第21話:軍神の天秤、静かなる懺悔
舞踏会の喧騒を背に、シャルルは一人、バルコニーで紫煙をくゆらせていた。
その瞳は、先ほどアドリアンに連れられて闇へと消えた、渚の細い背中を静かに見つめている。
(……限界だったわね。あれ以上衆目に晒せば、公衆の面前で失神して『女神』の威光に傷をつけていたでしょうね。……アドリアン、助けに入るのが少し遅いくらいだったわ)
シャルルは冷徹に状況を分析していた。渚が恐怖に震え、そこへ「騎士」が救いの手を差し伸べる。
この劇的な救出劇さえも、彼が計算に含めていなかったと言えば嘘になる。
(……アドリアンが躊躇って動かなければ、あの子を私の『愛人』として公に宣言してあげるつもりだった。私の権力という名の檻に閉じ込めて、世間からの毒をすべて私が引き受ける……。それが彼女を救う、最も醜く、最も確実な隔離策だと信じてね)
たとえ渚に恨まれようとも、彼女を自分の庇護下に置き、自由と引き換えに命を保証される。
それはかつて、姉を救えなかった自分への、血を吐くような免罪符にするつもりでもあったのだ。
(分かっていて、私はあの子を舞台に立たせた。……軍人としての業ね。敗北が確定していたこのフランク軍の士気を繋ぎ止め、あの子を『女神』に祭り上げて不可侵の存在にする。勝つためにはこれしかなかった。あの子が壊れるかもしれないが、滅びの未来を回避するのが、私の『正解』なのよ)
しかし、アドリアンは動いた。
シャルルの冷徹な予想を塗り替えるほどの情熱を持って。
(……驚いたわ。あの軍規の権化のようなアドリアンが、あんな情熱的な目をしてあの子の手を奪い去るなんて。……でも、これでいい。あの子はもう、アドリアンからは離れられないわ。彼という『重石』がある限り、彼女が軍を捨てる選択肢は消えたもの)
シャルルは自嘲気味に口角を上げた。
アドリアンという清廉な騎士を渚の隣に置くことは、最高の「精神的抑止力」になる。
今後、渚がどれほど歴史の重圧に押し潰されそうになっても、アドリアンがその綻びを繕い、彼女を繋ぎ止めるだろう。
(何より……あのアドリアンなら、たとえ世界を敵に回してでも、何が何でもあの子を守り抜くでしょうね。私のように『戦略』を言い訳にして、大切なものを天秤にかけるような真似は、あの馬鹿正直な男には到底できないもの。……だからこそ、あの子を預けるに足るのよ)
自分の罪悪感さえも利用し、部下の純愛さえも計画の一部として組み込む。
シャルルは最後に深く煙を吸い込み、夜の闇に溶かすように吐き出した。
(精出しなさい、アドリアン。……私のような汚れきった大人の手ではなく、貴方のまっすぐな手で、あの子を繋ぎ止めておいて。……あの子を、私の業に触れさせないで)
懺悔すらも、勝利という目的の前では贅沢な感傷に過ぎない。
彼は再び完璧な「提督」の仮面を被り、夜風に揺れていた重厚なマントを、自らの業を覆い隠すように強く引き寄せた。
冷徹な軍神の装いを纏った彼は、迷いのない足取りで、煌びやかな光が溢れるホールへと優雅に歩みを進めた。




