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 「アベリツェフ公爵令嬢…ヴェロニカ嬢と呼ばせてもらってもいいだろうか?これからよろしく頼むよ」

 婚約者となった私に、パーヴェル様は優しく微笑んでくださった。

 子どもの頃に王宮で開かれたお茶会で一目惚れして以来、絶対にパーヴェル様のお嫁さんになるのだと家族に宣言してきた。公爵家で年齢も釣り合っているのだからおそらく叶えられるとお父様は言ってくれたし、その日のために立派な令嬢になりましょうね、とお母様は作法を教えてくれ外見を磨く手伝いをしてくれた。頭が空っぽでは王子妃は務まらないぞ、とお兄様は勉強を勧めてくれた。

 そして努力が実って夢は現実となり、私は有頂天になっていた。

 王子妃教育は厳しかったけれど、講義の後はパーヴェル様とお会いすることができたので頑張れた。冷静で穏やかなパーヴェル様からは私がパーヴェル様に向けるような熱量は感じられなかったけれど、本当はそれが不満で不安ではあったけれど、いつか同じくらいの愛情を返してくれると信じることにした。


 …パーヴェル様とたくさんの時間を過ごせると期待していた学院生活は、私と同時に入学した平民のせいで台無しになった。

 数年ぶりに特待生枠で平民が入ってくる、と聞いた時はたいして興味も湧かなかったけれど、パーヴェル様が世話を引き受けたと聞いて「何故殿下がそのようなことをしなければならないのですか?」と思わず尖った声が出てしまった。

 困ったようにパーヴェル様に頼まれて、私も気をつけておくと約束してしまったけれど、私が気をつけるべきは平民の周りではなく、平民が図に乗ってパーヴェル様に近付かないようにすることだ。

 ラリサはおどおどして落ち着きのない小娘だった。パーヴェル様が学院を案内したり昼食に誘ったりした時には遠慮がちなふりをしていても、講師に紹介された時や参考書を融通してもらった時には大げさなほど喜んでみせる。パーヴェル様の気を惹くために計算しているに違いない。

 私がパーヴェル様のいないところで「勘違いしないように」と諭しても「立場はわきまえているつもりです」と口ばかりで、パーヴェル様の気遣いに遠慮する様子はなかった。次第に言葉がきつくなり、声を荒げてしまったのも仕方ないだろう。

 大切そうに持っていた製図用の道具を取り上げ、廊下で叩き付けてしまったことでラリサへの仕打ちがパーヴェル様に知られてしまった。

 「ラリサ嬢の才能を守り、伸ばして王国の将来に活かしてもらうことが私たちのするべきことだ。何故そのように辛く当たるんだ?」

 「殿下にそのつもりがなくても、あの平民は殿下に取り入ろうとしていますわ。私にはわかるのです」

 これほど素敵でお優しい、それも王子殿下という地位の方に気遣われたら好きにならないはずがない。私のように夢中になるに決まっているのに。

 

 誤解だと繰り返されるほど、私のラリサに対する行動は止まらなくなった。激しく責め立て、それでもパーヴェル様への恋情を認めないラリサを突き飛ばしたこともある。次第にパーヴェル様は私とラリサを会わせなくなった。それもラリサを守るため、私の方を遠ざける形で!

 昼食の席には私ではなく、側近のレオニート様と婚約者のアドリアーナ様が同席することが多くなった。レオニート様は私の振る舞いを見てきて警戒するようになっていたけれど、アドリアーナ様は以前と変わらず接してくれている。

 アドリアーナ様とは家同士の付き合いがないため特別親しくはしてこなかったが、上品で誠実な方だという印象がある。私を安心させようと「殿下は婚約者であるヴェロニカ様を裏切るようなことはなさらないと思います」と何度も声をかけてきてくれた。

 それでも信じきれなかった私は、ある日の放課後にパーヴェル様が空き教室に向かうところを見かけて後を追った。そして教室にラリサが待っていたことを知り、感情が抑えられなくなって怒鳴り込み…机に置いてあった模型のようなものを怒りにまかせて払い落とし、壊してしまったのだ。

 ショックで床に座り込み、壊れた模型に手を伸ばすラリサを見て、怒ったのはパーヴェル様の方だった。

 「何ということを…課題の制作を妨害するなど、特待生が相手でなくともあってはならないことだ。どういうつもりなんだ?」

 「殿下こそどういうつもりなのです?このようなひと気のない教室で、平民の女生徒と二人きりで、など…」

 私はそこで初めて、教室の中にレオニート様と護衛もいることに気付いた。珍しく怒気を隠さないパーヴェル様をレオニート様が止めている間に、混乱した私は教室を飛び出した。


 パーヴェル様に謝罪の手紙は送ったものの『謝罪はラリサ嬢に対してするべきであろう、今後はくれぐれも冷静な行動を願う』といった内容の、感情が窺えない返事が届いただけだった。

 平民に頭を下げるなど耐えられなかったが、パーヴェル様に言われたのだからやむを得ないと思い始めた時だった。

 …パーヴェル様が、ラリサと二人で劇場に出かけたという噂を聞いた。

 やはり二人は惹かれあっているのだ。あの時はたまたま二人ではなかったものの、別の機会に二人きりで会っていたに違いない。身の程知らずにパーヴェル様にすり寄る平民になど下げる頭はない。むしろ金輪際近付く気をなくすよう、罰を与えなければ──

 使用人を通じて裏稼業の者に接触し、ラリサを襲わせるよう指示をしたことで全ては終わった。

 「私とラリサ嬢の間には誓って特別な感情はない。これまでもヴェロニカ嬢を不安にさせないよう何度もそう言ってきたはずだが…信じてはもらえなかったようで残念だ。学院内での行為だけならまだしも、犯罪に手を染めた者を王家に迎えるわけにはいかない。婚約は解消となった」

 王宮に両親とともに呼び出され、国王陛下と王妃殿下が見届ける中でパーヴェル様は私にそう言い渡した。

 ラリサは私の指示で襲撃を受けたものの、悪運強く助かっていた。未遂に終わったこともあり、私に下される罰は公爵家にゆだねられたのだった。


 学院を退学して修道院に送られることが決まり、私は出発の日まで自室に閉じこもっていた。

 何がいけなかったの?パーヴェル様を信じなかったこと?だってパーヴェル様は感情を表に出さないのだもの。私がこんなにお慕いしているのに、想いを返していただけなかったら不安になるに決まっているじゃない。平民を近付けて婚約者を遠ざけるなんて酷すぎる。私だけが責められるなんておかしい。こんな結果間違っているわ…

 ぐるぐると同じことを考え続け、唐突に思い出したのは王宮の図書室で偶然見つけた禁術の本のことだった。

 エフィム王の話はもちろん知っていた。公爵家は王家と縁戚だから、“時の石”が実在することも以前から聞いている。遡る方法があるとあの本で知り、ドキドキしながら術式をこっそり控えたが、その時は試してみようと思っていたわけではなかった。その頃にはパーヴェル様との関係は悪化していたから本を見つけたことも話しておらず、ただ秘中の秘である情報を手にしたことで出来心を起こしただけだったのだ。

 …修道院に入れられたら、二度と戻ってくることはできないだろう。公爵家も私の行いで評判を落とし、家族も不幸にしてしまった。

 そしてパーヴェル様とも、もうお会いすることはない。

 これ以上失うものはなかった。それならばわずかな可能性に賭けて…遡りを試すのもいいのではないだろうか?

 私は手持ちの宝石をかき集めて屋敷を抜け出した。襲撃事件に協力させた使用人は捕らえられてしまったけれど、今の私には怖いものはない。平民を宝石で買収し、王宮付近で騒ぎを起こさせ陽動に成功した。王宮に侵入し、これも宝石で購った火薬や麻酔薬を使って警護の騎士をかわし、宝物庫をこじ開けて“時の石”を目の前にするまで無我夢中だった。後のことを考えていたらとてもこれほど無茶な行動はできなかっただろう。

 薄くはあるが私にも流れる王族の血に反応があり、魔術が展開されていくことにホッとしながら、私は意識が遠ざかるまで考え続けた。

 ──無事に遡ることができたら、もうパーヴェル様と婚約はしない。平民に絆されるような方とは関わらず、公爵家を守って平穏に暮らすわ──

読んでいただき、どうもありがとうございました!

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