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ナポレオン戦争に迷い込んだ女子大生、おねぇ提督とフランス軍を救います  作者: もふおのしっぽ
第五章:パリ召還

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第87話:督促状に記された「勝利」

 タラップが石畳を叩く音は、今のシャルルには自分を急き立てる弔鐘ちょうしょうのようにしか聞こえなかった。




 一ヶ月。



 海の上では唯一、そして決定的に足りなかった物。この時代の情報という名の命綱。




 出迎えた工廠の男が、ずっしりと重い郵便袋を差し出す。




 シャルルはその男の顔すら見ず、男が差し出すのを待たずに袋を強引に奪い取った。 




「……提督、仕分けがまだ――」



「構わんッ!!」



 吠えるような一喝。



 工廠の男が息を呑んで後退る。



 シャルルはそのまま司令部棟の執務室へ踏み込み、鍵をかける間も惜しんで、机の上に袋の中身をぶちまけた。



 ドサリ、と重苦しい音がして、一ヶ月分の『陸のピース』が散らばる。




「…………ハァ……」




 荒い呼吸を整える間もなく、シャルルは両手をそのピースの山へ突き入れた。



 一つずつ、正しくはめていく。




 普段なら気にするはずの指先のインク汚れなど、今の彼には微塵も感じられない。




 彼が探しているのは、ただ一点。




 優雅な筆致で、けれど毒を含んだ、あの「共犯者」からの音信だ。




 パリへ向かわせたルブラン。




 沖に出てしまったことで、彼に託した隠密任務の結果が、一ヶ月もの間、闇に包まれていた。




 シャルルの本性を知り、共に破滅への道を歩む唯一の「悪友」。




 (パリの連合艦隊締結の承認は…、ボナパルトとの面会は、一体どうなった――。)




「くそっ……ない……。ここにも、ないのか……」




 各艦からの補給請求書、山のような公式書類を、無慈悲に床へ叩きつける。



 退屈な社交辞令は、雑巾のように握りつぶして放り出した。




 机の上は、見る間に「不要な情報の死骸」で埋め尽くされていく。




 残ったのは、公式な軍事報告と、忌々しい封蝋が押された書簡ばかり。




「……ルブラン。今どこで何を……っ」



 指先が震えている。



 仮面を被らない、素の男としての言葉が、恐怖と共に漏れ出した。



 士官学校時代からの腐れ縁。



 シャルルという「虚像」を唯一支えていた共犯者の消息が、この手紙の山のどこにもない。



 情報の山をかき分けた果てに見つけたのは、希望ではなく、半身を失ったかのような底冷えする「最悪」の自覚だった。



 その時だった。



 今日の分の手紙を持った伝令が、遠慮がちに部屋をノックした。




「提督、先ほど届いた分をお持ちしました」



 シャルルはその束を、奪い取るように受け取る。



 その中に混じっていた、ひどく場違いな一通。『パリの高級菓子店の、多額の未払い請求書』が、シャルルの目に飛び込んできた。




 一見すれば、部下による無銭飲食の督促状である。




「……? 何だ、これは。こんなふざけたものを……」



 苛立ちと共に破り捨てようとして、シャルルはその筆跡に、心臓を直接掴まれたような衝撃を受けた。



 宛名は別人の名だ。




 だが見慣れたその文字は、微かな乱れの中に、確かな意志を宿している。




 そして、末尾にある「支払期限」の数字の羅列――




 それは、士官学校時代、教官に隠れて二人で考え出した、幼稚で、けれど二人以外には絶対に解けな暗号が並んでいた。




 シャルルの目が、瞬時に情報の海を泳ぐ。



 数字を並べ替え、単語を拾い上げ、その裏に隠された真実を読み取った瞬間。



 憔悴しきった瞳に、灯火のような光が宿った。



「……あはっ」




「ふふ………なんとも、らしいわね」




 喉の奥から、乾いた笑いが漏れる。



 震える指先で、その汚れた紙きれを、傷をおい戦地から帰還した友人をそうするであるように強く、手紙を抱きしめた。



「やってくれた、……ルブラン……!」




 消息すら不明だった二ヶ月。




 連合艦隊の正式承認。ボナパルトとの面会。



 そして――。




『閣下は「漆黒のジュース(コーラ)」がたいそうお気に召したようだ』




 シャルルの肩が、歓喜に震え上がる。



 渚が現れてからの約五ヶ月間。



 カディスでの独断専行、綱渡りのような暴走。




 そのすべてが、正当な「歴史」へと書き換えられた事を告げる。




 もはやこれは、一地方提督の危うい賭けではない。




 

 (パリが、そしてボナパルト本人が、シャルルの敷いたレールを国家の正典として認めたのだ)




 これまで首皮一枚で繋いできた不安定な「事後報告の山」が、この瞬間に、揺るぎない帝国公式の軍事戦略へと昇華された。




「……待ってなさい、パリ。地獄の果てまで、私の暴走に付き合ってもらうわよ」



 シャルルは机の上のゴミを一掃した。



 広げられたのは、埃を被っていた最新のフランス全土と欧州の海図。



 指先がカディスから、荒涼たるピレネー山脈を越え、一直線に花の都パリへと走る。




 ただの『召喚』に応じるつもりなど毛頭ない。



 これは凱旋だ。



 渚がもたらした未来の知恵と、ルブランが整えた政治の舞台。



 そして自分たちが守り抜いたこの海の勝利。



 それらすべてを「手土産」に、皇帝さえも自分のチェス盤の駒として動かすための、壮大な逆転劇。



 シャルルは、最高に不遜で、最高に華やかな「凱旋の物語」を、その鋭い瞳の奥で描き始めていた。



『「私は……みんなで、無事に春を迎えたいです。誰一人欠けることなく、この海で笑っていたい」』




このささやかなる、女神の祈りの為に。

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