26話 鋭角のライン
中学校に入学して数週間が過ぎ、瑠生たちはようやく新しい環境に馴染み始めていた。
教室にはまだ新品のカバンと制服の匂いが残り、窓の外には春の光に揺れる桜の花びら。黒板には担任の丸みを帯びた文字が並んでいる。
瑠生は国語の授業中、先生の声を聞きながらもノートの端にコースの簡単な図を描いていた。前回のレースで見つけた「鋭角ライン」。チャンピオンの走りを真似てコーナーを鋭く切り込んだとき、今までにない速度で立ち上がれた――。
その感覚が頭から離れない。
「おい、るい」
隣の席の健二が小声で囁いてきた。
「お前またコース図描いてんだろ。顔に出てんぞ」
「……やばい?」
瑠生は慌ててノートを閉じた。
すると後ろから真昼の冷静な声。
「先生に見つかったら注意されるわよ。少なくとも、私はそう思う」
瑠生と健二は思わず振り返った。真昼は表情を変えずに教科書を読んでいる。だがその声色には、かすかな呆れと興味が混じっていた。
「まったく、お前ら、授業中にまでレースのこと考えるなよな」
「……いや、考えちゃうんだよ」
健二はニヤリと笑い、瑠生も小さく頷いた。
そのやり取りを、前の席の男子生徒が聞いていたらしい。振り向いてにやにや笑いながら言った。
「なあなあ、本当にレースやってんのか? ニュースで見たぞ、ジュニアなんとかってやつ」
クラスの何人かが一斉にこちらを向く。
「すげー! マジで出てんの?」
「テレビに映った?」
「危なくないの?」
突然の注目に、瑠生は答えに詰まった。健二は得意げに胸を張る。
「もちろんだ! 俺ら、全国のレース出てんだぜ。将来はIFC1ドライバーだからな!」
クラスが一気に盛り上がり、先生がチョークを止めて「静かに授業中だぞ」と振り返った。
そのとき真昼が小さな声で言った。
「……ほらやっぱり、学校ではあまり話さないほうがいいわね」
彼女の一言で、瑠生の胸の奥が静かにざわめいた。
(俺たちの世界は、普通の中学生の毎日とは違うんだ……)
ーーー
授業が終わり、それぞれが部活に行ったり帰宅していく。三人はフォーミュラのことのあり部活には入部していなかった。三人が通う中学校は私立なこともあり結構自由にできる。例えばだが、勉強方法が挙げられるある者はノートに書き込み、ある者はたブレッドに授業内容を書き込んでいる。因みに、真昼はタブレット、健二は手書きである。
そして、この学校は中高共学のこともあり部活によっては中高合同で行っておりその中にカート部があった。当然カート部の部員たちは三人がフォーミュラに乗っている知ると勧誘してきたのだが三人とも所属していない。少し時間があればフォーミュラのシミュレーターをやったり乗ったりするような三人はカートには未だに乗るが遊びと言った感じが強い。どうも健二は、カート部に知り合いがいるようで顔を出している用であるが。
「瑠生、今日は練習しに行くの?」
真昼は、恒例となってきた連周囲に行くのかと聞いてきた。
「うーん、どうしようかな。今日は練習日じゃないからな」
昨日は、瑠生は練習日であっため放課後すぐにコースに行き21時まで練習していたのだ。
「そっか、じゃ私は練習だから」
「まって、俺も行くよ」
真昼は、練習日だったようで行こうとしたので瑠生も昨日解決できなかったことを試しに行くことにした。因みに、既に健二は教室にはいなかった。
ーーー
二人は電車に並んで座って、サーキット場に向っていた。
「ねえ」
「なに」
「最近授業中書いてるあのライン何」
「秘密」
瑠生が最近何かを試しているのは、真昼も健二も気が付いてはいた。ただ、健二は「瑠生が走るラインは真似するとコースアウトする」って言って興味を示してはいなかった。それに対し、真昼は瑠生の天才的なドライビングを生みだすことがあるためどうやったそんなドライビングが出来るのか気になって仕方なかった。
「何で」
「何でって……作戦の1つだから?」
瑠生自身の発言に疑問を持ちつそう返した。
そんな瑠生の回答が気に入らなかったのかその後ずっと外を見ていた。
ーーー
工場に着くといつものように二人は各自更衣室に入っていた。
更衣室には、他の選手もいたのだがその選手たちはカートがメインなのでコース上では合わないため全くと言っていいほど誰が何という名前かわからなかった。一方真昼の方は貸し切り状態でここ数年女性も増えてきたと言ってはいるがまだまだドライバーは男性の方が多いのが事実だった。
二人が出てきたのは同タイミングだったのだが恰好が異なっていた。真昼はレーシングスーツを着ていたのだが瑠生は、ジャージ姿で手には手袋を持っているだけだだった上シャワーも浴びたようで髪の毛には、水気があった。
「乗りに来たんでしょ」
「乗りに来たよ」
「なのになんでジャージ姿なのよ」
「シミュレーターに乗るだけだからね」
真昼は、何かがっくりしたようにコースに歩き始めた。瑠生は、何故真昼ががっくりしているのかがわからなかった。瑠生は、その後みっちり2時間シミュレーをやって帰っていった。それを知った真昼は、肩を落として家に帰って行った
ーーー
次の日に三人は工場横のサーキットに集まっていた。コースのアスファルトは夕陽に照らされ、光と影のコントラストがはっきりと浮かんでいる。
「さて……例のライン、試すか」
瑠生はヘルメットを被りながら呟いた。
まずは真昼が先にコースインした。彼女の走りは相変わらず正確無比。ブレーキポイントも立ち上がりも寸分の狂いがなく、マシンは滑らかにラインを描いていく。ただ、ブレーキを掛ける位置が変化していた。
「やっぱ安定してんなぁ……」
健二がヘルメッド越しに感嘆の声を漏らした。
続いて瑠生がコースに入る。
最初の数周はいつも通りのラインをトレースし、タイヤとブレーキを温める。
そして迎えたヘアピン。
(ここだ……!)
ブレーキをほんの少し遅らせ、ハンドルを鋭く切り込む。従来の円を描くような走りではなく、直線的に突っ込み、鋭角にマシンを向ける。
フロントタイヤが悲鳴を上げ、車体が一瞬不安定になる。
だが――立ち上がりの速度は明らかに速かった。
「おおっ!」
ピットから見ていた健二が思わず声を上げる。
ラップタイムはコンマ数秒だが確かに縮んでいる。
瑠生自身もステアリングを握る手に熱が走った。
(これだ……これが、新しい武器になる!)
しかし、次の周。
健二が勢いよくコースインし、瑠生と同じようにブレーキを遅らせ曲がるのを試みた。
「うおおお、俺だって!」
突っ込みすぎた。ブレーキが遅れすぎて、ブレーキを強く踏みフロントがロックする。
マシンは派手にスピンし、砂利の中で止まった。
「いってぇぇ……!」
無線越しに健二の情けない声が響く。
ピットに戻ってきた健二は、ヘルメットを脱いで苦笑した。
「くそっ、真似したのに全然ダメだ!」
真昼は淡々とした表情で言う。
「瑠生のは“勘”よ。ラインは理にかなっていて安定してるけど。少しでも操作がずれたら、健二みたいにスピンする」
「な、なんだと!?」
健二がむきになるが、真昼は動じない。
瑠生は唇を噛んだ。
「……たしかに、どうして曲がれたのか、自分でもわからないんだ」
その正直な告白に、一瞬の沈黙が流れた。
練習を終えた頃、社長がピットに現れた。
腕を組み、三人のマシンを順番に見回す。
「ふむ……見つけたな、瑠生」
瑠生は驚いて顔を上げる。
「社長……見ていたんですか」
「ああ。鋭角に切り込むライン。あれはタイムを出すだけなら正しい。しかし、お前はまだ説明できていない」
社長は険しい表情で言った。
「次のレースまでに証明しろ。データでな。感覚だけでは通用しない。言葉と数字で、なぜ速いのかを示すんだ」
その言葉に、瑠生の胸は熱くなると同時に重くもなった。
(感覚じゃなく、理屈で……? 俺に、できるのか……?)
だが、逃げ道はない。
ジュニアフォーミュラの舞台で戦うなら、感覚だけでは限界がある。
夕暮れのサーキットに、三人の影が長く伸びていた。




