30話 タイム
瑠生は、大会が終わりホテルに戻って来ていた。明日は学校だがそこは自由度の高い中学校の特権であるそのおかげで明日休んでも問題ないのだが事前に連絡は必須だが。
「あの、走りかたどうなってたんだろう」
瑠生は、ラスト1周の記憶が全くと言っていいほどなかった。その前の周の前半は記憶はしていたが後半はあやむやだった。それでも覚えているのは、優勝したということだけだった。ベランダで夜景を見ていたすると横の部屋の真昼が顔を出してきた。
「どうしたの」
「いや、今日のことを思い出していた」
「嫌味?」
真昼は、かわいらしく首を傾げていた。最近の真昼は、棘が無くなったようだった。
「いや、ただあの1周」
「あの1周?」
「最後のあの1周、まったくと言っていいほど記憶がないんだ」
「記憶がない?」
真昼も何言っているんだこいつと言っているような顔をした。それを見て瑠生は苦笑いをした。
「なんて言えばいいんだろうな。あの1周の後、正確には旗が振られた後の記憶はあるんだけど」
「あるんだけど?」
「うっすらとある記憶は、シケインで前輪の感覚が無くなったのにハンドルの感覚はしっかりあることだけ」
「感覚がなくなったのにハンドルの感覚はある?」
「そう、ハンドルからの入力ははっきりしていくのに前輪は感覚がなくなる」
「それは、ただ単に前輪の感覚がなくなっていっただけで手の感覚がはっきりしていっただけじゃない」
「そう思うことにする」
「そう言えば、健二はどうしたの?」
「健二は、絶賛好きな子にアプローチ中」
健二は、隣のクラスの女子に好意を持っているようで、最近連絡手段を確保したようでよくメールを交わしていた。
「あ、隣のクラスの沢田さん?」
「そう、沢田さんのことが好きらしい」
「そうなの、意外にかわいい子が好きなのね」
「そうみたい」
「瑠生は、好きな子いるの」
「好きな子かー」
瑠生は、返答に困ったよであった。しかし、その答えは案外すんなりと出てきた。
「いないかな」
「どうして」
「今は、只々走っているのが好きでその走っている瞬間のあの心地よさが好きなんだ」
「心地よさ?」
「そう、心地よさ。例えばだけど、コックピットのあの包まれた空間だったり、アクセルを開いて行った瞬間の加速とかそういったところが好き」
「なんか、告白されてみたいね」
「そうだね、告白かもしれないね」
すると、瑠生の後ろの窓ガラスが開いた。
「瑠生、もう寝るぞーー」
「健二か、わかった」
「うん」
それだけ言うと健二は、部屋に戻って行った。
「寝るか」
「そうね。おやすみなさい」
「おやすみ」
それぞれ、各部屋に戻って行った
ーーー
三人は、地元に着いてからすぐにそろって工場のサーキット場に来ていた。三人の車両は既に工場内部に入れられており次の大会に向けて分解整備をするようであった。三には、それぞれの練習車両で練習を始めたが、瑠生はモニターを見て昨日の走りについて自己分析していたのだがタイヤのことも考えると明らかに今まで攻めたこともなレベルでコーナーの侵入速度が新品のタイヤと同じポイントでのブレーキ侵入より速い速度であった。それを見ながら「あー」と言いながらぼんやりとしていたら後ろから石浦が声を掛けてきた。
「走りに来たんじゃないのか」
「走りに来ましたよ」
「なら、何で走っていないんだ」
「昨日の最後の1周の記憶がないんで確認しています」
「そうか、それが何というのかわかるか」
「いえ」
「それをは、ゾーンだ」
「ゾーンですか?」
「ああ、そのゾーンに入っていると何もかもがゆっくりに見えて普段は入ることのできない次元に入ることが出来るそれがゾーンの特徴だよ」
「石浦さんは経験したことがあるのですか?」
「あるよ、昔に一瞬だけね」
「そうなんですか」
「ああ、そしてそのゾーンは簡単にはならない。今は、走り込むしかないな」
「走ってきます」
瑠生は、自身のフォーミュラに向って歩き出した。外のストレートでは、音を立てながらフォーミュラが駆け抜けていく、白くそして瑠生たちが乗っている車両より若干大きなサイズであった。瑠生その車両が奏でる音が気になりはしたが今は走ることと思いフォーミュラに向けて再度駆け出して行った。
ーーー
瑠生のフォーミュラは、普段の様に走り続けていた、しかしの走り方は普段以上に余裕を持った走り方であった。ただただ、我武者羅に走る走り方ではなく何か試しているようなラインを確認しているような走り方で真昼や健二に追い越されていた。すると、健二がピットに帰って行っている姿を確認した。するとものすごい勢いで瑠生のフォーミュラが加速していった。そして、1コーナーには鋭角に入って行きそのまま加速していった。すると目の前に真昼のフォーミュラが見えてきた。真昼もゆっくりと走っているわけではなく攻めた走りをしているのにも関わらずあっという間に追いつき追い抜かしていった。それに対抗するような形で真昼も速度を上げて行った。真昼も瑠生の後ろに着くような形でコースの後半を追掛けて行った。ホームストレートに入ると真昼がスリップストリームから抜け出すような形で横並びになって駆け抜けて行った。しかし、1コーナの侵入でのブレーキポイントが大きく異なったことから瑠生が半車身だけ先行していった。
ーーー
「いーなー競争なんてしちゃて」
健二は、うらやましそうにピットで言った。健二の横には、担当の工藤がいた。
「仕方ないですよ。二人とも実力は拮抗していて、昨日のレースも最後まで優勝争いしていたぐらいなんだから」
「それは、俺が遅いって言いたいのかな」
「そうじゃないんですけど」
「瑠生なんて、カートに乗っているときは、俺より遅いこともあったのに今なんて時々乗るカートすら瑠生の方が早いことなんでざらにあるもんなー」
「それは、練習の仕方かもね」
「練習の仕方か。俺の方が乗っている時間は、多いと思うんだけどね」
「確かに、健二の方が乗っている時間は多いけどそれは、積み重ねの差だね」
「確かに、瑠生は土日はほとんどここに居るもんな」
実際、瑠生は放課後にサーキット場に来ることはありはするもののシミュレータに2,3時間乗るとすぐに帰ってしまい。逆に土日は1日中走ったりしている。それに対して健二は、放課後はほぼ毎日来て走り土日は昼間から練習を始めていた。
「おれも、練習の仕方変えよっかなー」
「どうだろうな」
後ろから石浦が、話しかけてきた。
「石浦さん」
「よう、健二」
「それはそうと、どうだろうな、というのはどうゆうことですか?」
「瑠生の走り方は、独特な走り方をしている。確かにあの走り方は、プロのドライバーでもしていることはあるがそれを毎周毎周続けたやり方はある意味危険でもある」
「危険なんですか」
「ああ、危険だ。一瞬でもブレーキが遅れたら、タイヤがロックするほどブレーキを踏むかそのまま壁にズドンだ」
「そんなに、危険なんですか」
「そうだ、そして特に瑠生の走り方はさらに危険だ。ありえないほど奥でブレーキを掛けて曲がって行く、確かに奥になればなるほど直線の時間が長くなり車速は上がって行くそうなるとオーバーテイク難易度は下がっていくだが」
「事故の確率は上がると」
健二は、再度ホームストレートを見た。そこには、二人が絡むように抜けて行った。そして、明らかにブレーキのタイミングが真昼とは異なることを理解させられた。
「あいつ、あほだな」
「ああ、そうだ。あほだ、あんなに危険な走りをしてタイムを削る」
「でもかっこいい」
健二の一言は独り言のようであった。そして、健二は何かを決めたようであった。
その後も二人は、走り続けたが二人共のタイヤが限界が来て後同時にピットに入ってきた。




