表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ナポレオン戦争に迷い込んだ女子大生、おねぇ提督とフランス軍を救います  作者: もふおのしっぽ
第三章:フランス・スペイン連合艦隊

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/129

第56話:運命を狂わせる「炭酸(圧力)」

1803年12月末、カディス



渚は、机の上に広げられた複雑な図面を前に、めまいに似た無力感に襲われていた。



第一執政ナポレオンが強引に押し付けてきた「鋼の心臓」――蒸気機関の構築。




それは、現代のレシピや衛生知識でしのいできた渚には、遥かに超える難解な命令だった。



(……これ、私じゃ無理だ。成瀬くんだったら、きっと一瞬で理解できたんだろうけど……)



「……シャルル様、アドリアンさん。やはり、これは私では不可能です」



絞り出すような渚の告白に、シャルルが眉を上げた。



「弱気ね。だが、ボナパルト第一執政からは、ある『技術者』をこちらへ向かわせていると伝令が入っているわ。1月中にはカディスに到着するはずよ」



(技術者を送り込んでまで…)



渚は驚きに目を見開いた。



ただのジュース事業から始まった自分の行動が、今や歴史に名を残す発明家たちをも巻き込み、巨大なうねりとなって動き出している。




その中心に自分が立たされている事態に、背筋が震えた。




ジブラルタル、同時刻

地中海の要衝、ジブラルタル要塞。



その一角にある高級ホテルの一室で、アーサーは怒りに声を震わせていた。



「フルトンがパリを離れ、カディスへ向かっているだと……!?」



報告を受けたアーサーの脳裏には、数日前までの確信があった。



イギリス政府と密約を交わし、間もなくロンドンへ亡命してくるはずだった発明家、ロバート・フルトン。



彼がなぜ、土壇場で敵陣の中枢であるカディスへと進路を変えたのか。



アーサーは迷いなく、部屋の奥に鎮座する豪奢な寝台へ歩み寄った。



そこには、かつての華やかさを失い、シーツの白さに溶けてしまいそうなほど蒼白なルカが横来している。




「起きろ、ルカ! 答えろ……お前を闇に落としめるあの『光』は、今度は何をしようとしている!?」




アーサーの強い手が、眠りに逃げ込もうとするルカの肩を掴んで叩き起こした。




無理やり現実へと引き戻されたルカは、焦点の定まらない瞳でアーサーを見上げると、喉の奥から絞り出すような、か細い笑い声を漏らした。




「お前は言っていたはずだ。フルトンはイギリスのために、水中から獲物を捕らえ、魚のように敵をドーバーの底へ沈めると! なぜ奴はカディスへ向かっている……!」




「……ああ、本当に面白いよ、渚……。そうだね。君の作るレモンジュースには、炭酸ガスの圧力がよく合うだろう……。ふふ、ははははは!」




うわごとのように繰り返される不敵な笑い。



それは狂気そのものだった…。



「渚、最高のビジネスだ……」



「ルカ! 説明しろ!」




苛立ちと焦燥に駆られたアーサーの手が、ルカの頬を鋭く打ち抜いた。



乾いた音が静寂を切り裂き、ルカの端正な顔が横に振られる。



切れた唇から一筋の鮮血が流れ、白いシーツに真っ赤な染みを作った。



しかし、ルカはその痛みさえも慈しむように、濡れた瞳でアーサーを凝視した。




「……私に、玩具おもちゃをください。あの、可愛く可憐な、とても愛おしく……そして、とてつもなく……憎い……あの玩具を……」




一筋の涙がルカの頬を伝い、鮮血と混じり合う。



その壊れそうなほどに歪んだ熱情に、アーサーは突き動かされるようにルカを激しく抱きしめた。




「やろう。それが、お前が初めて口にした望みであるなら」




アーサーの低い声が、ルカの耳元で冷徹な誓いとなる。




「必ず、その女を捕らえ、お前の元にくれてやろう。……して、その『光』は何を企んでいる?」



腕の中で、ルカが消え入るような声で囁いた。




「蒸気汽船の知識でしょう……」



「何だと……? ボナパルトが鼻で笑い、不要と言って追い出したあのガラクタが、なぜ今さら?」



アーサーはルカを突き放すように立ち上がると、扉の外へ向かって裂帛れっぱくの気合で叫んだ。



「伝令! 直ちに部隊を編成しろ! 目標はカディスへ向かうロバート・フルトン、および渚という名の東洋人の女だ。手段は問わん。奴らを捕らえ、生きてこのジブラルタルへ連れてこい!」



ついに、イギリス軍の精鋭が「女神」の捕縛に向けて動き出した。



カディスへ向かうフルトン。彼を待つ渚。そして、その背後に迫るアーサーの執念。



1804年を迎えようとする海が、かつてない嵐に包まれようとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ