靴を履いていないことに気がついた
(脱げたのか?まぁ精神体らしいからな、あまり存在が安定してない…とか?よくわからんが。・・・考えるだけ無駄か、そういうのは得意な奴がやればいい)
それからは気がつく度に、身に着けていたものが消えていき、やがて体や感情までもが完全ではないが消えていった
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(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
(・・・・・・・・・・・・)
もうどれほどの時間がたったのだろうか
最早姿すらなくしたこの存在が以前は何者であったのか
判断するに値するものは何もなくなっていた・・・
最早「諦め」や「後悔」を含む全ての感情がなくなっていた
それでもその場から動くすべを得た赤子のように、ただただ前へ前へと左右にふらつきながらも「それ」は進んでいった。もはやそれを目で見ることはかなわなかったが
しかし、「それ」は意図せず第一の試練を達成していたのであった
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~~~~~そこは見慣れた建物の中だった~~~~~
「それ」の心の唯一の拠り所にしてあらゆる意味での「始まりの場所」だった
そして、そこはもう存在しない場所で
そこでこちらを向いて笑っている人々も
もはや世界の理から外れた存在だった
その光景に「それ」は涙を流し、意図せず「悲」の感情と「喜」の感情を生んだ
「それ」にも記憶は残っていた
脳も心臓も涙腺も無くしたこの存在は
記憶というボロボロの手帳をもはや存在しない両手で抱き締めて
理由もわからずにただひたすらに泣いていた
「悲しいの?嬉しいの?」ふとその光景の中から一人の女性がこちらに歩み寄りながら話しかけていた
しかし、如何にその女性といえどもあらゆるものを無くした「それ」を確認することはできなかったが通り過ぎて背中合わせの格好で顔をハッとさせた
「そこに・・・・誰かいるの?・・・ごめんなさい・・・・ここは暗くて・・何も見えないの」
そして女性は振り向くと優しい微笑みでこう言った
「どなたか存じ上げませんが・・・・何か理由があるのね?ここはとても暗いし寒いわ、みんながいる暖かいところへ行きましょう?」
その女性は再び席に戻ると嬉しそうに話し始めた
しかし「それ」が追いかけてもその建物は一向に距離が縮む気配を見せず話し声だけが耳のない「それ」に届いた
「ここは不思議なところね・・・ここにいると弟のことを思い出してしまうわ、レオンハートっていう子なんだけどね?本人は手のかからない子だったんだけど、なぜかいつも問題事と一緒に帰ってくる子でねぇ」
(れ・・おん・・・はーと・・・?)何か感じいるところでもあったのだろうか、口が無いため声として伝わることもなく、脳がないため覚えることも出来ずに、それは形も残さず消えていった
「この子たちも本当の家族だと思っているけれど、レオンは血の繋がっていた家族だったせいかしら?一段と気にかけていたわ、本人には拾ってきたって言ってあるけれど、ある程度の歳になると薄々気が付いていたみたい」
「けれど親のことや血のつながりのことは本人には伝えたくなかった・・・・・孤児院を・・・自称だけどね?作った手前レオンだけを特別扱いしたくなかったし。それに、年頃の男の子に聞かせるにはその肩書は大きすぎたし重すぎると思ったから」
「ごめんなさいね、こんな話聞きたくないかもしれないわね。でも、あの子に会ったら伝えてあげてほしいの・・・・もうあの子なら、背負えるだろうから」
その時、建物の上から黒く孤児院よりも大きな生き物がどこからともなく現れてそこの空間ごと音を立てて食べ始めた
(!!!・・!・・!!、!!)
「それ」は叫ぶが声が出せず
「それ」は暴れるが近づけず
「それ」は考える脳がなかった
「私たちの親は・・・
女性はそれに気付かず話し続ける
~~~~~「白と黒の一族」~~~~~
そう言い終わると同時にその生き物は写真でも食べるようにその空間を消し去った
「それ」は暫くの間固まった後、空間を食べた生き物の前でブツンッと音を立てた操り人形のように崩れ落ちたまま動かなくなった
黒い生き物は「それ」に近づくと先ほどのように大きな口をあけると、そのまま2つに切られて動かなくなった
その後ろには闇の中だというのに「ザッ」と土を踏みしめる音をさせながら歩く大柄の男と華奢な美しい女性が「それ」に向かって歩いていた
「再会したんだから、嬉しそうに抱きついてくるもんじゃぁあねぇのか?なんでこんな忌々しいところに戻ってこなくちゃぁいけねぇんだよ」
「きっと私に似て恥ずかしがり屋なのよ。それに、どう考えてもこの子のほうがあの子とのハグよりも優先されます!どうせ何をしたってあの子はあなたに抱きつきなんてしないんだから、もっと現実を見てください!」
目の前で動かなくなっている「それ」を見ても2人は特に慌てず会話を再開した
「それにしてもどんな状況だぁこれは?迎えに来ても姿はない、しかも消えかけてるときたもんだ、うちの家系はみんな恥ずかしがり屋なのかぁ?」
「その冗談は笑えませんよ?大体あなたが恥ずかしがっているところなんて私見た事ありませんもの」
「そりゃぁお前のいないところでしかないからなあ?さすがに若いねぇちゃんに体触られたりでもすりゃあ俺だって恥ずかしがるぞ?」
そんなことを言いつつ男はなんらかの力を発動させレオンの欠片を集めた
「それは、なんとも・・・興味深い話ですねぇ?」
女性はそう言って手をかざすと男の脇を光の球がかすめていった
「うをっ!!?あぶねぇな!!当たってたら死ぬところだった・・・・だ・・・ろ」
男が振り向くと女性は男の体の5倍はある光球を作り上げていた
「ま・・・まて・・それは・・・さすがにやばい」
「何かいいわけがあるなら聞きますよ?」
(な、なんで助けに来た俺が現在進行形で殺されそうになってんだ!!?)
「じょ、、冗談じゃねぇか!俺はお前一筋だって!大体俺たちにそんな出会いがあるわけねぇだろう!?」
「最近現世に行きましたね?痕跡が残っていましたよ?それに八百屋さんが現世であなたを見たって」
(み・見られてたのかぁぁぁぁああ!!!!あぁんのくそ親父!!生きて帰ったらただじゃおかねぇ!!)
「い、いやぁ隠しておこうと思ったんだがばれちまったか!実はお前の誕・・・・ぷ、プレゼントを探してたんだ!最近あんま買い物とかできてないみたいだったからな?」
それを聞くと女性は光球を消して顔を赤くすると男にすり寄ってきた
「そ、そういうのはサプライズにしてくれないとだめです」
(な、なんか理不尽だがまぁ命あっての物種ってやつだな)
「じゃあさっさと帰るぞ?いくらお前でも死人は生き返せないだろう?急いだほうがいい」
「実は最近出来るようになったんですけどね」
「うそぉぉおおん!!?じゃあ何でおれたちに使わないの?」
「自分には使えないんですよね。だからってあなただけ生き返らせても絶対浮気するでしょうし」
「ちっ」
「聞こえてますからね?」
その時、闇の中に白と黒のマ-ブル模様の球体が姿を見せた
「ほ、ほらあっちも準備出来たみてぇだしよ!さっさと帰ろうぜ!?」
「・・・分かりました、話は帰ってからく・わ・し・く!聞かせてもらいましょう」
「・・・・はい」
今度は女性が欠片に手をかざすとパズルのピースのようにはまっていき、やがてここに来る前のレオンの姿に戻っていった
2人はレオンを抱えるとその球体に入って行った
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(・・・・・・・・・・・・・・・・・!!)
(どうかしたのですか?)シャドウの異変にレムが問いかける
(消えた)
「え?どういうこと?」一番近くにいたレイナが固い表情でシャドウを見た
(とりあえず村人を帰してやれ、聞かれるとまずいじゃろう、あやつらはもうすでに明確な敵じゃ)
「わかったわ」
帰ってきたレイナ達はシャドウに詳しい話を聞くことにした
(戻ったか・・・)
(聞かせてもらおう)
(まずお主らに確認しておく・・・この状態で察しも付くじゃろうが・・・・おそらく良くないことが起こった・・・取り乱すなとは言わん・・・・だが、聞きたくないものは無理に聞かずともよい)
当然のごとく皆の視線はレイナに集まった
「聞きたくないけど・・・・聞く、聞かなきゃきっと後悔するから」
それを合図に皆は一言も聞き逃すまいと一斉に黙り込んだ
(初めに言っておくが・・・おそらくレオンの精神は壊れていないじゃろう・・・しかし絶対ではない)
「消えた」思い出すようにレイナが呟いた
「え?どういうこと?」マークは嫌な予感を察知したのか言葉を選んで喋ろうとしている
(文字通りじゃ・・・消えた・・・精神だけ忽然と姿を消した)
(体はまだそこに?)レムは状況の確認をしているようだった
「原因は分からないの!?」レイナはもうすでに理性を手放しかけていた
(落ち着くんじゃ、きちんとお主らにも分かるように説明する)
レイナが落ち着くのを見るとシャドウは話し始めた
(お主ら人間を含む動物はものを食べたら食べ物はどこに行くか知っておるか?)
「食道を通り胃に行くわ」
(今回わしとレオンが行った契約の儀はその行為にとてもよく似ていてな、レオンは闇の魔力を支配するために、わしの中を進み魔力を貯蔵する部屋に行きついた)
「そして消えた」
(お主らも食べた物の詳しい場所が分からぬように、わしにも詳しい場所までは分からん、しかし場所を確認するタイミングは人間にもあるじゃろ?)
「体から出るとき」
(そうじゃ。しかし、満腹になって膨れていた腹がいきなりへこみ、かと言って別段体から出たわけでもない、消化したにしても1瞬のことじゃ・・・レイナ、お主だったらどう思う?)
「それは、確かに消えたとしか・・・」
(すまんがわしも初めての経験なんじゃ、お主たちとて食べた物がいきなり消えた経験などしたこともないじゃろう?)
レイナは口にたまった唾を飲み込むと最も聞きたくない質問をした
「レオンは・・・その・・・生きてるの?助かるの?」
(心臓が動き生命活動しているかと問われれば・・・している)
レイナが一瞬緊張を解くと、シャドウがいった
(だが助かる可能性は正直見当もつかん、決して高くはないだろう)
その時からレイナはレオンのもとから動こうとはしなかった
しかし、村の食糧にも限界があることから
レイナ以外の皆が相談した結果
褒められた方法ではないがシャドウの中にいるレオンを餌にして内陸にある街へと足を向けた
今回、レイナは一滴も涙を流さなかった
レオンが帰ってくるといったことを心から信じていたし
泣いたら帰ってこない気がしていた
そして何より、未だ鼓動をとめないレオンのからだを守り通す決意の表れでもあった
~~~~~黒の剣と獅子は未だ分かたれたまま~~~~~