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ナポレオン戦争に迷い込んだ女子大生、おねぇ提督とフランス軍を救います  作者: もふおのしっぽ
第三章:フランス・スペイン連合艦隊

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第44話:黄金の檻のバカンス ― 女神が知らない血の跡 ―

「……ふぁあああ……幸せすぎて溶ける……。これだよこれ、これが人間文化の極みだよ……」


カディスの夕日が差し込むバスルーム。


渚は、溢れんばかりのお湯が溜まったバスタブの中で、完全に骨抜きになっていた。


高級石鹸の泡に包まれながら、渚はお湯を指で弾いて、ふとこの二ヶ月を思い返した。


(……ちょうど二ヶ月、なんだよね。あの真っ暗で、カビ臭い船で目を覚ましてから)


10月中旬、何も分からず放り込まれた1803年の世界。


不潔な軍艦、壊血病の恐怖。


そして三週間前。


大きな艦隊を残し、シャルル様の船隊だけ先に沖へ出ようとしたあの日ー…


まだ微かに薄く黄色く残る痣…


(……あの時、シャルル様たちはすごく険しい顔をしてた。今はこうして、ディエゴ提督が用意してくれた豪華なホテルで、お風呂まで入れて……。本当に、全部が良い方向に変わったんだよね)


「おい、ナギ。生きてるか? もう三十分以上入ってるぞ。のぼせて倒れられても困るんだが」


脱衣所の向こうから、ジャンの遠慮のない声が飛んでくる。


「大丈夫だってば! ああ、でもジャン、見てよこの石鹸の泡! しかもオレンジの香りがするんだよ? もうこれ、実質、現代のバカンスだよ……」


「現代の……なんだって? まぁ、あんたが変な言葉を使うのは今に始まったことじゃないけどさ」


ジャンは扉の向こうで、バケツで湯を運んできた兵士たちを追い返し、やれやれと肩をすくめた。


「その『バカンス』を維持するためには、結果が必要なんだ。……シャルル提督やアドリアンは今も不眠不休で追ってるんだから。それに――」


「?」


「……いや、なんでもない。とにかく、外が血生臭いのは相変わらずだってことだ」


『一度沖に出た本当の理由』――


街の裏側で繰り広げられた異端審問官との騒動。


喉の奥で飲み込んだ。


シャルルからは厳命されている。


『ナギには、綺麗なものだけを見せておきなさい。泥を啜るのは、私たちよ』


「……とにかく! シャルルたちが戦ってる間に、俺たちはボナパルトを納得させる物を作らなきゃいけないんだ」


事後報告ですべてを押し通し、あまつさえ賠償金まで絡めた一大事業に発展させてしまった。


シャルル提督が切った大博打のツケを払うミッションなのだ。


「……うん、そうだね。」


渚はお湯を指先で弾いた。


自分が知らないところで、誰かが自分を守るために戦っている。


その気配は感じるけれど、今は信じて、自分の役割を果たすしかない。


「よし!」


渚はバシャッとお湯を跳ねさせて立ち上がった。


「二ヶ月、死なずこれた。今はそれだけで十分だ ……ジャン、上がったらさっそく『ボナパルトさん特製レシピ』の実験、始めよう!」


「へいへい。温かいレモンジュースでも用意して待ってるよ、女神様」


扉の向こう、廊下ではロドリゴが「……騒がしいな」と独り言をこぼしながら、不器用に腕を組んで立っていた。


ロドリゴは無言で、その「無知な平和」を死守するように、さらに深く腰の剣を握り直した。


高貴な血でさえも容易く流れるカディスの街に、この明るい声は、確かに不釣り合いで、そして――何よりも守る価値があるものに思えた。

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