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ナポレオン戦争に迷い込んだ女子大生、おねぇ提督とフランス軍を救います  作者: もふおのしっぽ
第三章:フランス・スペイン連合艦隊

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第51話:脱出と変身、カディスの太陽の下へ

ホテルのスイートルームはこの一週間、刺激的な香りに包まれていた。



 レオノールが渚の指示で買い集めてきたスパイスの山。



そして軍医のジャンが持ち込んだアルコールランプやフラスコ。


そこは一種の実験室と化していたが、開発は完全に行き詰まっていた。



「……うーん。やっぱりアレが足りない。ナポレオンさんが好むような、脳にガツンと効く成分が……。このままだとただの薬膳シロップだよ…」



 狙っているのは現代の「エナジードリンク」のような覚醒作用。



だが、渚の知識のカフェインはコーヒーや茶葉で止まっており、高カフェインな植物など皆目見当がつかなかった。



「コーヒー豆を濃く煮出せば、エスプレッソコーヒーになっちゃう。それなら今まで通りコーヒー飲めば良いわけだし……」



机に突っ伏してぶつぶつと呟く渚。


煮詰まった空気を見かねて、レオノールが声を上げた。



「もう! そんな難しい顔してたら名案も逃げちゃうわ。ナギ様、これに着替えて!」



 レオノールが広げたのは、鮮やかな刺繍が施されたコットンのドレスだった。



フランス貴族の重苦しい装いとは正反対の、健康的で機能的な市民の服だ。



「ええっ!? こ、これ、私が着てもいいの!?」



 渚は目を輝かせた。


生地は軽く、袖は腕の動きを妨げない。


何よりも、あの息苦しいコルセットを必要としないデザインだった。



「かわいいー! コルセットもいらないなんて……! ドレスに比べてなんて機能的なの!」



 袖を通し、腰帯をきゅっと締める。


その瞬間、肺がどこまでも大きく広がる感覚に、渚は久しぶりの「呼吸の自由」を噛み締めた。



レオノールは手早く渚の髪をまとめ、可愛らしいサイドポニーテールへと結い上げた。



一瞬にして、生命力に溢れる「街角の少女」へと変貌を遂げた。



「完璧! さあ、足りない材料を探しに市場へ出発よ!」



 渚は喜び勇んで駆け出そうとしたが、ふと足を止めた。



「……ねえ、レオノール。私たち、ホテルを出てもいいの? フランス軍に缶詰めにされてるのかと思ってたんだけど……」



「大丈夫よ! 安心して。この港は、うちの父さん(ロドリゴ)が隅から隅まで見張ってるんだから。フランス軍さんの目より、父さんの傭兵仲間の目の方がずっと確実よ」



 背後でジャンが「さすがスペイン軍が雇う傭兵だ……。フランス軍の警備網より頼りになるとはな」と苦笑しながら荷物をまとめる。



 一歩、外へ踏み出すと、12月でもまだ暑い太陽と潮の香りが渚を包んだ。


久しぶりの日光に一瞬たじろいだが、石畳を叩く靴の音と、弾むサイドポニーテールが彼女の背中を押した。



コルセットのない胸で思い切り吸い込んだ空気は、驚くほどスパイシーで自由な味がした。



「よし! 市場をくまなく見てまわろう!」



 活気溢れる市場を歩きながら、渚はまた独り言を始めた。



「……そもそも、コーラのカフェインって何なの? 現代じゃ当たり前すぎて考えたこともなかったけど、やっぱりコーヒー豆じゃない何かが……」



 その呟きを聞き咎めたレオノールが、不思議そうに首を傾げた。



「ナギサ様。さっきから『コーラ』って言ってるの……それって、『コーラナッツ』のこと?」



「え?」



 渚は足を止め、レオノールを二度見した。



「今、なんて言ったの? コーラ……ナッツ?」



「そうよ。あっちの店によく転がってるわ。アフリカの奴隷船の男たちが、元気を出したり喉の渇きを癒したりするために噛んでる、すっごく苦い木の実」



 渚の頭の中で、バラバラだったパズルが音を立てて繋がった。



「ええええっ!? コーラって、『木の実の名前』だったの!?」



「えっ、そうだよ!? 名前は知ってるのに正体を知らなかったの?」



 現代では飲み物の名前でしかない「コーラ」が、この時代では「得体の知れない実」として実在している。



「レオノール、それよ! その実を買い占めるわよ!」



 渚はドレスの裾を翻し、店へと走り出した。


埃を被った籠の中に、ごつごつした褐色の実を見つけた瞬間、確信が走る。



これこそが最強の覚醒飲料の名前にもなってる実…。



 歓喜する渚だったが、ふと思いついてジャンを少し横に引っ張った。



「ねえ、ジャン。……ついでに聞くんだけど、この市場に『コカ』っていう植物はある?」



「ん?コカ? うーん、聞いたことがないな」



 ジャンの返答に、渚は「……そっか。良かったぁ」と、心の底から安堵のため息を漏らした。



(良かった……。あれは、あったとしても絶対に使っちゃいけないものだから。この時代にまだ広まってなくて本当に助かった……!)



 もし現代のコーラの「初期レシピ」の様に、コカの葉っぱを使ったら、フランス軍とスペイン軍が滅茶苦茶になりかねない。



「ナギサ様? その『コカ』とやらは、そんなに素晴らしい薬効が?」



「あれは……いや、いいの私の勘違い!忘れて!」



 渚の並々ならぬ気迫に、ジャンはよく分からないが頷くしかなかった。



「よし! じゃあ、このコーラナッツで試作しよう!」



 渚が震える手でそのナッツを掲げ、満面の笑みを浮かべた、その時だった。



「――ナギサ殿!?」



 背後から、驚きと焦燥が混じった、聞き慣れたアドリアンの声が響いた。


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