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この後二話目を投稿します。


 「…盗みに入った者は、盗んだ後その場から逃げ切ることまでを念頭に計画を立てるものでしょう。けれど今回は、そして遡る前もそうでしたが、ヴェロニカ様は盗んだ後のことを考える必要がなかった。“時の石”のもとにたどり着けさえすれば、持ち出さずその場で禁術を使って遡ることができる。その後などないのです…なかったことになるのですから」

 「だから手荒で無謀な手段も使うだろうと思ったんだね。火を放って騎士の注意を引くような…」

 ヴェロニカ様は取り調べに黙秘されたため、自白剤が使用されてその驚くべき事実が明かされることになりました。うら若い令嬢が隠しておきたい心の内までも強制的に曝け出されるのは残酷ですが、王城に放火するということはそれほどの大罪なのです。

 ただ黙秘されていたのは説明が困難な上、遡る前に禁術を使用したことを話す勇気がなかったせいであって、反抗からではなかったと思っています。

 こうなる前になんとかしてお止めしたかったのですが、確信があったわけでもなく、勝手にパーヴェル様に打ち明けるのも申し訳ない気がして中途半端に警告するだけに終わってしまいました。ダンスの際に警備について触れ、さらに詳細を伏せたまま注意を促したのですが、パーヴェル様は私を信じてくださって警戒態勢を重くしてくださいました。

 結果火災はすぐに消し止められ、ヴェロニカ様は宝物庫の扉を破る前に拘束されたため、国宝の窃盗未遂という罪状はつけられず放火の罪のみで捕らえられています。

 本当ならそれすらも阻止して、ヴェロニカ様が罪人にならないよう動きたかったのです。ただヴェロニカ様を見張ろうにも、私には第一王子の婚約者としての役目がありヴェロニカ様に張り付いているわけにもいきませんでした。

 「遡る前にしたことを加えたら、アベリツェフ公爵令嬢の罪は計り知れないが…王族でもない令嬢が“時の石”と禁術を使って遡行に成功したなどと公表はできない。表向きは今回の罪でのみ裁かれることになるだろう」

 王宮の客間で向かい合うパーヴェル様は沈鬱な表情で言われますが、私にも止められなかったという落ち度があります。

 「最初にヴェロニカ様のお話を打ち明けていれば…いえ、その後でも様子がおかしく感じられた時にパーヴェル様に相談していれば良かったのです。禁書を読んだ可能性があるという時点で、お知らせするべきであったのに…」

 図書室で見つけた禁書については既に届け出ており、今は厳重に管理されているはずです。ですがヴェロニカ様も見つけた可能性があるということは、遡行について説明しなければ伝えようがなかったため話せませんでした。

 相談して協力を求めていれば、夜会でもヴェロニカ様から目を離さないよう手配ができたと思うと後悔に押し潰されそうになります。

 「アベリツェフ公爵令嬢が再度遡行を試みるという確信はなかったわけだから、アドリアーナが躊躇した気持ちもわかるけれど…そうだね、私には話してほしかったかな」

 「申し訳ありません…」

 私にもなんらかの処罰が与えられると思ったのですが、お咎めはないとのことでした。ヴェロニカ様の遡行を公的にはなかったことにする以上、なかったことを話さなかったからと罰することはできないそうです。

 「アベリツェフ公爵令嬢の罪は…理由は適当に考え出されるだろうが、王城で火災を起こしたものの大事には至らず、王家への害意もなかったものとして扱われる。離島の修道院に送られることになると思う」

 ヴェロニカ様は皮肉にも、遡る前と同じ修道院行きという結果になってしまったのです。おそらく前に公爵家が決めた修道院よりも厳しい環境でしょう。

 パーヴェル様も私も、用意されたお茶に口もつけずしばらく沈黙しました。


 「アドリアーナは最初にアベリツェフ公爵令嬢の話を聞いた時、どう思った?」

 やがてパーヴェル様は顔を上げられ、私を見て言いました。

 「最初…予知能力だと聞いた時は、そういうものかと思いました。教えてくださった内容が楽しいものではなかったので、先に知れたことが幸運なのかそうでないのかわかりませんでしたが…」

 生まれ持った能力で予知してしまうのは仕方がないと思っていました。人より背が高かったり視力が良かったりすれば、他の人より遠くの景色や細かい部分までを見渡せるのは当然のことで、私には予知もそういった特質の延長上にあるような感覚でした。

 「だが実際は、遡行による実体験だった」

 「はい…それもはじめはヴェロニカ様が窮地に陥った末に無意識に発現したと思っていたので、やはり生まれ持った特性による不可抗力だと信じていました。それが禁書を見つけて、ヴェロニカ様がご自分の意思で再度遡ろうと考えているような気がしてきて…その時に、パーヴェル様に伺ったお話を思い出したのです」

 遡行によってそれまでの道は消える。エフィム王と条件が違うので今回も同じかどうかは不明ですが、もしもそうだとしたら。

 「ヴェロニカ様がお話してくださった遡行前の私は、カラシン侯爵令息様と婚約して良好な関係を築いていたそうです。今の私にその感情も記憶もありませんが、おそらく婚約者となった以上歩み寄り、お互いの努力の結果そういう関係性に至ったのだと思います。公爵家に嫁ぐため懸命に学び、社交も励んだはずです。

 …その努力が、ヴェロニカ様が遡ったことで全て消えてしまったのだと…間違った道だと決めつけられ廃棄されてしまったのだと思うと…少しだけ納得いかない気分になりました」

 そして再び、道は消し去られようとしていました。お止めしたかったのはヴェロニカ様に罪を犯させたくなかったのももちろんですが、何よりも万が一成功してしまい、今ここに存在する私をなかったことにされるのが嫌だったからです。

 …ヴェロニカ様を責める資格はないかもしれません。私も結局は、自分のことを第一に考えていたのですから。

 「そうだね。子どもの頃の私が考えたように、遡行者がいなくなった後も世界が続くなら…その世界では努力が報われてレオと仲良く暮らすアドリアーナがいたはず…うーん、あまり想像したくないな。今のアドリアーナにレオへの特別な感情がないというのは確かだよね?」

 「…?はい」

 「うん、良かった。…私が今回の話を聞いて感じたのは、アドリアーナとある部分は重なるが…もっと単純な思いだった。

 『ずるい』というね」

 「ずるい…?」

 「エフィム王については納得できる。悲惨な環境で生きた末に更なる絶望に叩き落されて死んだ、そんな彼を遡らせたのは神が与えた救済であり、同時に果たすべき使命も与えられたのだから。…それが神でなく他者が行ったことであっても、彼への同情や救いたいという意思によるものだっただろう。

 だがアベリツェフ公爵令嬢は自分の行いにより窮地に立たされ、それをなかったことにしようと自分で強引な手段をもって遡ってきたんだ。窮地とはいえ命を奪われるわけでもない。修道院は令嬢には辛いだろうが、衣食住を保障されていて基本的には安全な場所だ。暴漢に襲わせたのが逆にラリサ嬢の方であれば、平民が貴族令嬢に危害を加えたとして処刑されていたはずなのに、だ」

 パーヴェル様は冷めたお茶に口をつけました。人払いをしていたので慌ててお茶を淹れ直そうとする私を止め、そのままお話を続けます。

 「王子として生まれた私は、失態を犯せない。ちょっとした失敗でも後悔し、せめて同じことは繰り返さないよう慎重に行動し、常に思慮深くあるよう自分を律してきた。それでもなかったことにしたい、やり直したいと思うことだってある。

 …だが誰しもが願って遡れるわけではない。起こしてしまったことは自分で責任を取るしかないんだ。やり直せない道の上で、みな迷ったり躓いたりしながら進んでいる。だからこそ“時の石”の使い方を知っても、私は自分のために使うことはないだろう。国の危機が訪れた時のための、神との約束なのだから。

 彼女はラリサ嬢にしたことを反省したわけでもなく、遡ってからも公爵家のためだけに記憶を利用し、アドリアーナを心配するふりをして“正解”を知ると再び遡ってやり直そうとした…今のアドリアーナが努力した結果であるこの道を消し去って、奪おうとしたということだ。

 ずるいと思ってしまうのも無理はないだろう?」

 確かにヴェロニカ様の本心を知り、いろいろと思うところはあります。

 …ですが私にはどうしても、ヴェロニカ様を軽蔑したり憎んだりすることができずにいるのです。

 遡った後はパーヴェル様を思い切ると決心したはずのヴェロニカ様は、浮気したと信じていたパーヴェル様を好きではないのかと私に聞かれ『それ以前の問題』と答えられ『嫌い』と言い切ることはされませんでした。

 レオニート様と結ばれることが私の幸せになる、そう思い込むことでヴェロニカ様はパーヴェル様の婚約者に戻ろうとした…それほどパーヴェル様を慕っておられたのです。

 「…私を心配するふり、とおっしゃられましたが…私には『ふり』だとは思えませんでした。矛盾した気持ちを抱えられていたのは事実だと思いますが、それだけは信じたいのです」

 「…うん、そうかもしれないね。供述を聞いた限りでも、アベリツェフ公爵令嬢がアドリアーナに心を許していたことは伝わってきた。信じがたい話も素直に信じてくれて、嘘をついていたことも気にしない大らかさに救われて…まあそのせいで口を滑らせたり、無自覚に追い詰められて重ねた嘘を暴かれたりもしてるけれど…」

 「追い詰め…?暴く…?」

 「アドリアーナは、というよりグレコヴァ侯爵家の人間は品位も高くゆったり構えている印象が強いけれど、意外と直線的というのかな…第一王子の婚約者に選ばれて『全力で励め』の一言で済ませたり、そう言われてただただ全力で励むとか…」

 パーヴェル様は口元を緩ませて一度言葉を切りましたが、続きは独り言のように呟かれたので最後の方はよく聞き取れませんでした。

 「アベリツェフ公爵令嬢も、ラリサ嬢もアドリアーナのそんな裏のない人柄に惹き付けられたのだろうな…私と同じように…」

 

 ヴェロニカ様は離島に送られる前に、遡行の記憶を封じられるそうです。隔絶された場所から生涯出ない予定であっても、私にしたようにヴェロニカ様が口を滑らせて誰かに知られるのは避けなければなりません。

 「記憶の一部のみを封じるなど、可能なのですか?」

 「それも王族に伝えられる禁術のひとつだからね」パーヴェル様はさらりと極秘事項を教えてくださいますが、聞いてしまった私の方が落ち着かない気持ちになります。

 魔力を持つ王族には過去、さまざまな能力を持って生まれた者がいたそうです。その中には存命中、研究の末その力を術式に落とし込んで後の世に遺した者もいました。王族の魔力を使用すれば発動できるよう、代々伝えられてきたとのことです。

 ──ちなみに以前、その記憶封印の禁術が記された本を読んだ現国王陛下が、うっかり術を発動させてしまって中途半端に文官が巻き込まれ…エフィム王の禁書を保管しようとしたことを忘れて全く違う場所に納めてしまったことがのちに明らかになりました。密かに極刑に処される可能性もあったヴェロニカ様が救われたのは、禁書を読む原因を作ってしまった陛下が温情をかけられたのかもしれません。

 「アベリツェフ公爵令嬢からすると、最初の…ラリサ嬢に暴漢を差し向けた咎で修道院に送られるという認識になる。現実とはいろいろ齟齬があるが、離島にはそれを指摘する者はいない。修道院の院長にのみ真実を伝える予定だが、他の者は妄想癖によって問題を起こした元貴族令嬢として扱うだろう」

 遡行に関する記憶を全て封じるとなれば、残る記憶がその時点までとなるのは仕方のないことです。もしも遡る前に禁書を読んだことが明らかになっていたら、婚約解消とともに記憶の封印が行われていたに違いありません。

 …私もこの先何かあって婚約が解消となった場合、今回の顛末の記憶は全て封じられることになるのでしょう。

 「もしアドリアーナとの婚約が解消されるようなことがあれば…私もなんらかの能力を発現させて、その力で無理矢理婚約解消を解消させるかもしれないな」

 考えを読んだかのように言われ、驚いてパーヴェル様を見返すと…これまであまり見たことのない、照れたような表情をされていました。

 そして私もおそらく、同じような表情をしていたと思います。

 …いずれ愛情も育めるだろうと思ってはいましたが、それは既に私たちの間に芽吹いていることに気付いたからです。

読んでいただき、どうもありがとうございました!

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