第20話:騎士の胸中、少女の狼狽
アドリアンの逞しい腕の中にすっぽりと収まり、床に座り込んで抱き合っていた二人。
彼の厚い胸板から伝わるドクンドクンという鼓動が、渚の耳に直接響いている。
それは驚くほど速く、力強かった。鉄の規律に縛られた軍人というより、熱を持った一人の男の生身の鼓動。
(……え? 私、今、何を……!?)
我に返った瞬間、渚の脳内はパニックで爆発した。
自分の腕がアドリアンの首に回っていること。
そして、安心したくて何度も彼の胸に頬を何度も擦り寄せていた事実。
軍服の硬い生地越しに伝わっていた彼の体温が、今さらになって肌を焼くように熱く感じられた。
「うわぁぁぁぁぁ!! ご、ごめんなさいッ!!」
渚は弾かれたように、アドリアンの両腕を振り払って後ろへ飛び退いた。
ドレスの裾が床に広がるのも構わず、カニ歩きのように距離を取る。
「わ、私っ、なんてことを! 泣き喚いた挙句に、スリスリしちゃうなんて……っ。あぁぁぁもう死にたい! 今すぐ床を掘って埋まりたいですッ!!」
「ナ、ナギサ……!?」
突き飛ばされた拍子に床に手をついたアドリアンは、驚きに目を見開いている。
しかし、突き放されたことへの不快感はない。それどころか、空中に残された自分の手のひらを少しだけ寂しそうに見つめた後、両手で顔を覆って「きゃー!わー!」と叫んでいる渚を、彼は叱るどころか、どこか眩しそうな、そして困ったような顔で見つめていた。
「……ふっ、ははは!」
「笑わないでくださいッ!! 本気で言ってるんですから!」
「すまない。だが……あまりに素直というか。貴殿の動揺ぶりが、どうにも面白くてな」
アドリアンはそう言って、少しだけはにかんだように口角を上げた。
いつも凛としている「不落の騎士」が、少しだけ照れたように眉を下げる――その、あまりにも人間味のある表情。不忠者の烙印を背負わされ、家を追われた彼が、今だけは一人の青年に戻ったかのようだった。
(……っ)
一気に心臓が跳ねた。
さっきまで感じていたのは、歴史が壊れることや命を狙われる「恐怖」への震えだった。けれど今、胸の奥を激しく揺らしているのは、それとは全く違う、甘くて苦しい鼓動だ。
(なに、いまの顔……。ずるい、そんな顔するなんて聞いてない……!)
顔の赤みがさらに増し、渚はもはやアドリアンの顔を直視できなくなった。今歴史をねじ曲げてしまった恐怖は消え、ただひたすらに、自分の心音だけが世界中に響いている気がした。




