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ナポレオン戦争に迷い込んだ女子大生、おねぇ提督とフランス軍を救います  作者: もふおのしっぽ
第四章:蒸気機関と現代の資格『守り』と『破壊』

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第73話:世界を壊す引き金と亡命への誘い

 アドリアンに強引に腕を引かれ、夜道を早歩きで進む。



背後から聞こえるフルトンの「愛のシリンダー」という叫びが潮風に消えても、アドリアンの繋いだ手には、怒りと焦燥が混ざったような強い力がこもっていた。



しばらくの沈黙を破ったのは、アドリアンの低く、震える声だった。



「……ナギサ。先ほどの貴方は、……おかしかった」



「え……。あ、ちょっと……舞い上がっちゃって……」



 船にボンベを持ち込み管理するためだけに取った、一般人には馴染みのない資格。



その地味な資格がこの世界で「女神の知恵」として日の目を浴び、つい熱が入ってしまったのだ。



(我に返ると、死ぬほど恥ずかしい!)



 渚はバツが悪そうに俯いた。



 だが、アドリアンは立ち止まり、街灯の薄暗い光の下で渚の肩を強く掴んだ。



 その瞳はいつになく真剣で、深い絶望に怯えているようだった。



「『逆ネジ』、『破裂板』、『安全率』……。私には意味は解らない。だが、貴方が口にしていた言葉には、この時代の人間が持ってはならない不気味な『理』があった。あの男……フルトン殿は、貴方のその知識に当てられて、狂気に片足を突っ込んでいる!」



「それは……彼が発明家だから、新しい技術に興奮しただけで……」



「いや!」



アドリアンの叫びが夜の静寂を切り裂く。



「貴方は笑って話していたが、先ほどの光景は、まるで悪魔と契約を交わしているようだった。ナギサの未来知識が、もし間違った使い方をされてしまったら……。例えば、船に積むボイラーと言う物が、もっと恐ろしい軍事兵器に転用されたら?貴方が作ろとしているシリンダーが人を殺める物になったとしたら!」



渚は息を呑んだ。



 自分にとっては単なる「炭酸ガスを作る」ためのヒントのつもりだった。



 だがその効率的なシステムこそが、この時代の人間にとっては世界のバランスを根底から破壊する引き金になり得ると、アドリアンは本能で嗅ぎ取っていた。




「私は恐ろしいんだ。ナギサが、無自覚にこの時代を壊してしまうのではないかと……」




「アドリアン……」



「……ホテルに戻ったら、荷物をまとめて。私はシャルル提督に全てを報告する。フルトン殿と貴方の距離を物理的に引き離すよう進言するつもりです。たとえそれが、ボナパルト閣下の不興を買うことになっても!」



 アドリアンの必死な形相に、渚は言葉を失った。



「私は……貴方が取り返しのつかない深淵に引きずり込まれることを、本気で案じている! 貴方のその『光』が、歴史という泥沼に呑まれて曇ることを……。皆が今必死に守ろうとしているのに……!」



アドリアンは渚の肩を掴む手に、思わず力がこもる。



「……ナギサ。貴方が無邪気であればあるほど、周りは生きた心地がしないのだ」



突き放すような、けれど泣き出しそうなその言葉が、渚の胸に深く突き刺さる。



「……ごめんなさい、アドリアン。私、ちょっと……自分のしている事の重大さを、分かってなかった」



ただ、現代の天野渚であった頃の自分を認められた気がして、舞い上がっていたのだ。



重苦しい沈黙が二人を包む。



「……ナギサ。私も少し、言い過ぎた」



ホテルの明かりが見えてくる頃、アドリアンの怒りは静かな決意へと変わっていた。



(……このままでは、ナギサはいつか自覚のないまま、世界を燃やし尽くしてしまう。私が、彼女をこの時代の理の中に繋ぎ止めなくては)



 渚を部屋に送り届けると同時に、アドリアンはそのまま、シャルルのいる執務室へと向かった。




 渚とアドリアンが去った後の工廠は、祭りの後のような不気味な静けさに包まれていた。



フルトンは一人、渚が書き残した「逆ネジ」と「安全率」の図面を、愛おしそうに指でなぞる。



「……カディスには、これを受け止める器がない」



彼は天才だ。



だからこそ、自分の熱情を形にするための「工業力」が、この旧弊な大陸には欠けていることを痛感していた。



大砲を鋳造するのが精一杯のスペイン。



野望ばかりが先行し、精密機械への理解が乏しいフランス。



(パリはもういい。ボナパルトという男には、未来を正しく恐れる繊細さが欠けている)



フルトンは、傍らに控えていた影のように薄い従者に手招きをした。



騎士道精神など微塵もない、汚れ仕事に慣れた男だ。

その耳元で、フルトンは蛇のように冷たく囁く。




「……ジブラルタルの英国海軍に、密使を送れ。……『ナポレオンの女神』と『潜水艇の父』が、最高の土産を持って下るとな」




従者は表情一つ変えず、闇に消えた。




ジブラルタル。



スペインの南端に突き刺さった、イギリス軍の不沈の要塞。



そこへ渚を連れ出すための「舞台」を、フルトンは脳内の設計図の上で組み立て始める。




それは、渚が説いた「保安」の精神を逆手に取った、危うく、爆発的な――国家を裏切るための**「高圧的な計画(亡命ピッチ)」**だった。



(待っていなさい、ナギ嬢。君の求める『完璧なシリンダー』は、宿敵イギリスの鉄でしか作れないのだから……!)



カディスの夜に、反逆の火が灯る。



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