亀になった男
気がつくと、公園の池で泳いでいた。
体は甲羅に覆われ、手足は短く、どう見ても亀だ。
事故だったのか、呪いだったのか、そんなことはもうどうでもいい。
「人間の世界には戻れないんだな」と、すぐに諦めた。
新しく出会った亀たちと、うまくやっていければいいと思った。
──だが、現実は甘くなかった。
「なんかあいつ、顔が怖くない?」
「目がギョロッとしてて、動きも変」
「ってか……ぶっちゃけ、キモくね?」
人間時代には、そこそこ整った顔立ちだと言われていた。
なのにこの池では、会う亀、会う亀、皆が顔をしかめて去っていく。
どうやら僕の“顔”が、決定的に浮いているらしい。
仲間外れ、無視、たまに物理的ないたずら。
陸に上がれば砂をかけられ、水に潜れば足を引っかけられる。
「……まあ、もともと“外来種”みたいなもんだしな」
心を無にして、ただ水中を泳ぐ日々が続いた。
そんなある日。
向こうから、見慣れない亀──いや、少し違うフォルムの何かが泳いできた。
甲羅は黒く、首は長く、顔にはどこか野性の迫力がある。
相手はこちらを見るなり、目を見開いた。
「……ちょっと、あなた」
「……なんて、素敵な顔なの」
思わず固まった。
「その鋭い目つき、むっちりした頬、ぬめっとした質感……理想的すぎる……!」
「こんなイケメン、久しぶりに見たわ。あなた、どこの池にいたの?」
僕は口をぱくぱくさせたまま、小さく尋ねる。
「……あの、あなたは……?」
「私? スッポンよ。あなたもそうでしょ?」
その瞬間、何かが腑に落ちた。
──なるほど、僕は“スッポン”だったのか。
今までの違和感、すべてがつながった。
自分の顔を見たことがないから、気づけなかっただけだったのだ。
彼女は甲羅を揺らして笑いながら言った。
「なんでそんなに落ち込んでたのかわからないけど──」
「その顔、すごくイケてるから、自信持ちなさいよ!」
池の水が、少しだけあたたかく感じた。