28話 試練の予選
春の陽射しが柔らかく差し込む季節から段々と日が強くなってきた5月の2週目の土曜日。
ジュニアフォーミュラの2戦に向け、瑠生たちは県外のサーキットへとやって来ていた。
三人が使用するマシンは既にサーキット場に運ばれておりそこでセッティングが行われていた。瑠生たちは学校が終わり次第向ったためまだ一度も今回のセテイングで走行がしたことがない。しかし、3人は恵まれており、選手によっては予想して持ってきてフリータイムにセテイングをするそうすると調整が成功していれば良いが出来ていなかったときは悲惨なことになる。そう言ったことを考えると有利ではあるが瑠生たちのチームは新チームのためデータをあまり持っておらず他のチームよりは劣っている点ではある。
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フォーミュラを整備しているテントにでは、ピットスタッフが世話しなく動いていた。今回のレースは、IFC5と合同でやるため上のクラスに優先的にピットが与えられていた。そのためテントで整備していたが瑠生たちチームには大型のトランポが2台あるためにそこで着替えたりくつろいだりできるため他のチームよりは良かった。だが、同じように小型のトランポを持っているチームはあるのだが。
3人のフリータイムは10時からであったためゆっくりしていたが1時前ともなると着替えたりと多少忙しくなりセテイングの状態を聞いていたりしていた。
「どんな感じですか」
瑠生は、自身の担当の黒宮に聞いていた。
「セテイングは、この前のテストの時に良いタイムを出したセテイングになっています」
黒宮は、タブレットを見ながら詳しい車体の状態を説明していた。
「そう言えば、健二の車体はどうなったんですか?」
「健二君の車体は前回の大会で使用したのと同じだよ」
「そうなんですか?」
「フロントの損傷と足回りの変形だけで済んだから」
しかし、どうも大変であったようだ。事故を起こしたのが2週間以上前だとしても瑠生、真昼のフォーミュラも当然の様に分解整備しているためどうの多忙であったようだ。確かに連日真一は帰宅が遅くはなっていた。
その後は、コースレイアウトについて詳しく聞き大まかなブレーキポイントを決めているとあっという間に10時、5分前になった。すると、ちらほらテントからエンジン音が鳴り始めた。
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瑠生は、三人の中では最も早くコースインしたすると同タイミングでチャンピオンもコースインしてきた。二人はゆっくりタイヤを温めるためにウイービングしながら1周した。瑠生は、最終コーナーを抜けるとアクセルを全開にしたすると後ろから同様に全開にしているであろう音が聞こえて来た。瑠生は、練習していた鋭角ラインで1コーナーに侵入したすると車体はふら付いた。
「くそ、ダウンフォースが足りない」
何とか大きくバランスを崩すことなく、次のコーナーに侵入していった。瑠生は、1周しただけでクールダウンに入っていた。すると横から真昼、健二の二人がアタックに入っていた。真昼は何時もの様に安定して走行していたが明らかにセーブして走っているようで、逆に予選を走っているかのようなスピードで真昼を追い抜いて行った。
「あんな、走りして後半大丈夫かな」
瑠生の心配事は後に的中することになる。
テントに戻った瑠生は、側面のエアロパーツを変えて走ったり、ウイングの角度を変えて結局時間一杯まで調整をし続けた。
ーーー
瑠生が、お昼ご飯を食べていると疲れ様で真昼がやって来た。
「どうしたの?」
「どうしたも、こうしたもないわよ。セッティングが上手くできてなくってリテイリングの繰り返し何とか走れるようになった。てな感じよ」
どうも、健二に抜かれていたのはセーブしていたわけではなく必死に車体をコントロールしていたようであった。しかし、それでも外からの見ていた時にセーブしているように見えただけすごいと思ってしまった。
「瑠生は、どうなのよ」
「良い感じには、できたけど40周のロングランに耐えれるかが分かんない」
「私も、そこが心配よ。健二なんて全力でやりすぎてコックピットで寝てたわよ」
テントに健二のフォーミュラが止まっていたので休憩しているのだ思っていたら、思いもしない状況で瑠生は笑ってしまった。健二の姿を思い出したのか最近笑うようになってきていた真昼も笑い出した。
すると入り口の方から健二が入ってきた。更に面白くなった二人がさらに笑うと健二は首を傾げた。二人の笑いが収まると健二は話し出した。
「なんか、面白いことでもあったのか?」
「いや、健二起きれたの?」
「いや、石浦さんに最後のチェックするのに邪魔だからどけろって叩かれて起こされた」
「そりゃあ、邪魔だよ」
どうも、健二は最終チェックの際邪魔ということで起こされてよだが主な原因は、昨夜遅くまで起きていたことなのだが。その後三人は、昼食を食べながらたわいない話をしながら過ごしていた。
ーーー
昼食も終わり、予選1の時間が近づいて来ていた。テントに並ぶマシンは、それぞれのチームカラーを纏い、陽光を浴びて鈍く光っている。エンジンを始動させる音が響き渡り、観客席にはすでに数百人の観客が集まり始めていた。
今回の舞台は、アップダウンが多く、名物の高速S字とヘアピンが連続するテクニカルコースだ。
「鋭角ライン」が果たしてここでも通用するのか――瑠生の胸は緊張で高鳴っていた。
「よし、行ってこい!」
メカニックの石浦が背中を叩く。
瑠生は深く頷き、ヘルメットを被った。
隣のピットでは真昼が静かにシートベルトを締めている。彼女の表情は、普段の学校での冷静さそのまま。だが瑠生にはわかった――彼女も内心では闘志を燃やしている。
一方で健二は、ピット裏で父の知り合いのコーチから厳しい指示を受けていた。
「突っ込みすぎるな。昨日のお前のクラッシュは“欲”が原因だ。今日は丁寧に刻め」
「わかってるって!」
健二は強がりながらも、額には小さな汗が滲んでいた。
まずは真昼がコースに飛び出す。
冷静で無駄のないドライビング。彼女のマシンは1コーナーごとにラップを削り取り、暫定トップに躍り出る。
「やっぱり精度が違うな……」
瑠生はタイヤを温めるながらその走りを見ていた
次は自分の番だ。
アタックに入るギリギリまで、ブレーキとタイヤを温め、呼吸を整える。
アタックに入った途端、瑠生はものすごい勢いで1コーナに入っていた。
(ここで鋭角に切り込む!)
思いきりハンドルを切り込み、マシンを半ば強引に向きを変える。
するとフロントが一瞬浮いたような感覚のあと、立ち上がりで加速が決まった。
データ通り、出口速度はこれまでにない伸びを見せる。
しかし、迎えた高速S字――。
(ここは直線的に!)
少し手間取りながらも順調にマシンを操作し続けた。
だがシケインで、ほんのわずかなタイミングのズレで、マシンはスピンモードに入りかけた。必死でカウンターを当てて立て直す。
「……危なっ!」
汗が背中を伝う。何とか良いタイムを刻めたことを聞いた。瑠生は再度アタックに入ったが、先ほどのスピンしかけた影響でタイヤが傷み結局タイムを更新することなくクールダウンに入った。
テントに戻ると、石浦が険しい顔で言った。
「悪くはないが、不安定だ。タイムは真昼に僅かに届かない」
モニターには予選順位が映し出される。
暫定1位・真昼。2位・瑠生。
健二はというと……。
「ぐああああ! また5位かよ!」
ピット裏でヘルメットを脱ぎ、地面に座り込んでいた。
ーーー
IFC5の予選中三人はテントで水を飲みながら休んでいた。
「……どうしても安定しない」
瑠生が呟くと、真昼はタオルで汗を拭きながら答えた。
「理屈は間違ってない。でも、操作が一つでもズレたら破綻する。ギリギリを狙いすぎなのよ」
「だけど、あれを極めなきゃ勝てない」
「極める前にコースアウトするんじゃ、本末転倒」
真昼の声は冷静だが、その瞳にはわずかな挑発の色が混じっていた。
健二は黙って二人を見ていたが、やがて拳を握りしめて言った。
「俺だって、絶対諦めない。次の決勝、見てろよ!」
ーーー
予選2が始まると真昼はさらにタイムを縮め、ポールポジションをほぼ確定させた。
健二は粘りの走りで4位まで浮上する。
瑠生は――。
最後のアタックで、再び鋭角ラインに挑む。
(ここしかない!)
ステアリングを切り込み、加速を最大限に解放する。
チェッカー後、タイムが表示された。
コンマ0.07秒差。――2位。
僅差で真昼に敗れた。
ピットに戻ると、社長が立っていた。
「惜しかったな、瑠生」
低い声でそう言ったあと、真昼のほうを見やる。
「お前たち二人の争いは、この先ずっと続くだろう。だが忘れるな――速さだけでは勝負に勝てん。安定と継続、それを掴んだ者が上に行く」
瑠生は深く息を吐いた。
胸に残ったのは、悔しさと――次こそは、という強い決意だった。
(必ず……必ず超えてみせる)
夕暮れのパドックに、三人の影が並んで伸びていた。




