第59話:剥がれ落ちた仮面と、地獄の試飲
カディスの港近く、潮風が吹き抜ける廃倉庫。
そこに、軍靴の音を響かせて現れたのは、本来ならこんな埃っぽい場所にいるはずのない三人の影だった。
「……あら、ここかしら? あの子たち、ホテルを追い出されたと聞いたけれど、随分と寂しいところにいるのね」
扇子をゆらゆらと動かしながら、シャルルが眉をひそめる。
その後ろには、油断なく周囲を警戒するアドリアンと、退屈そうにしながらもどこか浮ついているルブランが続いていた。
「シャルル提督、周りを見てきます。先ほどまで作業していた痕跡がありますから、近くにいるはずです」
「おいおい……なんだこの匂いは。喉を焼くような甘ったるい香りに、土が焦げたような不気味な臭いが混じってやがる。とてもジュースを作っている工場とは思えんな」
ルブランが毒づきながら倉庫の中を覗き込む。
テーブルの上には、茶褐色の液体が入ったティーカップがいくつか並べられていた。
傍らにはレモンのスライス。どう見ても「新作の紅茶」を試作しているようにしか見えない光景だ。
「あら、新しい紅茶の試作かしら? ナギもジャンもいないけれど……喉が渇いたわ。少し毒見してあげましょう」
シャルルは優雅な所作でポットからティーカップにそれを注ぎ、ためらいなく一口、含んだ。
――ガチャン!!
静寂を切り裂いたのは、陶器が砕け散る音だった。
ちょうどその時、渚、ジャン、レオノールの三人が、アドリアンに連れられて倉庫に戻ってきた。
「シャルル様……それ……まさか……」
渚の声が震える。
そこに立っていたのは、かつて誰も見たことがないほど無残に顔面を歪ませたシャルルだった。
眉間には深い溝が刻まれ、口元は猛烈な拒絶反応で引きつり、瞳には暗殺を疑うほどの鋭い殺気が宿っている。
「「「ひ、ひえええええ……っ!!!」」」
三人はその「美貌の崩壊」に総毛立ち、一歩、また一歩と後ずさった。
それはスパイスと砂糖を混ぜる前の、**コーラナッツを10%濃度で煮出しただけの「純粋な拷問薬」**だったのだ。
「(……ゴホッ! ……ッ、……ッ!!)」
激しく咳き込み、テーブルに手をつくシャルル。
喉を焼くのは、暴力的なまでの苦渋味と、湿った土を凝縮したようなエグみ。
「……ッ、プッ、……クククク!! ハハハハハ!!!」
静寂を破ったのは、ルブランの爆笑だった。
「シャルル、お前そんな顔、士官学校の泥まみれ訓練以来じゃないか! おねぇが完全に剥がれてるぞ! 何を飲んだんだそれは!」
「…………ル……ブラ……ッ!!」
顔を上げたシャルルの声には、もはや猫を被った艶っぽさなど微塵もなかった。
低く、地を這うような、本物の軍人の威圧感。
「……黙れ。殺すぞ。……喉が、舌が、腐り落ちそうだ……ッ!!」
「シャルル提督!! まさか毒か!? 誰か、蒸留水を持ってこい! 閣下の口に毒素が残ってしまう!!ナギサ、ジャンこれは一体なんなのだ!!」
アドリアンが顔面蒼白で室内を飛び回り、絶叫する。
その狂乱の中で、シャルルは震える指で渚たちを指した。
「……答えろ。今、私は……人生で一番、不味いものを口にした。……何を煮出した、ジャン、ナギサ……ッ!!」
渚は、震えながら理解した。
シャルルの「おねぇ」は完璧な仮面であり、その本質は、戦場を支配する恐ろしい「男(軍人)」なのだと。




