第4話:鉄の鎧、祈りのおねぇ
「……ふふ、あつらえたようね。立派な若君だわ」
シャルルが掲げた鏡の中にいたのは、未来の女子大生ではない。
濃紺の軍服を纏った、凛々しくも儚げな「少年士官」だった。
渚は胸の圧迫感に耐えていた。
女であることを隠すため、シャルルの手で晒を何重にも巻かれたのだ。
(苦しい……。でも、これがこの世界で生き抜くための『鎧』なんだ)
シャルルが渚の肩に手を置き、鏡越しに囁く。
「この服……本当は、私の姉様のために仕立てられたものなの」
シャルルの瞳に、一瞬だけ深い影が宿った。
十年前。政略結婚で海を諦めた姉が、泣きながら弟に託した形見の軍服。
『私の代わりに、貴方が自由な海を往くのよ』
その遺志を継ぐため、シャルルは自らの中に「姉」を宿したのだ。
「Je suis heureuse(私は幸せよ)、ナギ。……ブラーバ(Brava)、私の士官候補生」
渚は一瞬フリーズした。
今の言葉は女性形……。
(……この人、ただのおねぇじゃない。海に出られなかったお姉さんの人生を、背負って生きてるんだ)
それは、祈りにも似た狂気だった。
ここで保護されるだけの「小鳥」でいたら、確実に見限られ、殺される。
「……提督。私の知識を、あなたの剣として使ってください」
渚は震える声で、真っ直ぐに提督を見据えた。
シャルルは満足げに目を細める。
「ええ、いいわ。期待しているわよ、ナギ」
だが、シャルルが扇子をパチンと閉じた瞬間、空気は一変した。
彼は冷酷な「提督」の仮面を被る。
「……ナギ。これより全乗組員の前で貴公を紹介する。いいな」
鋼のような男の号令。
控えていたアドリアンが、重厚な扉を開く。
直後、押し寄せたのは数百人の男たちの怒号と、烈風の轟音。
目の前に広がるのは、1803年。鉄と血の海。
渚は隣を歩くシャルルの背中を見つめる。
「女」の心を隠し、男として振る舞う彼の背中は、誰よりも孤独に見えた。
(成瀬くん……見てて。私、まずはここで死なないようにしがみついて……絶対に、あなたを見つけてみせるから!)




