第46話:スペインの太陽と、漆黒の確信
翌朝。
ナギが滞在するホテルのスイートルームに、ロドリゴが大きな麻袋を担いで現れた。中には昨日約束した、驚くほど質の良い、真っ白な砂糖が詰まっている。
だが、ナギとジャンの目が釘付けになったのは、その砂糖……ではなく、彼の後ろに立つ**「見かけない女の子」**だった。
「(……どちら様?)」
ナギとジャンが、全く同じタイミングで小首を傾げる。
そこにいたのは、15歳くらいだろうか。
スペインの強い陽光を浴びて健康的に日焼けした肌、意志の強そうな大きな瞳。
ひまわりのように明るく、けれどどこか大人びた雰囲気を持つ、スペインらしい少女だった。
「よう、ナギ殿、ジャン先生。……昨日、ナギ殿がお風呂からなかなか出てこなかったと言ったら、アドリアン様が『ジャンだけでは身の回りの世話が心配だ。女性をつけたい』と仰るので、連れてきた」
ロドリゴがニカッと笑うと、隣のジャンが「うっ……」と呻いて、気まずそうに眼鏡を押し上げた。
軍医として研究には私心がないつもりだが、うら若き乙女の入浴管理まで任されていた事実に、改めてうろたえたらしい。
「Bonjour. Je m'appelle Leonor.(こんにちは。レオノールよ)」
少女――レオノールは、流暢なフランス語で挨拶した。スペインの太陽のように眩しく、可愛らしいその姿に、二人は一瞬見惚れてしまう。
「……ロドリゴ。失礼だがどこの娘だ?」
「みてわかんのか?俺の自慢の娘だ」
その瞬間、ナギとジャンは顔を見合わせ、**「(似てない……!)」**と同時に心の中で叫んだ。
岩のような大男のロドリゴと、可憐なレオノール。
二人の驚愕が重なったリアクションに、ロドリゴは怪訝そうな顔をする。
「なんだ? なんかあるのか?」
「い、いえ! なんでもありません!」
渚が慌てて手を振ると、レオノールはクスクスと笑いながら、ナギの前に歩み寄った。
15歳にしては面倒見がよく、むしろ渚の方が幼く見えるほどだ。
「ナギ様、よろしくね。お父様の仕事(用心棒)を手伝ってるから、港のことなら何でも知ってるわよ。どこに最高の香辛料があるかもね」
レオノールは机に積まれた材料を賢そうな目で見つめ、ナギにウインクした。その頼もしさは、まさに港の裏の支配者ロドリゴの娘そのものだった。
「よろしく、レオノール」
二人はしっかりと握手をした。
ナギはロドリゴが持ってきた上質な砂糖に触れ、確信を持って呟いた。
「……やっぱり『アレ』が作れるかもしれない! 砂糖さえ手に入れば、あとはだいたい目星がつく。……エネルギーの糖、カフェイン、そして香辛料。たしかに昔は薬として飲まれていた。いまでも……不眠不休で戦うための、美味しい最強の『黒い薬』が!」
ナギの全身から、かつてないほどのやる気がみなぎる。
その隣で、軍医ジャンは眼鏡の奥の瞳を熱く燃やし、ナギに吸い込まれるような視線を注いでいた。
「……なんだかどんどん禁断の劇薬じみてくるな」
ジャンは不敵に微笑み、ナギの覚悟を受け止める。
「俺も、最後まで楽しませてもらうよ。……さあ、調合を始めようか」
「ええ! 私も全力でお手伝いするわ、女神様!」
レオノールが弾けるような笑顔で割って入る。
「だって、あなたがこの街に来てから、港のみんなの顔がずっと明るくなったんだもの。お父様も私も、ナギ様のためなら何だって揃えてみせるわ!」
こうして、1800年代のスペインに、歴史を揺るがす「黒い液体」の甘い香りが漂い始めた。




