20話 春風のフォーミュラ
春の空気はまだ冷たいが、冬の鋭さはやわらぎ、草木は芽吹き始めていた。
長い冬を越え、瑠生、真昼、健二はサーキットに集まっていた。
今日の目的はただ一つ――チームのフォーミュラカーでの初ドライブ。
ーーー
冬休みが終わり、チームに所属すると決めた瑠生の生活は、大きく変化していた。
これまで2日に1度だった練習は、勉強との両立のために3日に1度へと減らした。
その代わりに、土日はフォーミュラカーの操作系統を学ぶために工場に通っていた。
「この右のダイヤルはエンジンマップの切り替え。これは、ピットで押すボタン」
「ハンドル裏のこのパドルがシフトだ。右でギアを上げ、左で落とす。カートとはまるで違うぞ」
メカニックからの説明を受けるたび、三人は食い入るようにハンドルを覗き込み、ノートに書き込んだ。
ただ走るだけではない。電子制御を使いこなし、タイヤの摩耗を抑え、ブレーキバランスを調整し……まるで飛行機のパイロットのような操作が求められる。
瑠生は一度シミュレーターに座ったとき、思わず声を漏らした。
「……忙しい。手も足も休む暇がない」
真昼は淡々と答えた。
「でも、これを当然のようにこなす人たちが世界にいるの。私たちも、そこに行く」
健二は両手を握りしめながら笑った。
「上等じゃん! 俺たちだってやってやろうぜ!」
ーーー
春先の柔らかな陽光がサーキットを照らす。
黒いカーボンのフォーミュラカーがピットの中央に鎮座していた。瑠生、真昼のフォーミュラは塗装がまだされておらずカーボンの地肌が見えていた。それに対して健二のフォーミュラは白かったこれは、健二のフォーミュラがFRPで出来て何時ためだった。
三人はレーシングスーツに袖を通し、順番にマシンに乗り込む。
最初に乗り込んだのは真昼だった。
シートに沈むように身体を収め、両足を前へ伸ばす。
ハンドルが装着されると、まるで操縦席に閉じ込められたパイロットのようだった。
「視界が……低い」
真昼は小さく呟いた。
路面がすぐそこに迫っている。地面と同じ高さに視線があるようで、恐怖と高揚が同時にこみ上げる。
続いて健二が座り、身体を震わせた。
「うわっ……マジで寝っ転がってるみたいだ! ブレーキ、これ踏めるのか!?」
ペダルは異常なほど重く、力任せに蹴飛ばしても簡単には動かない。
最後に瑠生がシートに収まる。
両手でハンドルを握り、ボタンを確認する。
(これが……次のカートか)
ーーー
エンジンがかかると、三人は息を呑んだ。
甲高い音が鼓膜を震わせ、胸にまで響く。
カートの音とはまるで違う、鋭く突き刺すようなサウンドだった。
真昼が先陣を切った。
ピットロードを走り出し、コースへ飛び込む。
加速はまるで弾丸。シフトパドルを引くたび、身体が後ろへ引きちぎられるように押し付けられる。
(これが……フォーミュラ……!)
1周を終えて戻ってきた真昼の目は、いつも以上に強い光を宿していた。
次に健二。
最初のシフトで一瞬戸惑い、ギアが抜けてエンジンが空ぶかしになる。
「うわっ!」
慌ててパドルを叩くと、今度はギアが繋がり、再び加速。
直線では歓喜の叫びを上げながらも、ブレーキの重さに苦しみ、コーナーで何度もタイヤをロックさてた。
最後に瑠生がコースへ。
加速の衝撃に思わず息を止め、ハンドルを握る手に力がこもる。
(勉強と両立? 本当にできるのか?)
迷いが脳裏をよぎり、ブレーキを早めに踏み込んでしまう。
だが、そのおかげでマシンは安定し、立ち上がりは意外にもスムーズだった。
数周を走り終えたとき、三人の胸は高鳴り続けていた。
ーーー
走行を終えた三人は並んでスタンドに腰を下ろした。
春の風が頬を撫で、遠くには菜の花の黄色が揺れている。
三人は何時もの様に連れ立ってストレスが見える場所で昼食を取っていた。目の前のコースではEVフォーミュラカーの独特の音がなっていたがそれは、非常に静かな物であった。
「どうだった?」
真っ先に健二が話し出した。
「早かった」
真昼は、楽しそうであった。
「速かったなー。シミュレーターよりも運転しにくいし」
それに健二は楽しそうに返していたが、瑠生は目の前を駆け抜けていくフォーミュラカーのブレーキポイントに夢中だった。




