11話 大会直前の特訓
秋の気配が濃くなり、朝晩は冷え込むようになった。
瑠生は学校を終えるとランドセルを家に置き、すぐにレーシングスーツのバッグを肩にかけてサーキットへ向かった。今週末はいよいよ大会。最後の調整が必要だった。
「おう、来たな」
真一がピットで待っていた。工具箱の横には、タイヤがきれいに積まれている。
「今日は大会直前だから仕上げだ。全開で走るんじゃなくて、課題を潰すことを意識しろ」
「うん!」
瑠生は力強く頷いた。
ーーー
カートに乗り込む前、真一が指でステアリングの横を軽く叩いた。
「るい。お前はまだアクセルを一気に開けすぎる。出口でマシンが膨らむのはそのせいだ。アクセルは“スッと全開に”するんだ。カチッとスイッチみたいに踏むな」
「スッと……全開に」
瑠生は頭の中で繰り返す。
さらに真一は、両手を上下に動かして説明を続けた。
「それとブレーキ。『ギュッと踏んで、スッと離す』。長くじわじわ踏むんじゃなくて、一気に荷重をかけて、マシンの姿勢を作ったら素早く解放しろ。で“スッ同時に”アクセルを繋げば、出口で暴れない」
「ギュッ、スッ……スッ」
頭の中でリズムのように刻みながら、瑠生は深呼吸をした。
コースイン
秋風が吹く中、エンジン音を響かせて瑠生はコースへ飛び出した。
1コーナー、進入で「ギュッ」と強く踏み込み、「スッ」と離す。マシンが前傾姿勢を作った瞬間、出口が見えてから「スッ」とアクセルを全開。
「……あ、暴れない!」
今までならリアが流れてカウンターを当てる場面でも、マシンは素直に前へ出る。
バックストレートを駆け抜け、最終コーナー。ここでも同じように少し我慢し、出口が見えた瞬間にスッと全開。
エンジンが一気に唸り、体が後ろに押しつけられる。
「これだ!」
ーーー
瑠生がピットで走り方を再度確認していたころ別の走行枠で健二と真昼も走っていた。
健二はやはり全開勝負で、出口で大きくリアを振り回している。
「くそっ、また滑った!」
彼は汗だくになりながらも、攻める姿勢を崩さない。
一方、真昼は無駄のない走りを見せていた。ブレーキの入り方も、アクセルの開け方も寸分の狂いがない。その走りを見ていた周囲の大人たちが思わず声を漏らす。
「やっぱり別格だな……」
ーーー
走行を終えてピットに戻ると、健二がヘルメットを乱暴に脱いだ。
「なんで俺だけこんなに滑るんだよ!」
「それは……アクセルの踏み方じゃないかな」
瑠生が恐る恐る言うと、健二は睨み返した。
「なんだと?」
真昼がタオルで首元を拭いながら、淡々と口を開いた。
「出口で一気に踏みすぎ。タイヤが耐えられないのよ」
「うるせえ!」
健二は声を荒げるが、内心はわかっているのか、悔しそうに視線を逸らした。
瑠生は二人の間に割って入るように言った。
「でも、今日の走りで僕、少しコツが掴めたんだ。出口で我慢して、スッと踏む。それで速くなった」
健二は黙り込み、真昼はふっと笑みを浮かべた。
ーーー
その後、真一がラップタイムを記録したタブレットを差し出した。
「見ろ、るい。最後の数周、お前のタイムは真昼ちゃんとほとんど同じ何回かは真昼ちゃんより早い」
「ほんとに!?」
瑠生の目が輝く。
「ただし、安定して出せていない。大会で必要なのは速さもだが“再現性”だ。どんな状況でも同じ走りをできるようにしろ」
「……わかった!」
それぞれの夜
その夜。
瑠生は机に広げた反省ノートに走行の感覚を書き込んでいた。
ページには、ブレーキとアクセルのタイミングを線グラフのように描く。
赤で「ブレーキ」、青で「アクセル」と書き、縦軸は踏み込みの強さ。
「ブレーキは“ギュッ”と上がって“スッ”と落ちる山型……で、少し空白を置いて……アクセルが“スッ”と100%まで上がる曲線」
ペン先でなぞりながら呟く。
「これを再現できれば、絶対に戦える」
ノートの端に大きく「勝つ!」と書き込み、ピストン片を握りしめる。
「次こそ、真昼にも健二にも勝つ」
窓の外には、秋の虫の声が静かに響いていた。
大会は、もうすぐそこまで迫っていた。
ーーー
真一が会社の休憩時間で瑠生が昨夜書いていった反省内容についてみていると上から声が掛かった。
「これは、ブレーキ、アクセルのタイミングかい」
真一は、あまりにも集中していたので人が近づいてきていることに気が付かなかった。
「社長」
その声を掛けきた、人物がさらに社長だと分かるとさらに驚いてしまった。
「社長だよ。それにしてもこれは、誰が書いたんだい」
「家の息子が」
真一は少し恥ずかしそうに答えた。
しかし、社長はそれよりも気になっていたのとがあった。
「この書き方は教えたのか」
「いえ、息子が自ら考えて書いたんだと思います」
「そうか」
それを確認すると社長は去って行ってしまった。真一は疑問を持ちつつ昼食に戻って行った。
社長は、何か楽しそうに歩いて行ったことに真一は気が付かなかった。




