ハジメマシテハジメテノクニ
フェンリルを抱いて、町まで5㎞地点まで辿り着いた。遠くに小さくではあるが立派な壁が見えている。あれがこの世界で最初に出会う町だ。
俺は壁に向かって歩いて行く。深淵の森からこの先に見えている町まで、道は付いていたが誰とも出会わなかった。森の周囲に町や村が無かったので仕方ないか。道も荒れているように見えた。
壁に向かって暫く歩き、距離が近くなってくると、壁の作りがわかるようになってくる。石を大きく切り出してレンガ積みで積み上げた立派な壁だ。高さは10m近くある。壁の強度も高いと思われる。
更に近くなると、壁の上で警備をしていると思われる兵士の姿や、巨大な鉄の門を守る西洋甲冑姿の兵士の姿、壁の上に設置された巨大な弩弓…所謂バリスタが見えてきた。
そして更に近くなると(距離にして100mを切ったくらい)、門を守る西洋甲冑姿の兵士が剣を抜き、壁の上の兵士は弓を構え、深淵の森に向いているバリスタには丸太のような矢を装填している姿が見える。そんな姿を眺めつつ歩いていると、壁まで残り50m付近になった。
「そこで立ち止まれ!深淵の森方面から来られたようだが、この国になんの用だ!」
門を守る甲冑兵から大きな声で質問をされた。その質問に合わせて壁の上の兵士の弓とバリスタの狙いが、完全に俺に定められたのがわかった。
「森に迷い込んでしまって、なんとか抜け出してここに辿り着きました」
そう答えると、甲冑兵が剣を抜いたまま俺の元へ駆け寄って来て、俺を取り囲む。
「衛兵詰所で事情を聴こう。武装を解除して抵抗せずに着いて来い」
俺は衛兵詰所に連行された。武装解除の際にデストロイヤーを見て「鉄の棒か?」「いや平べったいぞ」「こんな物で生き抜いたのか?」「ところでこれは武器なのか?」と兵士が言い合っていた。そうだよね。どんなに贔屓目に見ても、10000歩譲っても武器には見えないよね。同時に、少なくともこの国にバールが存在していない事もわかった。
そして気になるフェンリル様の扱いだ。
「なんともブサ…愛嬌のある顔の犬?…だな」「いや犬ではないだろう。鼻がとがっていない!」「鼻がブーブー鳴っている。猪の仲間では?」とか好き放題言われていた。幸いにも神獣フェンリルとは認識はされていなかった。
そして詰所で事情聴取が始まった。
・何故深淵の森方面から入国しようとしたのか?の質問に、
他の街に居たんだが急に森の中に飛ばされて、森を彷徨った末なんとか抜け出していまここ。と答えた。
極まれに転移罠で飛ばされたりとか、大気中の魔力が暴走を起こし歪が出来てそれに巻き込まれて飛ばされたりと、在り得る事故との事だったので疑われる事はなかった。
・なぜ深淵の森を無事に出られたのか?食事はどうしていたのか?
気配を消してひたすら逃げ回り、戦いを避けた。食事は食べられそうな果実を現地調達し、それを食べて生き延びた。
逃げ回ったのところに注目され、戦闘をしていない事で「運が良かったのだな」となり、信じて貰えた。食事については、深淵の森の植物を手に入れていた事に驚かれ、残っているなら売って欲しいと言われた。超高級品なので国王に献上するらしい。
・その謎の動物はなんだ?
深淵の森に生息している神獣。・・・と答えると面倒になりそうだったので、元の場所に居た時に従魔にした人畜無害のイヌ科の魔物。
「なんとも愛嬌のある生物だな。従魔登録をしておくように」の言葉で終わった。
事情聴取が終わり、なんとか壁の中に入る事が許された。
壁の中は町や街ではなく、マップ表記にあった《魔国ディアボロス》で間違いないそうだ。
魔国ディアボロスは魔人族が集まる国家で、各種族の中でも戦闘能力と魔力の高い魔人族が、深淵の森の勢力から各種族の壁になる為、この場所に建国したらしい。ここ数十年は深淵の森から大規模に魔物が攻めて来る事は無かったのだが、警戒を怠ると事は出来ないので常に城壁から警戒していたと。
因みに魔人族の見た目は人間と変わらないように見える。強いて言うなら瞳が薄っすら赤く光っているところぐらいだろう。
ここ最近は年に1~2度程度はぐれた魔物が襲来して来るのだが、城壁の戦力を総動員して魔物を倒す『討伐』ではなく、魔物を追い返す『撃退』する事がやっとだとか。因みにアビスボアが襲来した時は、城壁の兵が全滅し、国軍を投入してなんとか追い返したらしい。森の中でうちのフェンリルは一撃で倒せたんだけどな。
深淵の森に生息する生物を運良く討伐出来たり、死骸を発見出来たりすると、それはもう盛大なお祭り状態になるらしい。新鮮な肉は食材になり、その他の部位は強度と内包する魔力が高いので武器や防具、装飾品や魔道具の素材として高値で取引される為、熾烈な争奪戦が発生すると。
「城壁に入るのに身分証明が必要だが持っているか?持っていなければ銀貨1枚かかるが、持ち合わせはあるか?」
衛兵にそう言われたので、通貨価値を知る為にもお金を払って入る事にした。俺はポケットに手を突っ込み、手の中に大金貨を1枚出した。
「銀貨が無いので金貨でもいいですか?持ち合わせがこれしかなくて・・・」
そう言いながら大金貨を差し出した。
「ちょ!っまえ!そんな高額な金貨出されても釣りがないぞ!ここでは取り扱えないぞ!そんな金貨は貴族か大商人、高位の冒険者しか手にする事がない。俺も初めて見たわ」
高額過ぎてここでは使えないらしい。すったもんだで特例を出して貰える事になり、冒険者ギルドで登録して、登録出来たらギルドカードをここに持って来る事で、中に入れて貰える事になった。
なんとか街に入る事が出来、教えて貰った冒険者ギルドに向かった。そういえば深淵の森の果実を売るのを忘れていたけど、ギルドカードを持って行った時に聞いてみよう。
教えて貰った冒険者ギルドに到着し、中に入ってみると《冒険者ギルドらしい冒険者ギルド》だった。異世界物で良く出てくるあんな感じのギルド。それ以上でもそれ以下でもない。
受付窓口に依頼書の貼ってあるボード。飲んだくれてる行儀の良さそうな輩や、すました顔のおねいさん。テンプレ通りのギルドである。となれば・・・
「おい兄ちゃん。ここはそんな綺麗な服で来る所じゃねーぞ。そんな綺麗な服を着れるって事は金持ってんだろ?ちょっと酒代が足りねーんだ。ちぃとばかし金出してくれや。俺の視界に入った《視界に入った税》だ。おら!早く有り金全部出せや!」
そう言われた俺は、
「小汚い恰好で俺に近づくな・・・。そんなに早死にしたいのか・・・。面倒だ、誰に喧嘩を売ったのか身体にわからしてやるよ」
俺は絡んで来た冒険者にそう言い放つと、体重を乗せた右ストレートを冒険者の顔面に叩き込んだ・・・・・・・・・・。
って感じのテンプレ展開もなく、なんのイベントもないまま受付窓口に辿り着いてしまった。むぅ~おかしい。初めての冒険者ギルドと言えば、冒険者登録と絡まれるのがセットになっていたと思ったのだが。
『ぎゃはははっ!だからお前は嫁さんの尻に敷かれてんだよww。あっすいません!もう一杯おなしゃす!』しかも意外と行儀良く飲んでいらっしゃる。
スタイルの良い、俺好みの綺麗系の受付嬢が居る窓口に行って俺は登録をする事にした。
「すいません。冒険者と従魔の登録をお願いします」
「はい。新規登録と従魔登録ですね。登録費用は冒険者登録に銀貨5枚、従魔登録は無料です。それでは先に冒険者登録をします。それでは水晶に触れて魔力を注いでいただけますか」
カウンターの裏から出された水晶玉に触れ、魔力を注いだ。
魔力を注ぐとギルド全体を強烈な光が包み、魔力に耐えきれなくなった水晶が粉々に砕け散った。驚いて尻もちをつく受付嬢、うん、今日は白ですか。・・・そして俺に注目する冒険者達・・・・・・
って事もなく、「はい、もう結構ですよ~」と言われただけであった。どうもここの冒険者ギルドはテンプレクラッシャーらしい。
「お名前が《ハカイシン》様でお間違いないですね?「はい」それではギルドカードを作成しますね」
そう確認してきた受付嬢は、水晶の台座にカードを差し込んでギルドカードを作成していた。気になって水晶とカードについて質問してみた。
水晶は本当の名前と、一人一人固有のパターンを持つ魔力パターンを読み取って、読み取った情報を台座をつかってギルドカードに定着させると・・・意外とハイテクな設備だった。
そしてギルドカードが完成し、カードがカウンターに置かれる。
「次に、従魔登録を行いますね。従魔登録が終わったらギルドカードに従魔の情報を書き込みますので、それが終わったらカードをお渡しします。従魔はどちらに居ますか?見えないので。もしかして中に入られないような大型種ですか?」
そう聞かれた俺は、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、足元で床に貼り付いているフェンリルを抱き上げ、カウンターの上に座らせた。
「こいつです。」
「ブッブッブッブッ・・・」
「・・・・・・・・・・・。この子が従魔ですか?・・・・確かに魔力は感じますが・・・。すみません。この辺りでは見ない魔物なので動揺してしまいました。触っても大丈夫ですか?」
そう聞かれたので頷くと、受付嬢は恐る恐るフェンリルに触れて撫で始めた。フェンリルは撫でられて気持ち良さそうに尻尾を振っていた。暫く撫でていたが登録をする為に、フェンリルを抱き上げ、前足の肉球を水晶に触れさせた。
「えっと、この子まだ名前が無いみたいですけど、名前はすぐに決める事が出来ますか?」
フェンリルを抱いたまま水晶を覗き込む受付嬢にそう言われた。そう言えば名前を付けていなかった事に今更気付く。でも俺のネーミングセンスは破壊的だ。恐らく全宇宙でも俺クラスのネーミングセンスを持つエリートはそうそう居ないだろう。
でもゆっくり考えて、受付嬢の仕事を妨害する事は出来ない。なので閃いた名前を付ける事にした。
「えっと・・・純白のクロで」
「却下です。この子が可哀そうです」
「じゃあ、ジョンで」
「却下です。この子は女の子です。ジョンって男の子の付ける名前ですよ!」
「じゃあ、色が白っぽいのでシロで」
「駄目です!安易な名前は可哀そうです!一生物ですよ!」
「じゃあ、エリザベスで」
「この子がエリザベスに見えますか?もっと真剣に考えてあげてください!」
何故かわからないが、受付嬢さんが熱くなってらっしゃる。何度か「これは?」「駄目です」「却下です」みたいなやり取りが続き、俺は昔飼っていた犬を思い出した。
昔飼っていた犬、俺が最後に飼った犬、犬種はパグだった。ここにいるフェンリルと同じで、食べて寝て、そして甘えてを繰り返す犬だった。自分の事を人間だと思い込んでいて、優しくて人間よりも人間くさい、ちょっとポンコツな可愛いやつだった。俺の大事な家族だった。
俺はその大切な家族だった犬の名前を呟いた。
「ワンッ!ブッブッブブブブブブブッ!」
俺の呟きを聞いてフェンリルは興奮している。気に入ったのだろう。そして興奮するフェンリルを抱きながら再び水晶を覗き込んだ受付嬢は、凄く優しい笑顔で満足そうに頷いていた。
「ウメちゃん・・・可愛らしくてこの子にピッタリな名前ですね。この子も受け入れたみたいで、水晶に名前が表示されました。登録しますね。・・・良かったねウメちゃん」
フェンリル改めウメを抱いたまま、登録作業を続ける受付嬢。ウメ・・・ちょっとそこ変われ!って言いたいけど、ぐっとこらえて登録が完了するのを待クニ
カードが出来上がると、注意事項と冒険者ランクについて説明をされた。
冒険者ランク:下からF・E・D・C・B・A・S・SS・SSS・EXとあって、一番多いのがBランクで一人前。Aランクで一流、Sランクで超一流、SSランクで超一流よりも超一流、SSSランクで人外確定、EXランクはランクは存在しているが歴史上そこまで上がった冒険者は居ないそうだ。そしてスタートはFランクから。真面目に冒険者をやっていればBランクまでは上がるらしいが、Aランクからはギルド関係者の推薦が必要になるそうなので上がりにくくなるそうだ。もちろんランク毎にそのランクに合わせた依頼があり、それを達成出来るのが絶対条件との事。ちなみにAランクからはランク特典もあるとの事。
カードを作り終えた俺は、ここなら使えるだろうと思ってポケットから大金貨を取り出し、カウンターに乗せ「支払いはこれでお願いします」と言った。
この時俺は、この大金貨が切っ掛けになって、新たな騒動が始まるとは思っていなかった。