表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ナポレオン戦争に迷い込んだ女子大生、おねぇ提督とフランス軍を救います  作者: もふおのしっぽ
第五章:パリ召還

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

96/128

第91話:雪嶺の劇薬、あるいは女神の残り香

――遡ること、あの雪嶺での出来事――




 深い雪の底。




 ルブランの意識を呼び戻したのは、顔に触れる冷徹な雪の感触ではなく、共に斜面を滑落した馬の、急速に失われていく体温だった。




「……っ、はぁ、……生きて、るのか。俺は」




 肺に突き刺さるような冷気を吸い込み、ルブランは這い出した。




 すぐ傍らで、馬が力尽きようとしている。





 ルブランは震える手でその首筋を撫でた。




「……すまない。……そして、ありがとうな。お前の温かさ、無駄にはせんよ」




 感傷に浸る時間はなかった。




 体温が尽きれば、次は自分がこの白銀の墓標に加わる番だ。




 ルブランは雪をかき分け、必死に自分の鞄を掘り出した。




 アーサーに奪われた荷物は囮だ。



 

 万が一を想定し、この鞄には二本の瓶を、布で何重にも巻いて隠し持っていた。




 布を解く指が凍えて感覚がない。





 焦燥の中でようやく姿を現した瓶は――無事だった。





「……ふぅ。良かった、これさえあればボナパルトを……こちらの盤面に座らせることができる」




 だが、今の自分の命を繋ぐために、この重厚な「献上品」を開けるわけにはいかない。




 ルブランは胸ポケットを探った。




 そこには、カディスを出立する間際に渚から手渡された、もう一つの小さな瓶があった。




『もし、雪山で凍えそうになったら……これ、飲んでください。』




 吹雪の中、ルブランは自嘲気味に口角を上げた。




「……これに、いい記憶はないんだがな」




 「飲む焚き火」こと、超高濃度コーラシロップ。





 ここには割るような、お湯はない。




 ルブランは躊躇なく栓を抜き、一気に飲み干した。




「――ッ!!!」




 喉から胃袋にかけて、文字通り「爆ぜるような熱」が駆け抜けた。




 心臓が暴力的な速さで鼓動を刻み、凍りついていた末端の血管が強制的に拡張される。




 意識の混濁を焼き払うような、あまりに強烈な劇薬。




「全くだ……。ナギ殿の言う通り、火どころか地獄の業火じゃないか……!」





 けれど、そのおかげで視界がクリアになった。




 ルブランは、吹雪に霞むピレネーの尾根をしっかりと見据えた。




「ふん。今回の旅費は、そうとう高額だな、シャルル……」




 しばらく歩くと、馬車から逃げ出し、岩陰でうずくまっている一頭の馬を発見した。




「お前、運がいいな。……いや、運がいいのは俺か」




 奇跡的だった。



 これなら行ける。




 ルブランは手綱を掴み、馬の背に跨った。




 その瞬間、ふと思い出したのは、出立の日に渚の額へ送った別れのキスだ。




『女神の祝福キスをいただいたんだ! これで冬のピレネーも、地獄の業火に守られているようなもんだな!』




 あの日、シャルルたちの前で軽口として放った言葉。




 だが、今この胸を焦がしている熱は、間違いなく彼女からもらった「祝福」そのものだった。




「……ふん。祝福、か。……悪くない」




「アヴァンセ(前へ)!!」




 鋭い掛け声と共に、馬が雪を蹴った。



 目指すは花の都、パリ。



 ハズレくじを引いた男の、命懸けの逆転劇がここから始まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ