第38話:至宝グラビーナの「黄金バブル」
カディスの提督執務室。
私、フェデリコ・グラビーナは、震える手で海図の上に積まれた銀貨の袋を撫でていた。
本来なら、今頃イギリスの封鎖をかいくぐり、フランスへ「奪われていく」はずだった重みが、ここにある。
「……信じられん。本当に、この銀をすべて我らの軍事費として残していいのか?」
「もちろんですとも、閣下! はっはっは!」
扉を蹴り開けて入ってきた猛将ディエゴの顔は、火を吹く大砲よりも熱い。
「アドリアン殿が、ボナパルト閣下への報告書を完璧に書き換えました!
『現金徴収はリスクが高い。よって、これを現地工場への投資に振り替え、フランス軍の恒久資産とする』……と!」
つまり、こういうことだ。
フランス軍がジュース原液を買えば買うほど、その売上が帳簿上の「賠償金」として相殺される。
フランス軍から引き出した金を、そのまま返すだけ。
マドリードから持ってきた銀貨は一銭も渡さず、まるまる我らの軍事費だ!
「なんという錬金術だ……。連合を組むだけで、利益がすべて我らのものになるというのか!」
私は、こみ上げる笑いを必死に抑えた。
給料未払いで飢え、病死を待つだけだった地獄は、もうどこにもない。
「閣下、窓の外をご覧なさい!」
窓を開けると、カディスの街は見たこともない熱気に包まれていた。
工場の仕事を得た民衆が歌い、給料を得た水兵たちがシェリー酒を浴びるように飲んでいる。
「閣下! 我がスペイン艦隊の士気は最高潮です! 兵たちは『女神とシャルル提督のためなら、地獄まで漕いでいく』と息巻いておりますぞ!」
「素晴らしい……。これぞ、真の『連合』だ!」
スペインを苦しめていた絶望の壁が崩れ、代わりに見えたのは、最高に『儲かって』『強くなれる』黄金の海路。
「よし! ヴィルヌーヴ殿が正気に戻る前に、すべてを既成事実にするぞ! 浮いた予算で全艦を塗り直し、最新の火薬を買い占めろ! 今日から我らは、フランス軍を最高のお得意様としてお迎えする!」
「合点承知! 女神万歳! 連合艦隊万歳だ!」
1803年、11月。
本来なら冬の冷風に凍えるはずだったカディスは今、女神がもたらした「黄金の熱狂」に包まれている。
(神よ! 私はこの最高にウハウハな冬を、全力で楽しませていただきますぞ!)




