29話 決勝のスタートライン
決勝当日の朝。
五月の空は青く澄み渡り、気温は上がりつつあった。サーキットを吹き抜ける風は心地よいが、アスファルトの上は既にじりじりと熱を帯びている。
予選の二日目でもあり予選3で最終的なスタート位置が決まるため上位の車両は、暖気ををしたりタイヤの空気圧の確認をしたりとそれぞれ忙しそうであった。瑠生は、昨日の様に3人で話すのではなく集中するためにテニスボールを用いていた。瑠生は、ヘッドフォンで音楽を聴いているといきなり肩を叩かれた。びくりと驚きはしたものの肩を叩いたのが黒宮分かるとほっとした。すると黒宮が自身の時計をポンポンと叩いた。どうも予選3が始まる時間になったようで教えに来てくれようであった。
瑠生は、ヘルメッドや安全装備を持ってテントに向った。
ーーー
瑠生は、マシンのところまできて安全装備装備を付けていた。するとそこに真一がやって来た。
「るい、落ち着いていけ」
それだけを言うと去っていた。瑠生は首を傾げながらの装備を付けて行った。装備を付け終わると一呼吸おいて左足のシューズ裏を拭いてもらってからヘイローと乗り越え右足も同様に拭いてもらって座るポジションを調整していると左右のテントからエンジン音がしたどうも二人は、予選の準備ができたようであった。瑠生のフォーミュラも同様にエンジンを掛けてもらい準備が完了した。
少しノーズをテントから出すと横のテントから同様に健二のフォーミュラが出てきたが瑠生とは異なりそのまま勢いよくコースに向って走り出していった。それに対して瑠生は十台走る中で最後尾に着けるたまに他の車両が出て行くのを待っていた。すると、真昼も同様の考えだったようで待っていたが結局真昼が9台目、瑠生は10台目であった。
ピットレーンにはマシンたちが並んでいた。すると出口の信号が青になったのであろう健二の真っ赤なフォーミュラがコースに出て行った。それに続くような形で少しずつ出て行くが後方の車両が動き出すのは先頭の車両が3コーナーを抜てたぐらいのタイミングであった。
予選3の時間を考えると一回勝負になるため多くの選手が入念にタイヤに熱を入れていた。すると昨日の感触とは異なっており何か違和感が付きまとっていた。しかし、最終コーナーが近づいていたためアクセルを全開にした。すると違和感のの原因が判明した。車体が明らかに路面と引っ付くかのような感触があった。アタックが始まると瑠生は、みるみる車速を上げて行った。1コーナでは普段以上に内側が見れていた。S字コーナーの3コーナーも問題なく通り抜けていくするとシケイン手前のコーナーに真昼のフォグランプが見えた。すると獲物を捕らえたかのようにさらに加速して近づいて行った。結局真昼に追いつくことはなかったが、瑠生は、圧倒的な速さでポールポジションを獲得した。
瑠生は、自身がポジションを取った間隔はなくただただ、楽しんで走っているだけであった。そして自身がポールポジションを取ったのを知ったのはテントに戻ってからであった。
ーーー
予選が終わり、昼の一番から決勝が始まることになっていた。パドック裏のテントでは、三人のマシンが最終点検を受けていた。スタッフたちの動きはいつも以上に速い。――今日の一戦が、今シーズンの流れを左右することを、誰もが感じ取っていた。
瑠生はヘルメットを膝に置き、黙ってモニターを見つめていた。予選の僅差。2.07秒差。
(……勝てる。いや、勝たなきゃならない)
その横で、真昼は静かに水を飲んでいる。落ち着き払ったその姿は、むしろ嵐の前の静けさに見えた。
一方、健二はいつになく真剣な顔つきでストレッチをしていた。昨日のコーチの言葉が効いているのかもしれない。
グリッドに並ぶマシン。
観客席は立ち見が出るほどの人で埋まり、チームの旗が振られるたびに大きな歓声が沸いた。
ポールポジションには瑠生。
フロントロー2番手に真昼。
そして健二は2列目、4番手からのスタートだ。
シグナルが赤く灯る――。
全員のエンジンが唸りを上げる。
そして……消灯。
スタート!
真昼はほとんどホイールスピンなく飛び出しあっさりと抜かれてしまった。
対して瑠生は、わずかに反応が遅れ、後方から健二が並びかける。
「ちっ……!」
必死でイン側を守り、1コーナーへ。
健二は強引にアウト側から並びかけた。
だがブレーキングでオーバースピード――タイヤが鳴き、わずかに膨らむ。
その隙に瑠生はインを突き、何とか2番手を死守した。
トップを走る真昼との距離はすでに数車身。
瑠生はアクセルを踏み込み、追撃を開始した。
中盤、10周を過ぎたころ。
真昼は相変わらず安定したペースで走り続けている。ラップごとのタイムの落差がほとんどない。
一方、瑠生は攻めすぎるとバランスを崩し、抑えると差が広がる――まさに紙一重の走りを強いられていた。
(まだ追いつけない……! でも、必ず隙は来る)
後方では健二が粘り強く走行していた。序盤の無理が祟り、タイヤがじわじわと消耗しているが、それでも諦める気配はない。
20周目。
ついにチャンスが訪れた。
真昼のマシンが、タイヤカスを踏んでヘアピン立ち上がりでわずかにホイールスピン。
その一瞬を逃さず、瑠生は加速を解放した。
(今だ!)
ストレートで並びかける。
観客席から大歓声が上がった。
だが真昼は冷静だった。次の高速S字、外から並ばれても内側を死守し、鋭いステアリングワークで再び前に出る。
瑠生は食い下がるも、ラインを外れた分、立ち上がりで速度を失った。
「くそっ……!」
レースは後半へ。残り10周。
トップ・真昼。
2位・瑠生。
4位・健二。
三人の差は徐々に縮まりつつあった。観客も、ピットも、誰もが息をのんで見守っている。
だが瑠生の心の奥には迷いがあった。
(このまま攻め続ければ……完走すら危ういかもしれない。でも――)
社長の言葉が蘇る。
『速さだけでは勝負に勝てん。安定と継続、それを掴んだ者が上に行く』
理屈ではわかっている。
だが、心が叫んでいた。
(ここで勝たなきゃ、次なんてない!)
残り5周。
瑠生は再び鋭角ラインに賭けた。
1コーナー、ギリギリまでブレーキを遅らせ、マシンを切り込ませる。
タイヤが悲鳴を上げ、マシンはふらつく。
だが――何とか持ちこたえた。
立ち上がりで加速が決まり、真昼との差が一気に縮まる。
「行ける……!」
しかし次のシケイン。
ブレーキのポイントが手前な真昼にアウト側から並ぶすると一瞬真昼がこちらを見た。瑠生先しか見ていなかった。すると、車両同士が生み出す乱気流により2台が吸い付くような形で当たりながらストレートに入って行った
タイヤのこともあり真昼の方が加速がよく瑠生は、真昼のスリップストリームに入ることでタイヤの差を無くしていた。しかし、この行為は諸刃の剣であった吸い付くことでコーナーの脱出を早くしているがためにスリップストリームに入ることで減少していた。
「一気にフロントの感覚がなくなった」
この現象も一瞬のことですぐに1コーナが来た。先ほどと同様のアウトから被せたが結局順位が変わることはなかった。
最終ラップ。
トップは真昼、2位に瑠生、4位に健二。
前二人の差はわずかコンマ数秒。
バックストレート。
瑠生がスリップストリームを使い、真昼に並びかける。
「来るな……!」
真昼は必死でインを閉める。
瑠生はそれでもインから入りこみ、二人はサイド・バイ・サイドのまま最終コーナーへ突入した。
ブレーキング勝負。
真昼が一瞬前に出る――だがオーバースピード。マシンが外に膨らんだ。
その隙を突き、瑠生はインを抜ける。
そしてチェッカー。
トップ・瑠生。
2位・真昼。
3位・前年のチャンピオンの 金田孝希
ピットに戻ると、三人はそれぞれの表情でヘルメットを脱いだ。
真昼は静かな笑みを浮かべていた。
健二は悔しさを隠せず、拳を強く握りしめていた。
そして瑠生は――苦笑を浮かべながら、心の奥で強く誓った。
夕暮れのサーキットに、再び三人の影が伸びていた。




