説得
笹本の決意を聞かされ衝撃を受けた尾形は、決意を翻意するよう笹本に説得を試みます
笹本を川べりの土手に座らせた尾形は、自分も右隣に座った。
「なぁ笹本。辞めんとってぇや。今までオレがクラブ頑張って来れたんは、お前がおったからやで。」
一生懸命しゃべって、尾形が一息つく。そして恐る恐る、彼女の反応を盗み見た。
彼女はずっと真っ暗な川面を見つめたままだ。
でも笹本の表情は、今まで見た事も無いような悲しげで、寂しげな顔だった。
辞めるという決心も衝撃的だったが、こんな物悲しげな表情の笹本を見た事も、尾形の心を二重の意味で締め付けた。
尾形は言葉を継いだ。
「ずっとずっと、お前がおってくれたから、頑張れたんや。だからこれからも俺のそばにおってぇや」
そういってもう一度笹本を見たとき、尾形は笹本の目から一筋の涙が流れるのをはっきりと見た。
思わず愛おしくて抱きしめたくなったが、尾形にはそれが出来なかった。
「どうしても行ってしまうんか?」
笹本は無言で頷いた。
そして静かに言葉を足した。
「あたしはいなくなるけど・・・・頑張って」
尾形は言葉を失った。
思いっきり抱きしめたい!
いま尾形は、これほど女性としての笹本を胸の中に抱きたいと強く思った事はなかった。
でも尾形はその代わりに、彼女の方に手を回して、抱き寄せた。
笹本は何も言わなかった。
と、欄干から一人の男が尾形と笹本を冷やかした。
「あ!あの2人、キスしてる!」
実際にキスはしていないけど、そんな男と女の雰囲気が漂っていたのかもしれない。
しばらく笹本の肩を抱いた後、尾形はその晩、何も言わずに笹本を下宿に帰した。