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ナポレオン戦争に迷い込んだ女子大生、おねぇ提督とフランス軍を救います  作者: もふおのしっぽ
第五章:パリ召還

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第97話:黄金比の二人と、淑やかなペンギン

 隠れ家の広間では、連日「歩行特訓」と「エスコート特訓」が二本立てで繰り広げられていた。





 「だから! 膝を割らない! 足音を立てない! 貴女、わざとやってるのかしら!?」





 シャルルの鋭い声が、広間の高い天井に反響する。





 椅子に深く腰掛けた「おねぇ提督」の目は、獲物を定める鷹のように鋭い。






「……だって、これまでの重いドレスなら、ガシガシ歩かないと進まないんですよ! それに私、元々ガサツなんですぅ……っ!」





 半泣きで逆ギレする渚の、エスコートの相手を務めるアドリアンが「まあまあ、ナギサも努力はしている……」となだめようとした。





だが、シャルルの扇子が机を叩く。





「……ナギ、一歩が大きすぎるわ! 貴女、アドリアンと行進マーチでもするつもり?」





 アドリアンの差し出した腕に手を添え、必死に「淑女の歩幅」を意識するナギサだったが、どうしても足が出てしまう。





 それは、この時代の人間には理解しがたい「現代っ子の骨格」ゆえの悩みだった。





 アドリアンは艦隊でも一、二を争う長身だが、ナギサもまた、現代基準で驚くほど足が長い。





 並んで立つ二人の姿は、アドリアンの肩の位置と渚の頭の位置が絶妙なバランスを保ち、見る者が思わず息を呑むような「15センチ差の黄金比」を描いていた。





 その光景は、愛を囁き合う『アモルとプシュケ』が命を得て動き出したかのようであったが、現実はそれほど甘くない。





「あだっ……! ご、ごめんなさい!アドリアン!」





「……っ! い、いや、大丈夫だ。……少し、爪先が痺れただけだ……」





 ぐらりとバランスを崩した渚の踵が、アドリアンの靴を無慈悲に踏み抜く。





 べそをかく渚に対し、アドリアンは痛みを堪えてデレデレと微笑んだ。





「大丈夫だ、ナギサ。……確実に、君のステップは上達している。……本当だ」






「全然説得力ない……! 涙目じゃない!」




 この「デレデレ騎士」の体たらくに、シャルルは深い溜息をついた。





「全く……。アドリアン、甘やかしすぎよ。これではパリに着く頃には、爪が何本残っていることやら……」





 そんな時、レオノールが大きな木箱を抱えて駆け込んできた。





「シャルル様! パリから例の『ブツ』が届きましたわ!」





 中から現れたのは、雪のように白く、羽のように軽い布の塊。





「これが、最先端ねぇ……。ナギ、これは私からの快気祝いよ。試着してみなさい」





 それを見た瞬間、ナギサの目が輝く。





「わあ……! 可愛い! これ、ウェディングドレスみたい……!!」





 エンパイア・ドレス。





 ボナパルトの妹やジョセフィーヌが愛した、コルセットから女性を解放する「自由の象徴」。





「……助かったぁ……! これはコルセットしなくていいんですよね! まだあばらが痛むので、これなら着れそうです!ありがとうございます、シャルルさん!」




 狂喜乱舞する渚。




 だが、まだ知らなかった。





 「コルセットがない」ということは、「一切の防御壁がない」ことと同義であるという、パリの流行の恐ろしさを。





「レオノール。その子の髪をギリシャ式に結いなさい。後れ毛をたっぷり出して、無垢な色香を演出するのよ」



「またナギ様の髪を結えるなんて!さぁ寝室へ行きましょう!」



キラキラと目を輝かせるレオノール。




 レオノールの手で、「生きたギリシャ彫刻フィギュア」へと作り変えられていく渚。




だが、着替えを終え、鏡の前に立った渚は、その場から一歩も動けなくなった。




「……ちょ、これ、……えっ?」




 薄いリネンのシュミズの上に重ねられたのは、まるでリビングのレースカーテンのような、透け感のあるモスリンのドレス。



 いや、もはや全てが透けているのである。




 ブラジャーもパンツも、そもそも下着の概念が違うこの時代。




 腰まであったはずの「防御」が一切消え、股の間を吹き抜ける風が、ダイレクトに「何も履いていない」現実を突きつけてくる。





「こ、これは無理! 私は公然わいせつで捕まる!」





「ナギ様とっても素敵ですわよ、早く殿方にお見せしましょう!」




「嫌だ!嫌!やめてぇぇぇぇ……」




 レオノールに背中を押され、無理やり広間に連れ出された渚。




彼女は顔を真っ赤にし、内股をギュッと閉じた。




 一歩大きく踏み出せば、薄い布が脚の間に吸い付き、すべてがアドリアンの目に晒されてしまうという恐怖。




首まで真っ赤にした渚が、シャルル達に向かって歩みでる。




「……ちょこ、ちょこ……。……そろ、そろ……」




 まるで氷の上を歩くペンギンのような、慎ましすぎる歩幅。




 

それを見たシャルルは、満足げに微笑んだ。





「あら。できるじゃない、ナギ」





「……っ、できるようになったんじゃなくて、これ……大股で歩いたら、色々終わっちゃうから……っ!!」





 涙目で小刻みに震えるナギサ。




 その背後で、新しいドレスを纏ったナギサの「透けるような背中から脚のライン」を不意に見てしまったアドリアンは、音を立ててその場に崩れ落ちた。




「……ナギサ。……すまない、私は、君を……直視できない……っ!!」




「まぁ……!」



 それを見たレオノールが、ぱっと両手を胸の前で握りしめる。





「ご無理なさらず…でも、ちゃんとご覧くださいね?パリでは殿方の忍耐も嗜みだと聞きました!」



(私の作り上げたフィギュア(芸術)をしかとご覧くださいな!)



「や、やめろ……! それ以上は……っ!」



 励ましのつもりで放たれたその言葉が、アドリアンの精神力を確実に削っていった。




 羞恥心という名の最強の矯正ギプス。





 こうしてナギサは、本人の意図しない形で「パリで最もお淑やかな小鳥」への第一歩を踏み出したのである。


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