第2話:拾われた小鳥、おねぇの提督
1803年10月、大西洋。
フランス海軍旗艦のデッキ。
航海士アドリアンは、一人夜空を見上げていた。
没落貴族でありながら、その長身と鋭い眼光は周囲を圧する。
「……明朝は深い霧が出るな」
彼が記録をつけようとした、その時だった。
漆黒の波間に、不自然な「点滅」が見えた。
「……おい! 舷側を照らせ! 何か浮いている!」
ランタンの光が、荒波を切り裂く。
そこには、見たこともない奇妙な木片にしがみつく人影があった。
「……引き上げろ! 急げ!」
甲板に横たえられたその姿に、水夫たちは凍りついた。
「……何の呪いだ?」
そこにいたのは、鮮やかなオレンジ色の浮力体を纏った少女。
そして彼女の腕の機械が、太陽の破片のような白光を放っていたのだ。
「海の魔女だ!」「悪魔の申し子め!」
アドリアンは戦慄した。
ここは五百人の荒くれ者が詰め込まれた、男だけの檻だ。
このままでは、彼女の命も、艦の規律も一晩で終わる。
「……お前たち、こっちへ来い」
アドリアンは水夫たちに金貨を叩きつけた。
「これは口止め料だ。いいか、お前たちは何も見なかった。……口を割ったら、喉を切り裂く。……返事は?」
「ウィ! 何も見ませんでした!」
アドリアンは少女を帆布でぐるぐる巻きにし、肩に担いだ。
向かうは、提督専用の居住区。
「――提督。海から、とてつもないものを拾いました。この艦の火種になりかねないものです」
◇
……暖かい。
羽毛の感触。
(私、生きてる……?)
渚が目を開けると、そこは豪奢な部屋だった。
テーブルには、乾かされた実習服と、電池の切れたストロボライト。
「……っ、成瀬くん!」
跳ね起きようとして、全身に激痛が走る。
「あら、ようやく起きたのね。おはよう、お姫様」
甘く、けれど覇気に満ちた声。
部屋の隅、優雅に扇子を動かす「美しい男」がいた。
「私はシャルル。この船の提督よ」
シャルルは扇子をパチンと閉じ、妖しく微笑んだ。
「貴女、自分の立場が分かっているかしら? ここは男が五百人。貴女のような子が迷い込んだと知れれば、普通は『朝食』にされておしまいよ」
渚は息を呑んだ。
その男の瞳に、かつての成瀬と同じ「羨望」と、深い「後悔」を見たからだ。
「でも安心して。貴女は私が買ったわ。私の特別な『小鳥』としてね」




