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ナポレオン戦争に迷い込んだ女子大生、おねぇ提督とフランス軍を救います  作者: もふおのしっぽ
第四章:蒸気機関と現代の資格『守り』と『破壊』

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第72話:資格の限界 ――取っておけば良かった、丙種化学。

「ではナギ嬢! この二酸化炭素をどれほどの圧力で水に捩じ込むか、その黄金律(数式)を語り合おうじゃないか! さあ、もっと私を歓ばせてくれ!」



 鼻息荒く、設計図という名のラブレターを広げるフルトン。




だが、対照的に渚は「スンっ」と、急速冷凍されたボイラーのように静まり返った。




(……詰んだ。私の頭の中の教本は、ここで『完』だわ)




 そう。



 渚が持っている『高圧ガス販売主任者(第二種)』という資格は、あくまで完成したガスを**「安全に取り扱う」**ための保安資格なのだ。



 ガスの性質やバルブの法規制には詳しいが、ゼロから製造プラントを設計するような、工学的な「製造」の知識は……完全にスペック外だった。




(勉強不足が悔やまれる……。成瀬くんが持ってた『丙種化学』まで取っておけば、製造工程の数式も分かったかもしれないのに……!)



「……すみません。ここからは、専門外なのです。私は……『壊さない』プロであって、『作る』プロじゃないので……」



「……何だと?」




 フルトンの動きが止まる。



 さっきまで世界の真理を説いていた女神が、急に「素人です」と言い出した。



 あまりの落差に、フルトンの目は激しく泳ぐ。



 だが、絶望に打ちひしがれるフルトンを余所に、渚の脳内は**「バルブ会社と容器会社の回し者」**へと切り替わった。



「フルトンさん、数式は丸投げしますけど、その代わり『容器』と『バルブ』の仕様については私の指示に従ってください。未来のエネルギー商社でも通用する一級品の保安基準でいきますからね!そうでないと作っても売れませんから!」



「ほ、保安基準?」



「まず、バルブのネジは**『逆ネジ』**にします! 誰かが間違えて酸素配管を繋いだら爆発しますから。あと、容器には必ず一定以上の圧力がかかったら勝手に壊れてガスを逃がす『安全弁(破裂板)』を仕込んでください。これは譲れません!」



 渚の口から次々と飛び出す未来の業界標準。



 それはもはや、単なる飲み物作りの域を超えていた。



「容器の厚みはフルトンさんが計算してください。ただし、安全率はあなたの暴走を見越して5倍で見積もってください! それから、完成した容器には必ず、製造年月日と耐圧試験の結果を刻印します。私が管理台帳を作りますから!」



 もはや業界の協会の回し者のようにもなっていた。



「……くっ、ふふふ。……はははは! 素晴らしい! 理論は私に丸投げし、自分は『規格』という名の鎖で私を縛り上げるのか! 君はただの女神じゃない、全工程を支配する管理官ガバナーだ!!」



 フルトンの歪んだ熱情が、臨界点を突破した。



「君がルールを決め、私が図面を作る。完成するのは、歴史上もっとも安全で、もっとも高圧な……我々の『愛の貯蔵庫シリンダー』だ!!」



(……はいはい、愛のシリンダーね。でもね、派手な色はいらないの。外装の塗装は緑か灰色で。――“危険なものほど、静かな色”が基本ですから!さっと図面に起こしてくださいな、商社は基準と納期、そして価格に厳しいんだから!)



 渚が「販売二種」の意地にかけて、1804年のスペインに近代的な管理体制を根付かせようとしていた、その時だった。




「――ナギサ殿。お迎えに上がりました。 さあ……」




 扉を開けたアドリアンは、そこで凍り付いた。



 視界に飛び込んできたのは、床一面に広げられた不気味な図面の数々。


 そこには「逆ネジ」「破裂板」「安全率5倍」といった、およそ19世紀の人間が口にするはずのない不穏な単語が書き殴られている。



 そしてその中心で、渚とフルトンが机を挟み、アドリアンは全くもって専門外の**「どうやって高圧を閉じ込めるか」**の知識を熱く、おぞましく語り合っていたのだ。



「……ナギサ……殿?」



「あ、アドリアン! ちょうどいいところに。今、この『あのジュース』を強制的にシュワシュワさせるための、最強のシリンダーの仕様を決めてたんだよ!」



 フルトンは横で頬を紅潮させ、うっとりと図面を見つめながら呟いている。



「ああ……。私の高圧な理論を、ナギ嬢の保安基準という名の鎖が完璧に縛り付けてくれた。これぞ愛のシリンダーから産み落とされる、至高の処女作プロトタイプになるはずだ……」



 アドリアンの顔が、見る間に引きつっていく。



「ナギサ殿……。此処にいてはいけません。今すぐ帰る準備を!」



 アドリアンは、もはや恐怖すら感じていた。



 愛する少女が、自分の知らない「業界用語」に染まり、変態発明家と「強度の最適解」について通じ合っている異様な光景に。



 全力で渚の腕を引き、連れ帰るアドリアン。



 背後では、フルトンが「また明日だ、私のガバナー! 明日は実際に鉄を叩き、我々の欲望を形にしようじゃないか!」と、キモさ全開で手を振っていた。


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