13話 決勝の朝
秋の空気は澄みきっていた。
まだ朝日が低く差し込むサーキットに、すでに観客の歓声とエンジン音が響いている。
ピットでは、瑠生がレーシングスーツのファスナーを上げながら深呼吸をした。
「今日は決勝だぞ。落ち着いて、自分の走りを出せ」
父・真一の声は普段よりも低く、張りつめていた。
「うん……」
瑠生は胸ポケットに入れたピストン片を握りしめる。
隣のテントでは昨日と同様に健二が、すでにヘルメットを抱えて気合を入れていた。
「今日こそは……絶対に負けねえ!」
その奥で、真昼は淡々とタイヤの空気圧をチェックしている。視線が一瞬交わったが、すぐに逸らされた。
――その落ち着きが逆にプレッシャーをかけてくる。
ーーー
十数台のマシンがグリッドに並ぶ。
赤いランプが灯り……消えた瞬間、一斉に飛び出した。
「行けぇ!」
健二は豪快なスタートで一気に前へ出る。1コーナーでインを突き、トップに躍り出た。観客席がどよめく。しかし、真昼は落ち着いてその後を追っかけていた。
瑠生は3番手までに上がり、真昼は2番手を冷静にキープ。後方には浩一も食らいついていた。
ーーー
順調に周回を重ね5周目に入った時だった、健二がまたしても出口で乱暴に踏み込み、リアが流れる。
「ぐっ……!」
必死に立て直すが、その隙に真昼がスッとインを差し抜いた。
「やっぱり……速い!」
瑠生もその後ろにピタリとつける。
しかし後方では浩一のマシンが突然スピードを失った。煙を吐きながら惰性でコース脇へ――。
「マシントラブルか……!」
観客席にため息が広がる。
これで勝負は完全に三つ巴へ絞られた。
ーーー
残り5周、トップは真昼、2番手瑠生、3番手に食らいつく健二。
瑠生はインストラクターの言葉を思い出す。
(ギュッと踏んで、スッと離す……そして、出口でスッと全開!)
最終コーナーでその通りに操作すると、加速が伸び、真昼に横並びまで迫る。
「抜けるか……!」
だが真昼は少しも慌てず、右回りのアウトから大きな弧を描き、加速で再び前に出る。観客席が歓声を上げた。
一方、健二はタイヤが限界を超えて突っ込み、タイヤをロックさせてコースアウト寸前。何とか戻るも順位を落とし、5番手に沈む。
「くそぉぉ!」
ーーー
最終ラップ、最終コーナー。
瑠生は渾身の走りで真昼に並びかける。アウトから全開――。
「届けっ!」
だが、チェッカーフラッグを先に受けたのは真昼。ほんの数十センチの差だった。
結果は――
1位 真昼
2位 瑠生
5位 健二
観客席からは大歓声と拍手が巻き起こった。
ーーー
ピットに戻ると、健二がヘルメットを乱暴に投げつけた。
「なんでだよ! 攻めても攻めても……勝てねえ!」
「攻めすぎてるからじゃない?」
真昼が淡々と答える。
「くそっ、偉そうに!」
瑠生はその間に割って入るように笑った。
「でも、僕……今日、真昼にあとちょっとまで迫れたんだ。次は勝てるかもしれない」
真昼は一瞬だけ口元を緩めた。
「……その時を楽しみにしてる」
健二は悔しさで歯を食いしばりながらも、二人を見て拳を握り去って行った。
「次こそ……絶対負けねえ!」
「ねえ、瑠生」
珍しく真昼から声を掛けてきたことに少し瑠生は驚いてしまった。
「ど、どうした」
「この後、ICF5のレースがあるけど見ない?」
「う、うん」
瑠生の返事を聞いた。真昼は少し楽しそうであった。
ーーー
真昼とは、ICF5のレースが終わるまで見ていた。瑠生からして見れば驚くことが数多くあった。三人が夏に体験したフォーミュラカーとは全くと言っていいほど速度いきが異なり早かった。そしてカートよりも明らかに手前でブレーキが掛けているような動きがあることに気が付いた。
二人がそれぞれのテントがあった位置に戻るとどちらのともテントは片付けられており明らかに二人を待っているようであった。
「「お父さーん」」
息を合わせたわけでもなのに二人の声はかぶさった。その二人の声に気が付いた。父たちは会話を止めこっちに向ってきた
ーーー
「るい、今日は楽しかったな」
真一は何時もの様にやさしい声で話しかけてきた。
「うん。でも今度は真ん中に立ちたいな」
「そうか」
真一はなにやら楽しそうであった。
秋の空の下、一層三人の火花はさらに強く燃え広がったレースだった。




