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敗北確定のフランク軍にタイムスリップしたので、未来知識で無双し滅亡フラグをおねぇ提督と回避します!  作者: もふお
第二章:異端審問の影

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第31話:黄金の兵站と、鉄の契約

軍議での「恥の上塗り」を経て、スペイン提督ディエゴの執念は、かつてない方向へと舵を切っていた。


 ヴィルヌーヴ提督がレシピの共有を叫んだ直後、シャルルは間髪入れずに「生産の集中管理」を提案し、総司令官を納得させていた。


「各艦で個別に精製すれば、貴重な物資を浪費するだけです。ガディスに兵站の心臓部を築き、一括供給すべきです」と。


 その上で、シャルルは巧妙にディエゴを名指しした。


名誉挽回を餌に、「スペインの地元の利を活かせるのは貴殿しかいない」と持ち上げ、この巨大プロジェクトの実務を彼に押し付け、誘導したのだ。


 そうして現在――。


シャルルが提示した条件は、軍人としての面目と、スペインという国家の利害を同時に満たす、抗いがたい「実利」であった。


「ディエゴ提督。レシピ通りに作れれば、フランス軍がその全量を正規の価格で買い取りましょう。このカディスに、連合艦隊を支える『黄金の工場』を築き、その一切の指揮を執る権利を、貴殿に委ねます」


 ディエゴが歓喜に目を輝かせようとしたその瞬間、シャルルの声が一段と低く、冷淡な響きを帯びた。


「――ただし。万が一にも、我が軍に粗悪な代物を売りつけるような真似をすれば……その時は分かっているな? この会議に出席した他のスペイン艦隊も、喉から手が出るほどこのレシピを欲している。貴殿がしくじれば、その瞬間に製造権を剥奪し、他へ譲り渡すまでのことだ」


 シャルルの仮面の奥にある瞳が、処刑人の刃のような鋭さでディエゴを射抜く。


その冷徹な威圧に、先ほどまで息巻いていたディエゴは一瞬言葉を失い、目に見えてひるんだ。


「……っ、承知した。我が名誉にかけて、一滴の妥協も許さぬと誓おう」


 ディエゴは冷や汗を拭いながらも、シャルルと固い握手を交わした。


彼は即座にカディスの街を軍靴で踏み鳴らし、今や恐怖と欲の両面から突き動かされていた。


「全アンダルシアからレモンを、カステリャからハチミツを死に物狂いにかき集めろ! 倉庫に眠るブランデーも、貴重なシナモンも唐辛子も、すべて吐き出させろ! 街道を黄金の果実と香料で埋め尽くすのだ!」


 その熱狂の中、喧騒から一歩引いた場所で冷静に数字を刻み続ける青年がいた。


シャルルの航海士兼側近、アドリアンである。


「ディエゴ提督、感情的な増産は物流を停滞させます。私の計算では、搬入されたレモンのうち、規格外の3%を即時破棄。煮沸用の薪が2割不足しています。……書記官、この不足分を補うため、近隣の木材商との追加契約書を直ちに作成しろ。フランス軍の決済印は私が押す」


「数字だと? これは聖戦だぞ、アドリアン!」


「いえ、これは『航海』と同じです。不確定要素を排除しなければ、目的地(勝利)には辿り着けません。……それから書記官、レモン農家や蜂蜜農家との個別の買い付け契約書も、至急準備を」


 アドリアンの淡々とした指示に、ディエゴが顔をしかめて割り込んだ。


「そんなまどろっこしい物はいらん! 軍が命じれば農民など這いつくばって物資を出すわ!」


「いけません。これは我がフランス軍の軍事費を投じた、一種の国策なのです。不正な徴用による供給の不安定化は、戦略上のリスクでしかありません。すべての流通を書類で管理し、不透明な損失を排除する。それがフランス流の合理性です」


 アドリアンの生真面目な正論に、ディエゴは毒気を抜かれたように押し黙った。


この若き航海士の目には、熱狂も名誉も映っていない。ただ「勝利」というゴールへ至るための、精密な計算式だけが存在していた。


「……シャルル閣下。第一執政への奏状、用意が整いました」


 アドリアンは冷徹な手際で、ナポレオン・ボナパルト宛の公式な書簡を差し出した。


『第一執政閣下。カディスにおける軍需供給体制の確立について報告いたします。スペイン側の物力を掌握し、我が艦隊を支える兵站基地を構築いたしました。これにより、イギリス軍の海上封鎖という「時間による消耗」を無効化し、戦略的優位を確保しうる準備が整ったことを、ここに具申申し上げます』


「……見事だ、アドリアン。貴公の正確な目があれば、いかなる嵐が来ようとも本隊の進路を見失うことはないな」


 シャルルは奏状を受け取ると、窓の外、煙突から上がる煙を見つめた。


連合艦隊が「絶望の檻」を食い破る産声。だが、シャルルの笑みには、まだ底知れぬ余裕が混じっている。


「だが、これはまだ序の口だ。彼女が残した『甘酢漬け』も、あの不思議な『歯磨き粉』も……まだ手付かずのまま残っている。イギリス軍が必死でこの工場を分析している間に、我らはさらにその先へ行く」


 シャルルは、手元にある渚のメモの束を静かに指でなぞった。


このレモンジュースの原液となる特製シロップは、歴史を塗り替えるための最初の一手に過ぎない。


自分たちの手元には、まだ世界を揺るがす「生活の知恵」という名の切り札が、いくらでも隠されているのだから。


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