表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ナポレオン戦争に迷い込んだ女子大生、おねぇ提督とフランス軍を救います  作者: もふおのしっぽ
第四章:蒸気機関と現代の資格『守り』と『破壊』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

83/127

第78話:再会の言霊

 心臓が、耳元で鐘のように激しくなった。




 目の前に立つ男は、確かに日本語を発した。



 この十九世紀初頭のスペイン、立ち込める霧の中で、あり得ないはずの音が空気を震わせた。




もしこの言語を、渚以外に話す者がいるとするなら。




あの時、実習船から転落した、かつの同級生しかいない。




「探したよ。」




「……な、なるせ…くん」




 渚の喉から、ひび割れた声が漏れる。




 久しぶりに使った母国語は、まるで使い古した機械のようにぎこちなく、自身の肺を焼くほどに重い。




「ずっと、ずっと探してやっと見つけたよ。」



 本来なら、泣いて喜ぶべき再会のはずだった。



 しかし、ゆっくりと顔を上げた渚を襲ったのは、さらなる戦慄だった。



「……」



 違和感。



 目の前に立つ男の顔は、渚の記憶にある「成瀬」とはどこか違っていた。



 年齢は二十代後半から三十代だろうか。



 渚が知っている彼よりも、数年も、あるいは十年近くも時を重ねたような深みと、冷徹な陰りがある。




 何より、その瞳に宿る光が、かつての同級生のものとは思えないほどにくらい。




 私の手を離さずに暗い海の底へと一緒に消えた彼を、一日たりとも忘れたことはなかった。



 けれど、今、全身を支配しているのは、熱い感動などではない。




 肌を刺すような、逃げ場のない「恐怖」だけだった。



 あんなに会いたかったはずの男が、今は、一歩も近づいてほしくない「未知の怪物」に見える。




 本能が、喉の奥で悲鳴を上げていた。




(私の知っている成瀬慎司じゃない…)

 



「……ああ。その呼び方は、少し懐かしいな。渚。」




 男は「名前」を、親しげに、それでいて刃物のような冷たさで呼んだ。




「渚にとっては『昨日』のことかもしれないが……。俺にとっては、もう随分と前だ。この泥沼のような時代で、渚、君の事は忘れたことは無かった…。」




 男――成瀬が、一歩、歩み寄る。



 彼が纏っているのは、霧に紛れるような黒い外套。



 風が彼の黒い外套マントを乱した一瞬、その裏地から**「鮮烈なスカーレット」**が火花のようにのぞいた。



それはフランス軍が決して身につけない、イギリスの誇りそのものの色だった。



「ジャン……ッ! ジャン、逃げて!!」



 渚は反射的に霧の向こうへ叫んだ。




(……成瀬くんは、スペインに流れ着いてたんじゃない…)




 彼は、二年後にフランス艦隊を壊滅させる、あの「最強の包囲網」の側にいるのだ。



 目の前の男が、自分の知っている「成瀬くん」などではない。



 二年後のフィナーレ。



私たちが辿り着くはずの終着駅で、死神として待ち構えている――敵国側の人間だ。

 




成瀬は渚の叫びを気にする様子もなく、その身体を無理やり抱き寄せた。





「渚の『守る』だけの資格と、俺の『破壊』できる資格。この世界を地獄に書き換えられるのは、どっちだと思う?」




「成瀬くん!はな…して」



 だが、成瀬の腕は鉄の鎖のように、彼女を離さなかった。



 その鎖はどんどん渚を締め付ける。



(く、苦しい…息が…)



「渚。お前は日本のテレビで流れる戦争のニュースで泣いた事があったか?紛争のニュースをみて何かを感じた事があったか?」

 


 成瀬は日本のモニター越しに、移す世界にお前は興味があったか、と問いかける。




「人質にされた人間が、そんな場所に行くから自己責任と、処刑されても何も感じなかっただろう?」




 成瀬の目が深淵の闇を、渚に向け、深く深くその闇が浸食していく。




「どんな扱いを受けたと想像した? どんな拷問を受け、どれだけ精神を、感情を、ズタズタに引き裂かれたと――想像したことがあったか…?」




 成瀬の声が、僅かに震える。



 そして頭をきつく抑えていた、手が微かに緩み、渚は警護の軍人がいた場所を振り返った。



「だれ…か!」



 そこには、物言わぬ骸と化した軍人。



 砂浜は黒く濡れ、血液が音もなく大地を侵食していた。



 「いやぁぁぁぁあ!!!あああああ!いやぁー」




 渚をきつく抱きしめる腕に成瀬は更に力を込め、締め上げいく。



「これは、渚、お前の自己責任だと思わないか?」



 渚は「さっきまで守ってくれていた者」に手を伸ばし、泣き喚く。




 (アドリアン、私は…)


 

((私は恐ろしいんだ。ナギサが、無自覚にこの時代を壊してしまうのではないかと……))





 私の無自覚な『悪魔との契約』が、人の命を奪った。



 泣き喚き続ける渚の頭を再度掴み、成瀬は黙らせるように、深く、暴力的な口づけで彼女の唇を奪った。



 

「……んんん…ふー、ふー」



成瀬の背中を叩き、爪を食い込ませて抵抗するが、彼はより一層に圧力をかける様に抱きしめる。




 深く絡められた舌。




 抵抗しようとすればさらに奥まで押し込まれ、意識が遠のいていく。



(い、息ができない…)



 その接吻の奥に、微かに、けれど確信を持って広がる『アンダルシア・コーラ』の味が、渚を絶望の底へと突き落とした。




(成瀬の深い口付けの中、渚の意識が闇へと溶け始める……)



――ピィ、ピピィ、ピィッ!!



 不意に、霧の奥底から鋭い高音が響き渡った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ