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雑草に恋をする  作者: 晴れ


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2/2

Scene2

ホテルを出ると、さっきまでの非日常との落差を感じて疲労感が出てきた。多少気が張ってた所から抜け出したことによる疲労もあるとは思うが。


隣にいる女子も、夕焼けの光を手で遮りながら大きく深呼吸をしていた。本の話を出した短い一瞬以外、ずっと気を張っていたことは外から見ても理解できた。

非日常なあの場所でこの子を見たからこそ動揺したが、一度外に出てしまえばどこにでもいる普通の女子に見える。…普通の女子よりもかなり背が小さく、平均よりもかなり地味な見た目だとは思うが。


とにかく、これで俺の目的は達成した。乗り気じゃなかったパーティーからも抜け出すことができたし、さっさとこの場から離れてしまえば美馬の父親に会うこともないだろう。

いずれまた呼び出されるかもしれないが、その時はその時でまた言い訳を考えればいい。


「あの…」


隣にいる女子に話を切り出そうとした矢先、先に声をかけられた。この女子も早く帰りたいだろうし、手短に別れの言葉を切り出されると思いきや、俺の予想は外れた。


「ここ、どこですか…?」


「…」


今いる場所がよく分かっていないとなると、この場所から自分の家へ帰る道が分からないということになる。ここに来るときはどうしたのだろうか。


「スマホは?」


「持ってないです…」


俺の質問にも申し訳なさそうに答えた。高校生でスマホを持っていないというのに驚くところかもしれないが、外見も相まって何故か納得してしまう。

とにかく、スマホがあれば地図アプリを見たり誰かに連絡を取る等してなんとかできる筈だが、そういうこともできないらしい。

自分の素性を知らない人間とはできるだけ関わりたくないのだが、さすがにここで放り出す程人間性が終わってはいない。


「…駅まで行けば大丈夫?」


「すみません、普段徒歩なのでお金は…」


持ってない、と。

高校生であれば放課後に誰かと寄り道したりするかと思うのだが、それもないのだろうか。


「家は?」


そもそも駅に行く必要がない可能性もあると思い聞いてみると、彼女は俺の通う高校付近にある地区の名前を挙げた。


「…遠くないか?」


美馬の父親のホテルは俺の通っている私立高校からは遠い位置にある。美馬は普段バイクか家の車で通学しているので距離を気にしていないだろうが、徒歩で行くなら一時間弱はかかる。彼女の地区はさらにその先にある場所なので、一時間以上はかかる計算になる。


「…すみません。分かる場所までで大丈夫なので」


彼女は俯いたまま謝ってきた。慌てて口を開く。


「悪い、そういう意味じゃないんだ」


彼女が言った辺りの場所には俺達の私立高校以外に高校はない。ホテルの反対側にはいくつか高校があり、そっち方向だと勝手に思い込んでいたので思わず率直な感想が出ただけだった。

それにしても、家からかなり遠い高校に通っているのに徒歩で通学しているのだろうか。


「少し歩けば分かると思うので…」


「いや、方向的には俺も同じだから」


当然、彼女を責めている訳ではない。実際俺も帰る方向自体は同じなので、彼女のために余計な距離を歩くことはなくなる。

かといってこのまま長時間一緒にいるのも避けたいのだが、このままホテル前で立ち止まってるのも都合が悪い。美馬の父親が来る前にここを離れたい。


「とりあえず行くか」


「…はい」


すぐにその場を離れることにして、高校方面に向かって歩き出す。彼女も遅れて俺の少し後ろをついてきた。


数分歩いて美馬のホテルが周りのビル群と見分けがつかなくなるくらい離れた後、周りを確認して立ち止まった。


「すみません、遅い、ですか?」


俺があの場所を早く離れたかったこともあり足早に進んでしまっていた。小柄な彼女は歩幅も小さいので、急いでいる俺のペースに合わせてしまうとついてくるのがやっとな速さだったらしい。


「早めにあそこから離れたかったんだ。急がせて悪い」


肩で息をしてしまうくらいには疲弊しているようだった。とはいえ俺も結構急いでいたせいで少し息が上がっている。

ちょうど立ち止まった位置から五メートルも離れていない場所に自動販売機が立っていたので、購買で昼食を買った時のお釣り、二百円を投入してボタンを押す。


深呼吸して息を整えている彼女に近づき、ペットボトルを差し出した。


「え…」


「好きな方。どっちも味の保証はないけど」


幸いにも百円で買えるタイプの自動販売機だったので自分の分も買えたのだが、安いが故にラインナップが微妙だった。

どんな味か気になる商品もあったものの、悩むことなく緑茶とレモンティーを押した。多少の好みはあるだろうが、嫌いで飲めないという人間はいないような気がした。


「でも…」


「あの場所から出たのも、急がせたのも俺の勝手だしな」


受け取ろうとしない彼女に押し付けるように緑茶を渡し、レモンティーのキャップを開けて思い切り飲んだ。彼女は少し躊躇していたようだったが、小さい声でお礼を言いながらキャップを開けて緑茶を飲み始めた。


「…」


彼女ものどが渇いていたようで、俺と同じくらい長い間飲んでいた。何故か少し上品に見える彼女の飲みっぷりを見ていると、俺の視線にいたたまれなくなったのか、ペットボトルから口を離して横を向きながらキャップを閉めた。


「…それ、大丈夫だった?」


「何がですか…?」


突然の質問に、背の低い彼女は頬を赤くしながらも俺の方を少し見上げた。

俺は右手に持っているレモンティーのラベルを見ながら口を開く。


「こっちがクソ不味かったから、そっちもヤバいかと思って」


安い自販機特有の見たことのないラベルの飲み物ばかりだったが、俺が買った緑茶とレモンティーも同じく見たことのないラベルではあった。さすがにお茶系の飲み物に当たり外れはないと思っていたが、もう一度買おうとは思わない程度の味ではある。具体的には美馬にプレゼントとして渡されたら顔面めがけて投げつけるだろう。


彼女は一瞬驚いた表情をしたが、すぐに心配そうに俺を見上げた。


「こっちは大丈夫ですが…取り替えますか?」


「いや、飲めない程ではないから。そっちが無事ならいいや」


レモンティーを片手に、今度は今までよりも遅いスピードで歩き出す。彼女の緑茶が問題なく飲めるのなら問題はない。不味い飲み物を無理に押し付けるようなことがなくて良かった。

こっちのレモンティーも確かに不味いのだが、身体に良い飲み物だからと自分に暗示をかければ飲めるだろう。青汁と同じ原理だ。


「…」


「…あの」


沈黙にいたたまれなくなったのか、彼女が話しかけてきた。俺は何も答えずに歩き続けたまま、顔を少しだけ彼女の方に向けた。


「…」


彼女は俺を見て歩いたまま、何も言わなかった。俺の反応を待っているのかと思いきや、何を言うか悩んでいるというような表情だった。俺が目を合わせると、焦ったように目を泳がせた。


「…何?」


歩きながらも彼女の方に完全に顔を向けると、顔を赤くして俯いた。

作り物とは思えない、というよりもおそらく天然であろう彼女の仕草に不思議な感覚を覚えつつも、彼女が多少なりとも知ってしまった時にどんな反応に変わるのかを想像して関わってはいけないという気持ちが出てくる。


今までも同じように、何も知らない男子や女子と会話したことはある。彼女よりも数倍会話のやり取りをして、相手側から友人だと言ってくれるほどに親しくなった人間もいる。但し、今現在では友人と呼べる程に親しい関係の人間はいない。人が勝手に離れていく、そういう理由がちゃんとある。


何度も同じような経験をした後、仲の良い人間をそもそも作らない方が良いと思うようになった。親しい人間が離れていくよりも、はじめから孤立していた方が遥かに良い。


美馬のように情報を得ても普通に絡んでくる人間は多少いるが、お互いに利用できる時にだけ話しかけるような関係になっている。今日の集まりも、美馬の父親が俺を呼び出そうとしない限りは美馬が話しかけてくることはなかっただろう。


「あの…ありがとうございました」


いつの間にか前を向いていた俺の様子を伺うように、不安そうな顔で彼女が言った。

彼女と話していたことを忘れて考えに耽っていたので、彼女が何に対してお礼を言っているのか理解するのに時間がかかった。おそらく、あの場所から出たことについてのお礼だろう。


「…いや、俺もあの場所から出たかったから。むしろ無理に連れ出したかと思ってた」


距離があっても感じ取れたくらいに彼女が元々座っていたであろう席の不穏な雰囲気と、バーの中で明らかに浮いた存在だったことから、なんとなく乗り気ではないのかと思って外に出るように持ち掛けたが、ゆっくり考えてみるとそうではない可能性も全然あった。この子の性格なら、俺の事情に気を遣って一緒に出てくれたということも考えられた。


「いえ、あの…はい」


彼女は微妙な表情をして、歯切れの悪い返事をした。表情の意図が分からず、出てきた疑問を口に出した。


「…残りたかった?」


素直に聞いた俺に対して、驚いたような、焦ったような表情で首を何度も横に振った。


「いえ、私も乗り気ではなかったので…」


乗り気ではなかった筈なのに何故さっき言い淀んだのかは分からないが、彼女が嘘をついているようには見えなかった。別のことを考えていたから、俺が何か聞き逃して変な受け答えをしたのかもしれない。


「乗り気じゃないなら、ああいうのには近寄らない方がいい」


「そう、ですね…」


親切心で本心を伝えると、彼女は俺を見て困ったように笑った。


「…断れなかった?」


彼女の方を見ずに質問したが、彼女が俯いたのが前を向いていても分かった。


「そういうときも、ありますね…」


この子が押しの強い人間に迫られて断れない状況に陥っているのは想像に難くない。というより、今回は女子同士のやり取りで無理矢理連れてこられたような気もするが。


「ちゃんと断っとかないと、合意したと思われてあいつらに手出されるかもしれないし」


「え…!?」


彼女は思わず立ち止まって俺を見た。さっきまで目を合わせてもすぐに逸らされていたのに、驚きが上回っているからか今はばっちり目が合っている。


「あれ、()()()()集まりだよ。あの建物で何かある時は大体そう」


知らないということは、これまでに同じような被害に遭ったことはないとということだろう。気分が悪くなるような事件が起きていなくてひとまず安心か。


「じゃあ、今…!?」


「無理矢理連れて来られたんじゃないのなら、基本理解してると思うよ。今日が初めてじゃないのなら尚更」


彼女は難しい顔をしながらも納得したようだった。確かに…などと呟いているところを見ると、参加していた女子達の普段の行いがなんとなく理解できる。

おそらく、最初に俺に話しかけてきた女子もそういう目的で話しかけてきていたのだと思う。バー内であらかじめ声をかけておいて、その後話しかけやすくしておいたというところだろうか。


「…あなたも、普段から…?」


さっきとは一転、不安そうな顔をしながら俺に聞いてきた。経験上、こういう場合には大抵軽蔑の目を向けられることが多いのだが、珍しくもこの子から感じるのは不安の感情だけだった。


「普段から参加してたら、抜け出すような話は持ち掛けないね」


美馬の集まり自体には参加したことはあるが、最後までいたことは今まで一度もない。美馬も最初は好意で誘ってくれていたようだったが、俺が断り続けて集まりに興味がないことを知ると誘ってこなくなった。今日も父親の件が無ければ声をかけてくることはなかっただろう。


彼女は俺の言葉に露骨に安心した表情を浮かべて、短く息を吐いた。少なくともこういう場合は疑いの目を向けられるか、これ以上の話が聞けずに落胆の色を浮かべられることが多いので、これまでの人間とは違った反応を返されてまたもや困惑する。


どこにでもいる普通の女の子の筈なのに、仕草や反応が何故か特別に感じる。明らかに突出した何かや、常人とはかけ離れた奇怪な行動を取るようなこともしていないのに、言語化できない不思議な魅力を感じる。


彼女にこういう感情を持つのは俺だけなんだろうか?


「私も、あのままあの場にいたら…?」


思い出したかのように俺に聞いてきたので、黙って頷いた。俺の反応を見て自分の二の腕を強めに掴むと、ようやく自分の置かれていた状況を呑み込んだのか怯えた表情になった。


出会って間もないのに、自分のことよりも他人の心配を先にするのが彼女らしいと思ってしまう。

歩み寄ろうとする磁力を切り替えるように、前を向いたまま溜め息交じりに口を開く。


「…まあ、ちゃんと断らないとそういうことになるよ」


「はい…」


怒られた時のように明らかに肩を落とすと、そのまま黙って歩き続ける。少し冷たくしすぎたかと微弱な罪悪感が出てくるが、彼女とは今日限り会うこともないと思うので問題ないと自分に言い聞かせる。


会話をしていた間に日が落ちて、街灯が点く時間帯になっていた。とはいえ目的地まではまだ時間がかかるのであと三十分以上は歩かなければならない。


元々人通りの少ない場所である上に、さっきまでの会話が急に途切れたことで沈黙が目立つ。


「あの、本はどんなのを読むんですか?」


「…無理して話振らなくても大丈夫だよ。帰るついでに案内してるだけだし、気まずいとも思わないし」


気まずさを感じて無理に話題を振っているような気がしたので、静かに伝えた。

それでも、彼女は首を振って食い下がる。


「私が個人的に聞きたいだけなので…」


できるだけ冷たい言い方にならないように気をつけたが、言葉自体は俺に会話する気がないという、突き放すような意思を伝えたものだった。その意思が伝わっていないとは思わないが、理解した上で俺と会話しようとしているようだった。


彼女が本好きなのはなんとなく理解できるが、だとしても俺と話したいと思うだろうか。美馬に怯えていたり、今までのやり取りを見ても人と関わるのが得意なタイプだとは思えないし、好きな話だとしても見るからに協調性のない、自分に冷たい態度を取る人間と会話したいと思うのだろうか。


「…ダメですか?」


とはいえ、慣れないことをしてまで歩み寄ってきた人間を無下にするのも気が引ける。普段なら初対面の相手に世間話なんて絶対にしないのだが、振り返ってみればこの短時間で彼女にはいくつも迷惑をかけたし、趣味の会話くらいはしてもいいのではないだろうか。自分のことを知らない人間と関わりを持ちたくはないが、帰り道に多少会話をする程度なら別に問題はないと思う。


「…いいよ」


それに、俺も彼女と同じ本好きではある。興味のない話ならまだしも、俺も話してみたい内容ではあった。


呟くような俺の言葉に、彼女はぱっと目を輝かせた。くっついている磁石を無理矢理離すように、彼女の瞳から目を逸らして前を向いた。


「さっきも、霜月先生の本を読んでたんですか?」


「いや、あの人の本は全部読み切ってるから別の本だね。物語に入り込みたかったから、破天荒な設定のものが多い山本悠太の本を選んでた」


ポケットに入っているカバー付きの文庫本を取り出し、彼女に見せた。彼女は表情を綻ばせたまま、今までとはうってかわって饒舌に話し出す。俺もそれを見ながら、今日一番の勢いで話し始めた。















約一時間を歩き続け、彼女の家の近くまで辿り着いた。知らない人間に家の前まで来られるのはさすがに彼女も嫌だろうと思い、近くまでにしておいた。


「ありがとうございました、こんなに遅くまで」


辺りは既に真っ暗になっていて、街灯の明かりでしか周りが確認できないような状態になっていた。街灯の数も少ないので彼女の表情も影によって確認できないが、見なくても声色で表情が曇っているのはなんとなくわかる。


「いや、ここなら俺も通り道だから」


そういう俺も、彼女からは見えないだろうが無表情に近い。ホテルのバーで一番最初の女子に話しかけられた時と同じような表情をしているだろう。


というのも、この一時間が楽しかったからだ。途切れることなく話続けて、気付けば目的地に着いていた感覚だった。一時間がやけに短く感じる程、会話に没頭していた。


「あの…また、会えますか?」


ここで別れるのが惜しいと思っているのは彼女も同じようだった。もちろん、俺もそう思っている。

同年代の人間と長く会話したのが久しぶりだったこともあったが、彼女の反応を見たり感想を聞くのにも惹かれていたのかもしれない。


だが、彼女とまた会おうとは思わない。

自分のためではなく、彼女のためにももう会わない方が良い。


「…」


気持ちは固く決まっているのに、口が動かなかった。

今までも同じように人を突き放して、何度も拒絶の言葉を出してきた筈だった。同じ言葉をぶつければいい筈なのに、何故か言葉が出ない。


会話していた時とは真逆の数分間とも思える沈黙を破ったのは、目の前に突き出された彼女の手だった。


「これ…要らなければ、捨てても構わないので…」


「…」


理解できずに呆けていると、彼女は押し付けるように俺の手に紙を握らせた。

そのまま少し下がると、俺に深く頭を下げてそのまま小走りで走っていった。


「…」


呆然としたまま彼女の背中を見ていたが、すぐに彼女は見えなくなった。

瞬間、気を取り直したように我に返り、すぐさま自分の帰路につく。


歩きながら、これまでの出来事を思い出そうかと物思いに耽ろうとした瞬間だった。


「彼女ですか?()()()さん」


「…」


さっきまでの安らぐようだった彼女の声も忘れてしまうような、肌にべったりとまとわりつくような声。

洗い流しても落ちずに残り続けるカビのような、長年残り続けることを暗示しているような存在。


「君がそんな人間のような顔をしているところ、初めて見ましたよ」


「まるで今までが人間じゃなかったみたいな言い方だな」


誰がどう見ても、中年の男性が学生のガキに向かって敬語を使い、逆に年下のガキが喧嘩腰で年上に向かってタメ口を聞いている構図だ。外から見れば、俺の方が悪い人間に見える。


それが、この男のやり方だ。


「人間じゃないでしょう?自分が何者なのか、忘れたことがあるんですか?」


嘲笑とともに、俺の前に顔を近付けてくる。


「…」


「これだけ言われても、怒ることすらできないんですからねぇ。人間の心を持っていないも同然でしょう」


俺を怒らせるために、わざと言葉や行動で神経を逆なでしてくる。だからこそ、心を平静に保たなければならない。俺が怒って行動を起こそうものなら、すぐさま俺を悪者に仕立て上げる魂胆だ。


だからと言って、もう慣れているので心が動くこともない。

他人から罵声を浴びせられることも、この男の口調や表情、やり方にももう慣れた。


「それで?あの女性は彼女ですか?」


「だとしたら、既にアンタの耳に入ってるだろ」


吐き捨てるように言った。俺の人間関係に動きがあったら、この男はすぐに察知してくる。

それこそ今日の帰り道の様子も監視していたのだろうが、あの子に気を取られすぎて気付くことができなかった。正直油断していたことを今になって後悔し始めている。


「詳細な会話までは聞こえませんからねぇ。今日の朝までは違ったとしても、さっきお付き合いを始めた可能性もあるでしょう?」


二人とも声が大きい方ではないが、人通りのない場所だっただけに会話が聞こえていないというのも真偽が怪しい。むしろ、会話は聞こえていたものの俺が虚偽の情報を言うかどうか試している可能性すらある。


「…それを確認して何になるんだ?」


露骨に否定すると、この男が何かあると邪推してかえって彼女に迷惑をかける可能性がある。普段と変わらない対応をしてこの場をやり過ごした方が良い気がした。


「善良な女性が被害に遭わないよう、君の素性を知らせるべきだと思いましてねぇ」


男は嘲笑を浮かべながら、様子を伺うように俺の顔をまじまじと見る。俺は全く表情を変えず、真っすぐに男を見つめ続けていた。


「君が何者なのか知った上でなお、お付き合いしようと思うことはあり得ません。それか、脅迫まがいの弱みを握られていて断れないとか」


「なら、実際に聞いて確かめてみたらどうだ?もしも脅迫されてたなら、アンタはか弱い女子高生を助けたヒーローになれるかもな」


溜息交じりに言いながら、男の左横を通り抜ける。気付かれないように大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。


「相変わらずですねぇ、カミヤ君。いや、吹沖(すいおき)君と呼んだ方がいいかな?」


帰路に戻ろうとしていた足と、吐き出していた息が止まった。ゆっくりと、男の方を振り返る。


男が一瞬、ハッと息を呑んだのが分かった。顔を強張らせていたが、思い出したかのように嘲笑を取り戻す。


「…よく似ているじゃないですか。その目ができるのは、君が()()だからですよ」


「…」


もう一度、息を大きく吸い込み、吐き出した。同時に、知らない間に身体に入っていた力を抜く。

男に一瞥くれた後、踵を返して今度こそ帰路についた。


背後にいる筈の男は、もう何も喋らなかった。

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