34話 六月の交差点
六月の空はどこか重たかった。
放課後の教室に残る湿気と、窓際に垂れ込めた雲が、季節の変わり目を告げていた。
「なあ、もうそろそろ部活組が校庭を占拠してる頃だろ」
健二が窓の外を指さし、笑った。サッカー部のかけ声、野球部のノックの音。受験が終わって入学したばかりの彼らにとって、もうそれは「自分たちとは違う世界」の音に聞こえていた。
「……羨ましい?」
瑠生が問いかけると、健二は肩をすくめた。
「いや、俺らには俺らの部活があるからな」
「部活かは怪しいけどね」
真昼はその会話に加わらず、カバンに授業道具を仕舞い込んでいた。整った所作に、隣の女子たちがちらりと目をやる。
けれど真昼は視線を感じても表情ひとつ変えなかった。
「行ける」
短く言ったその声に、二人は同時に頷いた。
3人は最寄り駅まで歩いて行った。3人の中学校は、川沿いに立っていて、周辺にには女子中高学校、県立の県内でもっと偏差値が高い高校があるなど1キロ圏内に学校が3校もある地域にある。そのためか5年ほど前に駅が新設されたこと通学しやすなったことでさらに人気が加速している。その駅は対岸にあるのだがそこまで行く道は桜並木になっている。
「あー完全に葉桜だな」
「何か月前のこと言ってるの」
「仕方ないじゃないか、桜が咲いているの完璧に見れたことないんだから」
健二はどうも桜が好きなようでヘルメットには、桜の花びらが描かれている。因みに瑠生のヘルメッドは真っ黒でそこに赤のラインが入っている。真昼は、黄色に何かが描かれたヘルメッドを使用しているのだがこのヘルメッドは大会でしか出てこない。
「それにしてもうちの中学校は変わっているよな」
「何が?」
「授業の参加の有無や登校の方法とか」
「確かにね。高校生になると車で通学してる先輩もいるみたいよ」
「うげー金持ちだ」
「そうなると、僕たち三人は結構金持ち扱いされてるよ」
「そうなのか」
「あんた、知らないの」
「え―マジか」
「でも、健二は結構お金持ちだよね」
「父さんのことか」
「うん」
「確かに、父さんは金は持っている方だと思うが」
そう言う、健二の実家はこの辺の地主であるがために未だに多くの土地を持っておりそこにアパートなどを立てるなどとして不動産で裕福な家庭ではある。
「あんたに言われるとなんか嫌味に聞こえる」
「なんだ、嫌味じゃない」
「そう聞こえるってなだけ」
何時もの様に健二が話せば真昼がからかう、たまに瑠生が話すだけっと行った光景が繰り広げられていた。
ーーー
工場サーキットに着く頃には、空は赤く染まり始めていた。
湿気を含んだ風が吹き抜け、照明の下でマシンのボディが重たく光る。
石浦と黒宮はすでに準備を終えていた。
「おう、今日も来たか。最近は毎日顔を出してるな」
「部活みたいなもんですから健二によると」瑠生が答える。
健二は笑いながらヘルメットを抱え、「よし、今日は真昼を追い回すぞ!」と宣言した。
「……追い回せるのならね」
真昼の返事は静かだったが、その言葉に火をつけられたように健二は闘志を燃やした。しかし、健二の追い回す発言は先に釘が打たれてしまった。
「おい健二、こっちにおいで」
石浦が、楽しそうに手招きをしていた。そして、その眼は一切笑っていなかった。普段怒らない石浦だが異様に笑顔の時は恐ろしいらしく整備士たちによると石浦が異様に笑顔に時は注意と言われていた。結局健二がこちらに戻ってきたのは30分後だった。
ーーー
走行が始まる。
真昼が先頭に立ち、精密なラインを刻んでいく。安定しているが、ほんの僅かに攻めを潜ませているその走りに、後続は翻弄される。
「くっそ……離れる!」
健二はストレートで無理に追いつこうとするが、コーナーで差を広げられる。
一方、瑠生は冷静にデータを取るように走っていた。
(昨日の修正は悪くない。けど、まだ出口で真昼に置いて行かれる……)
速いことには変わりがないのだがその速いが何とか苦労して走っていますと外からわかるような走り方をしており若干の迷いがラインに表れていた。
数周後、真昼がペースを緩めて二人を前に出した。
真昼がラインを譲ったことを確認すると瑠生が先頭に出た。
アクセルを残す技術を試しながら、タイヤの感触を確かめるように走る。
健二は横に並びかけるが、立ち上がりで失速し、悔しそうに歯を食いしばった。しかしそこは、健二だ少し前に石浦が怒っていたのを忘れたかのように瑠生をあおるような形で何度もアタックを仕掛けてきたが結局ぬかすことが出来なかった。
ーーー
ヘルメットを外した健二が声を荒げる。
「なんでだよ! ブレーキも遅らせたし、アクセルだって踏み込んだのに!」
石浦が苦笑しながら肩を叩いた。
「お前は0か100なんだよ。真昼や瑠生は、その“間”を使ってる」
「間……?」
健二は首をかしげる。どうも健二は少し前に学習したことを忘れてしまったようであった。それか、無意識に行っていたか。
その横で、瑠生が自分のタイヤを見て黙り込んでいた。
昨日ほどではないが、それでも減りは早い。
(まだ答えは遠い。でも、確実に近づいてる……)
真昼は二人を見渡し、小さく息を吐いた。
「今日はここまで。焦っても意味がないわ」
その声には不思議な説得力があった。
二人は無言でうなずき、照明に照らされたマシンを見つめた。しかし、一番焦っているのは真昼であった。




