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敗北確定のフランク軍にタイムスリップしたので、未来知識で滅亡フラグをおねぇ提と回避します!  作者: もふお


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第5話:コンセイエ(諮問官)の初陣

重厚な扉が左右に開かれ、シャルルを先頭に三人が甲板へと踏み出した。


そこには、持ち場についてもなお動揺を隠せない五百人の男たちの視線が、津波のような圧力となってナギサに押し寄せた。


(……あと、二十分。もう猶予タイムリミットがない)


渚は軍服の袖の中で、激しく震える指先を必死に握りしめていた。


その時だった。甲板を吹き抜けた「風」が、渚の頬を撫でる。


「っ……はっ!?」


渚は息を呑み、天を仰いだ。肌にまとわりつく、熱を帯びた異常な湿り気。そして、鼓膜を圧迫するような、奇妙な静寂。それは独学で叩き込んだサイクロンの観測データが示す「嵐の入り口」そのものだった。

(この空気……教科書で読んだ、あの巨大台風が来る直前の『嵐の静けさ』と同じだ!)


水平線の彼方、空の筋雲が不気味に収束していく。あとわずかな時間で、この海域一帯は地獄に変わる。確信が、渚の恐怖を「覚悟」へと塗り替えた


三人が並んで歩く中、提督の隣に立つ見慣れぬ「少年」に対し、甲板にどよめきが走った。


「……おい、あんなガキ、いつから乗ってたんだ?」


「昨日、網にかかった漂流者のネズミだろ。提督の着せ替え人形にされたのかよ」


その瞬間、アドリアンが無言のまま首だけを向け、氷のような眼差しで水夫を射抜いた。


「……貴公。今、何と言った」


背後の海兵隊員が銃を構え直す。水夫は顔面蒼白で平伏し、逃げるように持ち場へ戻った。

シャルルは一歩前に出ると、甲板の全乗組員に向けて声を張り上げた。


「総員、聞け! この者はナギ。これより、わが直属の諮問官コンセイエとして、この艦の進路を決定する権限を与える!」


「諮問官だと!? あんな子供が!」


「提督、正気ですか!」


声を上げたのは、顔に深い傷跡を持つベテランの掌帆長マスターだった。


「北西は悪名高き暗礁地帯だ! 潮の読みを数インチ違えただけで、この巨艦の腹は裂かれる。あんな素性も知れぬ小僧に舵を預けるなど……心中するなら、嵐に呑まれる方がまだマシだ!」


そこへ、操舵室から一人の若手士官が転がるように駆け寄ってきた。


「アドリアン副官! 報告します! 航海長より、水銀柱が底を抜ける勢いで急降下していると! 観測不能です!」


「何だと……!?」


アドリアンの顔から血の気が引く。**二時間前、完璧に計算したはずの天測地点から、艦は異常な速度で流されていた。**太陽が隠れ、もはや六分儀による修正も不可能だ。彼が修めたエリート教育のすべてが、今、この艦が「死の海域」へ吸い込まれていることを告げていた。


「行け(Allez)!!」


シャルルの鋭い怒号が甲板を震わせた。


「……っ、総員、配置に付け! 掌帆長、舵輪を確保しろ!」


アドリアンの怒号に、掌帆長は歯を食いしばりながら叫び返した。


「……応! 野郎ども、総掛かりだ! 死ぬ時は一緒だぞ、小僧!」


屈強な水夫たちが八人がかりで、巨大な二連舵輪に左右から取り付いた。


アドリアンは渚を抱えるようにして、操舵輪の真横、一段高い指揮官用の位置へと引き上げた。


「ナギ、指示を! 貴公の言葉を、私が艦への軍令とする!」


その叫びは、苦渋に満ちていた。

代々続く海軍将校の家に生まれ、数多の航海術の試練を乗り越えてきた彼にとって、昨日の「ネズミ」に艦の命運を預けるなど、末代までの恥にも等しい。


だが、自らの知識が「全滅」を確信させる今、目の前の少女が語る「生」への無謀な賭けに縋るしかなかった。


(……この私が、得体の知れぬ漂流者にすべてを委ねるというのか!)


アドリアンは、軍服の襟元を握りしめるほどに指を白くさせた。その瞳には、渚に対する拭いきれない不信と、己の無力さを噛み締めるような激しい悔恨が散っている。


「面舵、十五度! そのままキープしてください! 潮の流れに船首をぶつけます!」


渚の叫びを、アドリアンが腹の底から響く怒声へと変換する。


「面舵十五度! 戻すな、回せェ!!」


「おうよォ!!」


水夫たちの咆哮と共に、巨大な舵が回転する。直後、天を割るような落雷が海面を叩き、水平線の彼方から「黒い壁」のような大嵐が、恐るべき速度で迫り来た。


突風が吹き荒れ、パウダー・モンキーの少年が甲板を転がった。


「危ない!」


渚は反射的に身を乗り出し、少年の手を掴んで引き寄せた。直後、彼がいた場所を、強風で引き千切られた重い滑車が直撃し、甲板を粉砕した。


荒れ狂う波飛沫の中で、渚は目を見開いた。


「暗礁の配置は頭に入っています! 私の言う通りに舵を切れば、絶対に沈ませません!」


渚は、胸のさらしが食い込む痛みも忘れ、暗礁の迷路へと指を差した。その瞳には、アドリアンの誇りも、水夫たちの不信も、すべてを飲み込んで超えていく「確信」だけが宿っていた。

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