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ナポレオン戦争に迷い込んだ女子大生、おねぇ提督とフランス軍を救います  作者: もふおのしっぽ
第四章:蒸気機関と現代の資格『守り』と『破壊』

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第64話:来訪者と、漆黒の加護

1804年1月下旬、カディスの港。




冬の冷たい海風を切り裂き、一人の男がタラップを降りた。



ロバート・フルトン。



かつてパリでボナパルトに「嘲笑された」発明家は、今や第一執政直々の親書を携え、この地に降り立った。




「ここか……。私の『夢』を拾う者がいるという場所は」




港では、シャルル、アドリアン、ルブラン、そして渚が彼を迎え入れた。



フルトンは渚を一目見るなり、深々と頭を下げ、その手を取った。



「貴女が『東洋の賢者』ナギ嬢ですね! ボナパルト閣下から伺っております。私の理論を補完し、鋼の筒に神の吐息(高圧ガス)を封じ込める、比類なき科学者だと!」




「えっ……科学者……?」




渚は引きつった笑顔で固まった。



ボナパルトの脳内で、自分の「炭酸レシピ」がどう歪曲されて伝わっているのかと。



あの第一執政は『炭酸を水に圧入できるなら、蒸気をシリンダーに叩き込むのも同じ理屈だ』と、結びつけてしまっているようだった。



「(科学者じゃないんだけど……訂正したほうがいいのかな……いや、でも今は否定したらフルトンさんはガッカリするのかな……)」



渚の困惑をよそに、フルトンは「閣下は、貴女の助言があれば私の蒸気機関は完成すると仰った!」と、少年のような熱量で語り続ける。



 彼の瞳には、純粋な探究心だけでなく、自分の夢をあざ笑った者達への狂信的なまでの復讐心が混じっていたが、渚は知る由もなかった。




三日後:カディス郊外



フルトン到着の喧騒から三日。街外れの街道には、冬の朝霧が重く垂れ込めていた。


今日はルブランが、連合艦隊の締結における「最終手続き」と「献上品」を携え、パリへ向かう日である。



彼の前には、頑丈な四輪馬車と、厳重に梱包された「ボナパルトへの献上品」が並んでいる。



「いいか、ルブラン。それはただのジュースじゃない。フランスの、いいえ世界の未来を左右する『爆弾』よ。取り扱いには細心の注意を払いなさい」



シャルルが、扇子で馬車の荷台を指しながら告げる。



そこには、シャルルの指示で渚とジャンが徹夜で調合した、最高濃度のコーラシロップ――「漆黒の原液」が5パイント分収められていた。




この甘美で依存性の高い劇薬が、ボナパルトをさらなる天才へと加速させるのか、あるいは彼を壊し、自分たちを「毒殺者」として断頭台へ送るのか。



これはシャルルにとっても、最大級の賭だった。



「わかっているさ。……だが、俺にとってはトラウマの塊だがな」



ルブランは苦笑いし、かつてこの液体に悶絶した記憶を振り払うように頭を振った。




そこへ、渚が一つの小さな瓶を差し出す。



それは献上品とは別に、彼個人のために用意されたものだった。



「ルブランさん、これ……」




「おっと。またその黒い悪魔か? パリに着く前に俺を片付ける気かよ」



「これは、こっそり分けておいた物です。ピレネーを越えるとき、どうしても寒くて動けなくなったら、お湯で割って飲んでください。体を内側から温める薬膳になります」



渚の瞳は、いつになく真剣で、慈愛に満ちていた。



冬のピレネー山脈越えは命懸けだ。



自分を支えてくれた「悪友」への、彼女なりの精一杯の祈りだった。




「……ナギ殿」




ルブランは一瞬、言葉を失った。



いつもおどけて、シャルルの無茶に文句を垂れていた彼が、その真っ直ぐな慈愛の眼差しに、完敗を認めるように吐息を漏らす。




彼は抗えない引力に引かれるように、彼女の細い肩を抱き寄せると、その額に、静かだが深い誓いを込めた唇を落とした。



「なっ……! ルブラン殿、何をして……!」



「あら、いいじゃない。素敵よ」



慌てふためき剣の柄に手をかけるアドリアンと、対照的にくすくすと喉を鳴らすシャルル。



顔を真っ赤にして固まる渚を、ルブランは悪戯っぽく、それでいて名残惜しそうに見つめ、馬車へと跳び乗った。



「女神の祝福キスをいただいたんだ! これで冬のピレネーも、地獄の業火に守られているようなもんだな!」



馬車がゆっくりと動き出す直前。



ルブランは御者台から身を乗り出し、見送りの輪から一歩下がったシャルルの傍で、声を極限まで潜めた。



「……シャルル、忠告だ。あのフルトンとかいう男、気をつけろ」




「……」





「一度見限られた男が、ボナパルトの一言でホイホイ船に乗りカディスに現れた。……あの男の目、夢を見ているだけのようには見えない。」



シャルルの瞳が、鋭い軍人のものに変わる。



「……承知したわ。」



「じゃあな。パリで閣下に、あんたの『可愛げのない活躍』をたっぷりと報告してくるよ」



ルブランを乗せた黒い馬車が、石畳に乾いた蹄音を響かせ、北の霧の中へと消えていく。



その去りゆく背中を見つめながら、渚は自分の指先が微かに震えていることに気づいた。



それは親しい友と離れる寂しさだけではない。もっと冷たく、胃の底がせり上がるような、正体不明の「恐怖」だった。



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