18話 冬休み、工場の扉の奥で
冬休みの朝。
街は冷たい風に包まれ、子どもたちの吐く息は真っ白に溶けていった。
瑠生は両親とともに真一の工場に向かっていた。
今日は特別な日。真昼も健二も、それぞれの親と一緒にやって来ることになっていた。
「やっと会えるのね、瑠生くんに」
真昼の母が真昼のマフラーを直しながら微笑む。真昼のお父さんは何時もの通り無言であったが何か楽しそうであった。
「ずっと話だけ聞いてたから、楽しみにしてたよ」
健二の父も感慨深げに言った。
工場の外にはすでに何台かの車が停まっていた。
扉を開けた瞬間、油と鉄の匂いが漂い、機械の低い唸りが耳に届く。
「ここが……」
真昼が目を細め、無言で辺りを見渡した。
健二は思わず声を上げた。
「うわっ! すげぇ……!」
瑠生は少し得意げに笑った。
「前に一度来たことがあるんだ。だから僕、ちょっとは知っているよ」
「へぇ、いいなぁ」
健二が羨ましそうに言い、真昼は無言で瑠生を一瞥する。
ーーー
工場の奥へ進むと、真一が子どもたちを手で制した。
「今日は特別に、こっちを見せてやろう」
案内されたのは普段は閉ざされている大きなシャッターの前。
重たい音を立てて扉が開くと、中には広い空間が広がっていた。
まるで展示場のような整備場であったようで箱車が多くあったがその中に黒いカバーがかかった大きな車が1台だけ鎮座していた。その車は車高が低く、そしてその形状に見覚えがあった。照明が床に反射していることでそこだけが輝いて見えた。
「……なんだろう」
真昼が呟いた瞬間、真一がゆっくりとカバーを外した。
ーーー
現れたのは、カーボンファイバー製のモノコックで足回りはアルミニウムで出来ている用でありカーボンファイバーとアルミニウムを組み合わせたフォーミュラカーだった。
鋭いノーズ、むき出しのサスペンション、そして艶やかな黒のカーボンが光を吸い込むように輝く。
「な、なんだこれ……!」
健二が思わず声を漏らす。
「これがジュニアフォーミュラかー」
真一の声が響いた。
「カートとは違う。時速150キロを超え、シートに座れば身体ごと地面に吸い付くような感覚になる。これから先を目指すなら、必ず通る道だ」
子どもたちの親たちも一様に息を呑んでいた。
「こんなものを……工場で保管しているなんて」
真昼の父が低く言い、健二の母は不安そうに唇を噛んだ。
ーーー
その時、背後から拍手が響いた。
「やはり、先に見せてしまったか」
スーツ姿の社長が姿を現した。
彼の瞳はまるで狩人のように鋭く、マシンを見据えている。
「これが君たちの次の舞台だ。瑠生、真昼、健二――そして、親御さん方にも理解していただきたい」
「次の舞台……?」
瑠生が問い返すと、社長は頷いた。
「地方選手権で新設されるジュニアフォーミュラカテゴリー。君たちを候補として新設するチームの選手として迎え入れたい」
場がざわめいた。
健二の父は驚きの表情を浮かべ、真昼の母は不安を隠さず言った。
「でも……まだ子どもですよ?」
社長は微笑みを浮かべる。
「ジュニアフォーミュラなんだから子供だろう」
瑠生たち三人の反応は大人たちの反応とは全くと言っていいほど真逆な反応をしていた。
真昼は静かにマシンを見つめ、唇を結んだ。
「……挑戦する。私は、さらに上を目指す」
健二は迷わず拳を握る。
「俺だって……もう脇役じゃ嫌だ! やる!」
瑠生はカーボンの車体に映る自分を見て、深呼吸した。
「僕も……ここで止まりたくない。もっと速くなりたい!」
真一は子どもたちの決意を見て、低く言った。
「覚えておけ。これはおもちゃじゃない。命を懸ける場所だ。その覚悟がなければ、踏み出すことは許されない」
その言葉に、三人は真剣な顔で頷いた。
ーーー
社長からの親たちに説明が終わるまでは瑠生たちはフォーミュラカーを夢中で見ていた。そして、説明が終わるころには夜になっていた。
工場を出ると、空には冬の星々が瞬いていた。
吐く息が白く消えていく中、三人は言葉を交わさずに空を見上げる。
瑠生の胸は高鳴っていた。
(ここからが本当のスタートなんだ……)
真昼は静かに心で誓った。
(必ず、瑠生を越える。どんな舞台でも)
健二は拳を握り、歯を食いしばった。
(俺も……絶対に勝ち残ってやる!)
冬の夜空に、三人の決意は確かに刻まれていた。




