9話 敗北の味~初勝利
草も生えないような荒野を荷物も持たずにゆっくりと歩を進める男が一人
しかし、その速さは馬のように速く、氷の上を滑っているかのようであった・・・
「この僕が自分の血を見ることになるなんてね、フフッでもまぁ腕・・切り落としちゃったからねぇもう満足に生活することすらできないだろうけどね。この世界にあいつらを助ける奴なんていやしない」
救世主とはお世辞にも言えない邪悪な笑みを満足そうに浮かべて男はフッと姿を消した
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あれからレオン達は体調を元通りにしてプラシェに向かって旅を続けていた
もう、あの敗北から1週間が過ぎようとしていた・・・
あれから満足に会話すらしようとしなかった2人にサイファーは「鬱憤がたまっているなら互いにぶつけ合えばいい、剣の修行のついでにでもな」
実際2人の頭の中には(自分が不甲斐ないせいでこうなった)という思いが大半を占めていた
自分の魔力にのみ頼った戦い方のレイナ、いまだに剣術も魔術も使い物にならないレオン
2人は実力が違いすぎて本気で自身の実力を上げる訓練ができない状況が続いていた
あれから、レオンは教えてもらったことの復習をひたすら繰り返し、レイナは剣術の向上と戦うための新たな契約に頭を悩ませていた
サイファーにアドバイスをもらった夜、見張りの順番を決めている時にレオンはレイナに問いかけた
「なぁ、質問があるんだがいいか?」
「どうしたの?今回の見張りは私たち2人よ、今までサイファーが頑張ってくれていたんだから」呆れた顔でレイナが言った
「違うよ、それについて依存は無い、訓練についてだよ、今まで戦いはレイナにまかせっきりだっただろ?たとえ剣を握っても不死身の体を切らせてから不意打ちみたいな戦いしかない」
「そうね、でも今のあなたは来た剣を弾くことしかできないじゃないの」
「それもレイナのトレーニングがあってやっと出来るようになったしな、それで相談したかったんだよ」
「新しい訓練ってこと?でも手合わせするにしても私と貴方とじゃ実力が違いすぎるわ」
「だからほかの対戦相手を用意できないかと思ってさ、夢の中で戦うとか、相手を作り出すとかさ」
「自分たちで相手を用意するの?そうねぇ・・・ぱっと思いついた感じ夢は駄目ね他人の夢ならともかく自分の夢を操作するのは意味がないわね、もともと操作しているようなものだし、目が覚めて忘れていたら元も子もないしね。相手を作るのもねぇ・・・・実力が同じ、例えば私たち自身をそのまま作り出すとしたらそれはいい訓練相手になるでしょうけど、それには相当大きな代償が必要になるわね」
「でも、相手としては申し分ないんだろ?例えば動く土の塊とか、人形は自力で作ってそれを動かすとかなら代償も軽くなるんじゃないか?」
「確かにそれならいけそうね、だったらまず材料よね旅の中で簡単に手に入れられる方がいいわ、できれば街でもね、そうなると・・・・・
(結局仲良く話し合いとは、余計な世話を焼いてしまったか?)
それから二人は夜明けごろまで話し合い、作りやすく再生しやすい土を材料に契約を結ぶことにした
プラシェに着くまで二人は、昼間はお互い奇襲の隙をうかがい夜は交代で自分と同じ実力の土の人形との真剣勝負を続けていた
しかしそれでもまだ二人の悩みは尽きなかった、土の塊を相手に剣をぶつけても斬っているという実感に欠けるのである
レイナはレオンに奇襲をしかけていてふと思った
(やっぱり実際に剣をぶつけあってると感覚が違うわよね・・・ん?だったらたまに訓練に入れてみようかしら)
「ねぇレオン」
「なんだ・・・よっ!!人に剣で切りつけながら自然に話しかけてくるなよ!」レオンは剣をぶつけあいながら答えた
「私たち結局人形と戦うことにしたじゃない?でも剣術が磨かれていく実感がないのよねぇ」
「確かにな、俺なんかしばらくよけてたまに剣で斬る・・・って言うかたたく感じだな」
「そうなのよ!これじゃあ剣術の訓練じゃなくて棍棒で戦う訓練だわ!!だから今度から2日に1度私と剣で戦いましょう?」
「でも俺お前とじゃ勝負にならないぞ?だから人形作ったんじゃないか」
「魔法無しなら実力の差も埋まるんじゃない?私今まで魔法に頼ってきたから剣術ってあまり得意じゃないのよ」
「まぁそれならいいか、俺もどのくらい成長したのか知りたいしな」
その夜二人は約束通り剣で勝負を始めようとしていた
「じゃあ始めるわよ?準備はいい?」
「ああ!いつでもこい!」レオンは剣を鞘に入れたまま答えた
「それ抜いたら?初めてすぐ決着じゃつまらないんだけど」レイナは不服そうに答えた
「お前のおかげで不意打ち慣れしちまってな、いつも剣を抜き身にしておくわけにもいかないし、俺はこれがやりやすいんだ」
レオンの持つ黒刀には刃が片方しか付いていなく少し湾曲していた。レオンは剣を鞘に入れたまま不意打ちされ続けるうちに、この世界では馴染みの無い居合を自分の剣術として習得しつつあった
「勝手にしなさい、じゃあいつも通り私から行かせてもらうわ…ねっ!!」
レイナは話が終わる前にレオンに向かって飛びかかった、魔法を使っていなくても長年旅を続けてきたレイナの脚力は凄まじかった、しかも得意ではないだけで剣術も素人のものとは一線を画している、レイナは未だに剣を抜いていないレオンに初撃で勝つ自信があった
しかし、その自信はいともあっさりと破れる
レオンの姿に油断していたレイナの剣はレイナの少し後ろの地面に突き刺さっていた
「な!!・・・え?」レイナは何が起こったのか理解できなかった
レイナにわかるのは尋常ではない手の痺れと振りぬいたはずの剣が後ろにあることだけだった
「お・・俺の勝ちか!?やった!!」
「そんなまさか!!ありえない」レイナは剣も抜かずに立ち尽くしていた
「まぁ、俺もそう思うけどさ偶然ってあるもんだなぁ」レオンは嬉しさを超える驚きの感情で笑うことすらできなかった
(偶然?まさか!こいつに偶然なんて起きるわけがない!!私はこいつの必然の不幸しか知らない!!どういうこと?初撃で負けるなんて)
呆然としているレイナにレオンは剣を差し出す
「まだ終わりじゃないだろ?このままじゃお前も終われないだろしな」
「当り前よ!もう偶然は起きないわ!!」レイナは奪うように剣をとると再びレオンと向き直った
それからの勝負はお互い2勝2敗、先の戦いを含めてレオンが3勝となった時にお約束かのように問題が起こった
お互い握力が弱くなっていてレイナの剣がレオンの後ろに吹き飛んだ
それをレオンが拾った時、剣が砕けてしまったのである
レオンはレイナに謝るがレイナは「安物だから気にするな」と言って考え込んでしまった
(やばい!レイナを怒らせちまった!サイファーに助けを求めるか?どうしよう)レオンは尋常ではない汗をかいていた
(剣はプラシェで買えばいいとしてそれまで夜盗や盗賊の相手はどうしようかしら、レオンに剣を貸してもらう?でもレオンの剣はとてもじゃないけど私には使えそうにない
・・・こうなったら一か八か勝負ね、うまくすれば訓練にもなってレオンも戦力に数えられるかもしれない)
「ねぇレオン?」
「は、はいっ」レオンは直立しながら鋭い返事を返す
「???私の剣壊れちゃったじゃない?だからここからプラシェまで夜盗とかの相手は貴方がしてくれない?」
(夜盗の相手だと!?やっぱり怒らせたかぁ、逆らえないしここは頑張ってみるか。夜盗が出なければ何も問題ないんだしな)
「わ、分かった、そのかわり怪我したらよろしくな?」
「大丈夫よ、ちゃんと治すわ。でもなんだかそれは無用な心配な気がするのよね」
「じゃあもう訓練もできないしお前らもう寝ろよ、見張りは俺からでいいから」
(もう今から夜盗が出ないように祈り続けてやる!!)
「そう?じゃあお願いね」
(殊勝な心がけだな、では寝るとしよう)
しかし、レオンの祈りが届くはずもなく招待状を出したかのように夜盗はきちんと現れた
(・・・来たよ、寝たふりでもしようかなぁ、でも不意打ちで思いっきり刺されるのは嫌だしなぁ)
ほかの二人は寝ている、起こさないためにもレオンは少し離れたところまで夜盗を誘導することにした
「へへっ、女をかばって一人で出歩くとは、大した男気だなぁ」
2人組みの男はレオンを挟むようにして剣を取り出した
(長さはレイナのやつより少し長いなそれに重そうだ)
今の時代「命は助けてやる」なんて言うセリフは誰も言わない、男たちは問答無用で斬りかかってきた
「でやぁ!!」
(ん?なんかすげぇ遅いぞこいつら)レオンは暗闇の中でも男たちの動きが分かることに驚いていた
レイナと稽古している時はレイナの動きが速すぎて姿が確認できたことなど無かったのだ。それに、レイナは終始暗殺者のように無言で斬りかかってくるため
斬りかかるたびに声を張り上げる男たちがかわいく思えて来るほどだった
闇の中を黒い剣が走る、男にそれが見えるわけもなく、あっさりと黒刀は1人の命を奪い取った
もう一人の男がそれを気にもかけずにつっこんでくる
「少しくらい悲しいと思わないのか?」小さくつぶやくとレオンは相手の剣に思い切り黒刀をぶつけて弾き飛ばした
「た、助けてくれ!!何でもするから!」男は両手を上げてレオンに涙を流しながら懇願してきた
「残念だったな、俺はもう誓ったんだ、俺が剣を抜く前に言っていれば」レオンは悲しい目で男を見下ろす
「む、無抵抗の相手を殺すのか!!この悪魔め!!」
「そう、俺は鬼、俺は悪魔、正義とはほど遠い存在さ、俺が剣を抜いた以上俺はお前に対して絶対的な悪になる。さよならだ」
剣に血を滴らせて皆のもとに戻る途中木の陰から人影が見えた
「!・・・レイナ」
「怪我の治療は・・・必要無さそうね」
「ああ、無傷の初勝利だ。けど心の傷はしばらく残りそうだ」レオンはうつむきながら答えた
「それは、自分よりはるかに弱いものを殺めたから?それとも無抵抗のものを殺したから?」レイナはレオンに背を向けながら質問する
「見ていたのか・・・・どっちもだ、実際に人を殺して、初めて人の悪意を正面から受け止めて。その行為の重さを改めて感じた、言葉だけの誓いが子供らしく思えてな」
「そうね、貴方は奪いに来た人たちから逆に命を奪ってしまった。しかも貴方が奪ったのは命だけじゃない、可能性、感情、色んなものを一緒に奪った。とったものだけ考えればやってきた夜盗よりひどい強奪だわ。それを何とも思わずに行う人たちもたくさんいるわ、貴方がそうなっても私は貴方を軽蔑したりはしない」
「そうだな、でも俺はもう選んじまった。この命より大事な誓いなんだ、嘘にする気は毛頭ない」
「でも今回のことを武勇伝のように語ったり喜んだりはできない、とてもつらい選択よ、辛かったらこれからも私が・・
レオンはできるだけ優しい声でレイナの声を遮る
「ありがとう、でもそれ以上は言わないでくれ、確かに俺が得たものは人を殺す感触と悲しい感情ばかりだ。けれどそれをしてでも護りたいものがたくさんあるんだ。婆さんとの誓い、俺をいつも導き助けてくれるレイナ、それに新しい仲間のサイファー。みんな失うわけにはいかない、これは俺のわがままだ、殺される奴にしてみたら俺はただの殺戮者なのかもしれない。恨み呪われたくさんの負の感情を背負って生きなくちゃいけない。それを俺の護りたい人たちに背負わせちゃいけないと思うんだ」
「心の傷は必ず癒える訳じゃない、でも今のあなたには時間が必要よ、急げば明日にはプラシェに着くと思うわ。だから今日はもう寝なさい」
「・・・ああ、そうするよ、ありがとうレイナ」
空はもう薄日が差しこんできていた
レイナは出会ったばかりのレオンを思い出していた
(最初に会った時は死にかけてたわね、痙攣しながら立ち上がろうとしてたっけ。そのあと一緒に旅に出て夜盗に会って、初めて見たのかしら?魔法に驚いていたわね。それからおばあさんに出会って私との契約通りその死に関わることになって。クスッあの頃は剣術で負けるなんて考えもしなかったわね、鉄の棒を振り回しているようだったわ。
今じゃ夜盗を蹴散らして無傷だものね、ちょっと厳しく訓練しすぎたのかしら?だってあいつ少しも音を上げないしいつも人の心配ばかりするんだもの)
「頼りにしてるわよ」レイナがレオンに微笑みかけると空はすっかり晴れて2人とも目を覚まし始めたようだった
プラシェまであと1日、快晴の中一行は準備を進める。